■ペレスがスクール生に送った言葉
ホンダの若手ドライバー育成プログラム、「ホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS)」。2019年から元F1ドライバーの佐藤琢磨(さとう・たくま)氏を校長に迎え、「世界に通用するドライバーを育成すること」を目的として運営されているHRSカートクラスの特別講習会が11月26日、栃木県のモビリティリゾートもてぎで行なわれた。
会場には佐藤校長とともに、22年シーズンのF1で2勝を挙げ、ドライバーズランキング3位に輝いたレッドブルのセルジオ・ペレスが講師として登場した。HRSのアンバサダーに就任しているペレスはスクール生とともにレーシングカートの模擬レースに参加した後、生徒たちからの質問に答えるセッションに出席。
「F1ドライバーになるために必要なものは?」「どうやって困難を乗り越えてきましたか?」という生徒たちの質問に対してペレスは自分の経験をもとに丁寧に答えていた。
ペレスのアドバイスは「英語は世界で活躍するためにはすごく大事。今から勉強したほうがいい」「セッションごとにメモを取って自分の走りを常に意識することで、成長につながる」といった基本的な事柄だったが、現役のF1ドライバーが話す言葉には説得力がある。生徒たちは目を輝かせてペレスの言葉を聞いていた。最後にペレスは平均年齢14、15歳の若い生徒たちにこんなメッセージを送っていた。
「将来、カートからどんどん上のカテゴリーにステップアップしたときに、『あのときもっとこうすればよかった』と思い返してほしくない。だから今は将来のことを考えるより、自分たちが取り組んでいるレーシングカートを思いっきり楽しんでほしい」
■ホンダの名前を前面に出すも、大事なピースが欠けている
HRSはもともと1993年に誕生した「鈴鹿サーキットレーシングスクールカート(SRS-K)」が源流となっている。95年には日本で最初の本格的フォーミュラドライバー育成を目的とした「鈴鹿サーキットレーシングスクールフォーミュラ(SRS-F)」を開校し、日本人初のフル参戦F1ドライバー、中嶋悟(なかじま・さとる)氏が校長を務めていた。
SRS-Fからは佐藤氏を始め、国内のスーパーフォーミュラやスーパーGTで戦う数多くのドライバーが誕生している。現在、アルファタウリで活躍するF1ドライバーの角田裕毅(つのだ・ゆうき)選手も16年にSRS-Fを卒業している。
SRSをバックアップしてきたホンダは、今年から名称を「ホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS)」に改称。ホンダの名前を前面に出すことで、これまで以上にホンダが主体となって若手育成プログラムに関わり、さらなる強化を図っていくという。
レーシングカートのスクールで基礎を学び、その後はホンダ独自のフォーミュラカーを使ったスクールでさらにスキルを磨く。そこでスカラシップを獲得した選手を国内外のフォーミュラレースで実戦を経験させ、結果を出した者をさらに上のクラスに昇格させていき、最終的には世界のトップカテゴリーで活躍してもらう。それがホンダの描く、一気通貫の育成プログラムだ。
「すごく素晴らしいプログラムだ。地元のメキシコにもほしいね」とペレスは語っていたが、HRSには大事なピースが欠けているような気がしてならない。それは育成した選手の最終ゴール地点だ。
ホンダが今から30年近くも前に若手ドライバーの育成プログラムを立ち上げたことは画期的だったが、今ではF1に参戦するフェラーリやメルセデス、アルピール(ルノー)といった自動車メーカーやレッドブルなども若手育成に力を入れている。
フェラーリやメルセデス、レッドブルなどの育成プログラムには明確なゴールが設定されている。自分たちでF1チームを持っており、そこに優秀な若手選手を乗せることだ。育成プログラムはうまく行かないケースも多々あるが、それでもフェラーリはシャルル・ルクレール、メルセデスはジョージ・ラッセル、レッドブルはセバスチャン・ベッテルやマックス・フェルスタッペンをF1に送り込むことに成功している。
ホンダの場合は、HRSを卒業したドライバーは育成ドライバーとしてキャリア初期を過ごした後、レッドブルのモータースポーツコンサルタント、ヘルムート・マルコが責任者を務めるレッドブルの育成プログラム「レッドブル・ジュニアチーム」に入り、世界を目指すという形が主流になっている。
角田選手はSRS-Fでスカラシップは獲得できなかったが、当時の中嶋校長の推薦でFIA-F4選手権のシートを得て、参戦2年目にシリーズチャンピオンを獲得。2019年からはヨーロッパに戦いの場を移した角田選手はレッドブル・ジュニアチームに所属してFIA‐F3、FIA‐F2と順調にステップアップを重ね、21年にはレッドブルのセカンドチームであるアルファタウリからF1デビューを果たした。現在、F1直下のF2選手権に参戦する岩佐歩夢(いわさ・あゆむ)選手もほぼ角田選手と同じ道を歩んでいる。
■ドライバー選択の主導権を握るのは、依然レッドブル?
ホンダの首脳陣は「レッドブルとの関係をさらに密にして若手ドライバーの育成を進めていく」と話しているが、レッドブル・ジュニアチームはあくまでレッドブル主導のプログラムだ。レッドブル・ジュニアチームにはHRS出身のドライバーだけでなく、世界中からたくさんの才能ある若手がひしめいている。たとえF3やF2などで結果を残し、F1に参戦できるスーパーライセンスを獲得できたとしてもF1のシートを獲得できるとは限らない。
その点、参戦するカテゴリーは違うが、トヨタの育成プロジェクト「TGRドライバー・チャレンジ・プログラム」は非常に明確で、ゴールもはっきりと提示されている。トヨタのサポートするレーシングスクールを卒業した選手が国内外のレースやラリーで優秀な成績を残せば、トヨタがワークス参戦する世界耐久選手権(WEC)や世界ラリー選手権(WRC)にステップアップできる体制が整っている。実際、ル・マン24時間レースが組み込まれたWECには平川亮(ひらかわ・りょう)選手が、WRCには勝田貴元(かつた・たかもと)選手がそれぞれ参戦し、大活躍している。
世界で通用するドライバーを輩出するというホンダの育成プログラムは、ホンダ自らがコンストラクターとしてF1に復帰すれば、きれいにピースが埋まり完結する。その実現のためには膨大なコストやリソースが必要となるが、世界の舞台で戦うシートが確保されれば、育成のゴール地点がはっきりとする。
これまで通りにレッドブルのテクニカルパートナーという立場でも、ホンダが競争力の高いパワーユニット(PU)を開発・供給し、レッドブルに対して強い影響力を持ち続ける限りは、F1でシートを確保できる可能性は少なからずある。ただその場合、育成プログラムやドライバー選択の主導権を握るのはチームを所有するレッドブルにならざるを得ない。
どちらも一長一短があるが、結局のところはホンダがモータースポーツをどう捉え、ドライバー育成のゴール地点をどこに見据えるかによってF1活動の内容や、今後の育成プログラムの行方も決まっていくだろう。果たしてホンダはどこを目指していくのだろうか。