去る9月、富士スピードウェイ(静岡県小山町)で4年ぶりに開催されたハーレーのイベントに本社のリードデザイナーであるダイス長尾氏が登場。ハーレーの魅力の源泉とは? モーターサイクルジャーナリストの青木タカオ氏が話を聞いた。
■数々の大ヒットモデルのデザインを担当
4年ぶりに日本で開催されたハーレーダビッドソン公式の一大イベント「ブルースカイヘブン」で本邦初公開されたのが、全世界限定1500台(日本市場139台導入)のニューモデル「ローライダーエルディアブロ」。
このモデルのリードデザインを担当したのがダイス長尾氏。ハーレーダビッドソン初にして唯一の日本人デザイナーである。実は彼とアオキの付き合いは長い。久々の帰国とあって一緒にツーリングをする約束だったが、台風の直撃であえなく断念。その代わり、これまで彼が歩んできた道のりをじっくり聞くことができた。
アメリカを代表するハーレーダビッドソンは120年の歴史を持つ老舗バイクブランド。そのハーレー本社のリードデザイナーとして大活躍するダイス氏は、2012年にハーレーに入社してからスポーツスター・アイアン883やダイナ・ローライダーSなど数々の世界的大ヒットモデルのデザインを担当した。ハーレーの魅力を熟知した人物でもある。
1971年生まれの彼は、バイクとクルマが大好きな少年だった。高校を卒業すると、得意の英語を生かすため、アメリカの大学に進学し、美術を専攻した。この頃から将来の夢として、「バイクのデザイナー」が頭の中に浮かび始めたが......。
「大学生時代は言葉、文化、人種の違いなどで苦労しました。アメリカの中西部の田舎街ですから、日本がどこにあるか誰も知らない(笑)」
アイオワの大学を卒業し、アートセンターに入学してトランスポーテーション科で学び、2002年に入社したのが現地のHonda R&D Americasのモーターサイクル部門だった。ホンダに10年勤務した頃、「ハーレーがデザイナーを探している」という話を耳にする。
「アメリカの代名詞ともいえるハーレーダビッドソンで、自分の力がどこまで通用するのか試したかったんですよね」
ハーレーのデザインといえば、創業者の孫にあたるウイリー・G・ダビッドソンがあまりにも有名で、スーパーグライドやローライダー、XLCRカフェレーサーなど、これまで数多くの名車を世に送り出してきた。ダイス氏もリスペクトするウイリー・Gとの対面は、ウィスコンシン州ミルウォーキーにある本社だった。
「頭の回転が速く、ジョークでチームのみんなを笑わせてくれるフレンドリーな人柄に一瞬で惹(ひ)かれましたね」
とはいえ、日本人がハーレーダビッドソンに入社するのは前例がない。そういう背景もあり戸惑う場面もあった。
「アジア人が"アメリカの魂"であるハーレーのデザイン部に在籍している。その事実を快く思わない社員の空気は感じていました」
だが、ダイス氏は脇目も振らず自分を追い込み、デザインチームで実績を積み重ねる。
「誰よりもインパクトを与えるデザインスケッチを描くことにこだわり抜きました」
そして、2016年。ダイス長尾氏の代表作的なバイクが誕生する。ダイナ・ローライダーSである。
10代の頃からスーパースポーツで峠を熱く走ってきたダイス氏は、スポーツマインドをくすぐる新ジャンル「パフォーマンスクルーザー」をイメージしてスケッチした。「夢のカタチを描いた」とダイス氏は振り返る。
しかし、ハーレー本社には生まれも育ちもウィスコンシンで、ハーレーにしか乗らないというハードコアにも程がある社員が大勢いる。ましてや当時のハーレーといえば、真っすぐに続く道をゆったりと走るのが"持ち味"。当然、社内には猛反対の渦が巻き起こった。
「デザインチームのリーダーだけが自分のスケッチを見て、『素晴らしい。この企画を押し進めよう』と言ってくれたんです」
6年たった今だからこその開発秘話だ。このダイナ・ローライダーSは発売するやいなや、世界中で大ヒット。ちなみにアオキはロサンゼルスで、当時完成したばかりのダイナ・ローライダーSにいち早く試乗し、ダイス氏と一緒にワインディングを鬼攻め! 日本人の成し遂げた快挙に酔いしれた。
このパフォーマンスクルーザーというダイス氏が描いた熱き血統は、2022年型のニューモデル「ローライダーST」、さらに今回発表された「ローライダーエルディアブロ」へとつながる。
これらのモデルで目を引くのが、ファンの間で「RTカウル」と呼ばれる新型フェアリングだ。コイツは1983年のFXRTスポーツグライドをオマージュしつつ、ダイス氏が現代的エッセンスを加えて描き直したもの。
スペイン語で「悪魔」を意味し、テキーラベースの真っ赤なカクテルの名を冠したエルディアブロは、ダイス氏が造った「ローライダーST」に特別色を施した限定エディションで、発表と同時に即完売した。
伝統を重んじ、スタイルを大きく変えないことを美徳とするハーレー。一度外装を新しくすると何十年にもわたり熟成させる。つまり、ダイス氏のRTカウルもハーレーの代表的な「顔」になる。
もちろんアオキはローライダーSTにも即乗った。エンジンはハーレー史上最強の1923㏄Vツインが積まれていて、鬼トルクでグイグイ突き進む。シングルカートリッジ式の倒立フォークを備えるなど、スポーツバイクに匹敵する足周りでかっ飛ばせるが、秀逸なのがRTカウル。走行風がライダーの体に当たらないよう後方へ流れ、長時間の高速走行も余裕でこなす。
「風洞実験だけでなく、実際に雨の日を含め走行テストを繰り返し、ウインドシールドの高さや角度をチームで徹底追求しました」
デザイン部門にいながら開発・設計担当らとの試走にも参加するダイス氏。その熱すぎる情熱からもわかるように、メーカーが一丸となってニューモデルを生み出すのがハーレー最大の魅力。さらに年功序列ではなく、実力至上主義を貫く姿勢こそがハーレーが輝き続ける理由だ。
「入社した頃に漂っていた"唯一の日本人"という空気は、もう社内にはないですね」
●青木タカオ
モーターサイクルジャーナリスト。著書に『図解入門 よくわかる最新バイクの基本と仕組み[第4版]』(秀和システム)など。『ウィズハーレー』(内外出版社)編集長。YouTubeチャンネル『バイクライター青木タカオ【~取材現場から】』を運営