クルマ好きから熱い視線を受けているのが、トヨタが現在開発しているDAT(ダイレクトオートマチック)。MTに匹敵する性能を持つという次世代ATの実力は? 今回、ラリーに参戦した開発車両まで粘着試乗取材した、自動車研究家の山本シンヤ氏がぶっちぎり解説する。
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■トヨタの副会長の隣でラリー試乗
山本 トヨタがGRヤリス用に現在開発を進めているDAT(8AT)に特別に乗ってきました!
――すみません、DATってなんですか?
山本 簡単に説明すると、完全新開発となるスポーツATで、開発コンセプトは「マニュアル変速より速く走ることのできる自動変速機」。こういう試乗は量産がほぼ決まり、その直前に試すケースが多いのですが、これは本当に開発の真っただ中でした。
――どういうきっかけで開発がスタートした?
山本 トヨタの豊田章男社長の「イージードライブなのにMTとガチンコ勝負できるATが存在すれば、モータースポーツの裾野を広げるキッカケになるのでは?」という強い思いです。今はAT免許の人も多いですからね。
実は、GRヤリスには2ペダルモデルは設定済みですが、これは1.5リットルNAエンジンを搭載するFF(フロントエンジン・前輪駆動車)の「RS」という甘口グレードです。このDATは1.6リットルターボを搭載する4WDの「RZ」という辛口グレードに設定されるトランスミッションになります。
現在、市販化できるかどうかの検討を、「トヨタガズーレーシングラリーチャレンジ(通称ラリチャレ)」という実際のラリーの場で行なっています。まぁ、鍛え抜かれていると。
――なぜラリーの現場で開発が進められている?
山本 豊田社長が打ち出している〝モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり〟をリアルに実践しているわけです。
そのなかでもラリーは「普段走る道でいかに速く走るか」を競うモータースポーツカテゴリーです。さまざまな道を走ることで人とクルマ、そして技術が鍛えられる最高のテストコースです。さらに言うと、一般参加が可能なラリチャレで開発が行なわれているところにも意味があると思いますね。
――実際乗った感想は?
山本 これまでのスポーツATは、シフトアップ/ダウン時がドライバーの意思に忠実とはいえず、ドライバーはパドルを使って手動操作する必要がありました。
しかし、DATはDレンジのままでドライバーの意思に合わせて変速していく。まだ完璧な制御ではありませんが、かなりのレベルに到達しています。ただ......それよりも直近で面白いというか貴重な試乗取材をしました。
――というと?
山本 少し前に豊田社長から、「シンヤさん、コ・ドライバー(助手席に乗り走行の手助けをする選手)の経験ありますよね? 早川さん(トヨタの早川 茂代表取締役副会長)のコ・ドライバーをお願いしたいけど、どう?」と。
――えっ!
山本 以前から〝モータースポーツを起点としたクルマづくり〟が実際どのように行なわれているのか? つまり、「モノづくりの最前線を取材してみたい」とトヨタにリクエストを出していたんですよ。
――なるほど。それで豊田社長から直々にオファーが?
山本 そうです。豊田社長はトヨタのマスタードライバーでもあります。当然、開発に携わっています。加えて、「サーキットは社交場」「現場で即断即決」とも語っています。今回、私はそれをリアルに体感したわけです。
――ふむふむ。ちなみに早川 茂副会長もDATの開発に関わっている?
山本 豊田社長は「モータースポーツの裾野を広げるためには、ターゲットカスタマーに近い存在のドライバーに不具合を出してもらったほうがいい」という理由で指名したと言います。
――要するに、トヨタは経営側の人間も現場でしっかり汗をかいていると。
山本 そのとおりです。で、話を戻すと、10月22日から23日に開催されたラリチャレの第11戦「富士山おやま」に、私はROOKIE Racingチームから参戦する早川副会長のコ・ドライバーとして参戦しました。
――率直な感想は?
山本 開発車両のため、スーパー耐久シリーズに参戦する水素エンジン搭載のGRカローラや、カーボンニュートラル燃料を使うGR86と同じで賞典外となりますが、ほかの競技車両と同じ場所を走るので相対比較はできます。
驚いたのは、パイロンで構成されたジムカーナのようなステージを走ったときです。このコースはステアリング操作が大きい上に、シフト操作も頻繁に行なう必要がありますが、なんと早川副会長よりもスキルの高いドライバーが乗るMTのGRヤリスとほぼ同じタイムでした。
もちろん、すべてのコースで同じではありませんが、運転操作が大きいステージでDATのメリットが生かされているのを、間近で体験できたのは大きかったですね。
――ズバリ、開発段階の現状でもポテンシャルはかなり高い?
山本 正直、いくつか不具合も出てタイムが伸びないステージもありました。しかし、開発チームがすぐに解析を行なって対策を検討するなど、これまでの新車開発とは異なるスピード感に驚きました。
開発チームに話を聞いたら、「まだまだ市販化までハードルは山積み」と語っていましたが、意外と早いタイミングで世に出るかもなと。
――なるほど。
山本 とはいえ、まだまだ開発は続くので、一度くらいはコ・ドライバーではなくドライバーとしてラリー取材してみたいですね。豊田社長、私はドライバーとしてもいい仕事しますよ、ぜひともご検討ください!
●山本シンヤ
自動車研究家。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』を運営