1月13日(日本時間)、マツダが欧州のモーターショーで、ロータリーエンジンの復活を電撃発表。その背景には何が? 長年、マツダとロータリーエンジンを取材してきたカーライフジャーナリストの渡辺陽一郎氏が解説する。
■復活したロータリーエンジンの中身
渡辺 マツダが1月13日、ロータリーエンジンを発電機として使うPHV(プラグインハイブリッド)を発売すると発表しました。ちなみにロータリーエンジンとはマツダが67年に「コスモスポーツ」で世界初となる量産化に成功した技術です。文字どおりマツダの"魂"と呼べます。
――発電機となったロータリーエンジンを搭載するクルマはなんですか?
渡辺 20年に発売開始となったマツダの量産SUV「MX-30」です。このクルマにはEV(電気自動車)とマイルドハイブリッドがあり、今回新たにPHVが加わることになりました。
――MX-30のPHVはすでにお披露目されたそうですね。場所はどこです?
渡辺 1月13日にベルギーで開催された「ブリュッセルモーターショー」で初公開されました。同日からフランスやベルギーなどで予約を開始。海外での正式発売は今春です。
――日本での発売は?
渡辺 マツダの販売店によると「日本への導入時期は未定」とのことですが、今年末頃には発売されるかと。
――気になるお値段は?
渡辺 現時点で日本での販売価格は不明ですが、欧州仕様の価格はグレードに応じて490万~560万円です。
――そもそもですが、ロータリーエンジンの仕組みって?
渡辺 ロータリーはおむすび形のローター、つまり通常のエンジンでは上下に動くピストンに相当する部分を回転させることで、吸気、圧縮、燃焼、排気の工程を繰り返して動力をつくる。一般的なエンジンと比べると、コンパクトで高出力を誇るものの、以前のロータリーエンジンは動力性能の割に燃料消費量が多いという欠点がありました。
――そんなロータリーエンジンが11年ぶりに復活したわけですね?
渡辺 ただし、発電専用として新開発されたロータリーエンジン「8C」は、歴代のロータリーエンジン搭載車とは役割が大きく異なります。
――ロータリーエンジンを発電専用にした理由は?
渡辺 繰り返しになりますが、ロータリーエンジンは高い動力性能をコンパクトで軽いパワーユニットで発生させることができます。この強みを生かすことで今回、発電システム、十分な出力を発生させるモーター、電動駆動ユニット、17.8kWhのリチウムイオンバッテリー、そして50Lの燃料タンクを効率よく搭載することができました。
――今回発表となったPHVはどんなシステム?
渡辺 平たく言うと、日産のe-POWERに充電機能を加え、発電機を作動させる直列3気筒エンジンをロータリーエンジンに置き換えたと。そう考えてください。
――ちなみに先ほどの話だと、ロータリーエンジンは燃料消費量が多いんですよね?
渡辺 かつては燃費の悪さが指摘されましたが、MX-30のR-EVではロータリーエンジンを発電用に使います。
おそらくロータリーエンジンを効率の優れた一定の回転域で回すのでしょう。駆動用のエンジンと違い、回転数が上下しなければ燃焼効率を徹底追求できます。そうなると、騒音や振動の少ないロータリーエンジンは発電用として優れた燃費性能を発揮するかも。今から試乗が楽しみです。
■ロータリーエンジンがマツダの魂になったワケ
――ロータリーエンジン搭載車の累計販売台数は?
渡辺 約200万台です。滑らかな回転感覚や吹き上がりにより、スポーツカーとの親和性が非常に高く、代表車種は1978年に発売された初代サバンナRX-7です。初代から3代目までを合計すると、約81万台が生産されています。ロータリーエンジンを搭載したRX-7がいかに多く売られたかわかります。
――確かル・マンでも優勝していますよね?
渡辺 91年のル・マンでは、「マツダ787B」が総合優勝を決め、世界的なニュースとなりました。エンジンはRX-7に搭載された13B型ロータリーに近い形状ですが、4つのローターを装着して最高出力は700馬力。市販車とは異なるエンジンでした。
――3ローターのユーノスコスモも話題を集めました。
渡辺 90年に当時のマツダの販売系列「ユーノス店」で発売されたコスモですね。このコスモが搭載した量産車世界初の3ローターエンジンには、シーケンシャルツインターボを組み合わせ、最高出力は280馬力を誇りました。
価格は20BタイプEが465万円です。しかし、ただでさえ燃費に不満があったロータリーエンジン。それが、3ローターのツインターボになると、街中の実用燃費は1L当たり4㎞でした(苦笑)。
――最後のロータリーエンジン搭載車は?
渡辺 RX-8です。燃費の問題や排ガス規制などもあり、2012年6月に生産終了となりましたね。
――なぜロータリーエンジンは"マツダの魂"と呼ばれるんですか?
渡辺 60年代、マツダの前身である東洋工業は存亡の危機を迎えていました。
――どういう理由で?
渡辺 実は通商産業省(現・経済産業省)が、自動車メーカーの共倒れを危惧し、自動車業界の新規参入や再編成に神経をとがらせていた。
――ふむふむ。
渡辺 つまり、自動車メーカーとして生き残るためには、革新的な技術が必要でした。そこで、社運をかけたプロジェクトをスタートさせたのです。それがロータリーエンジンでした。
――東洋工業がロータリーエンジンを選んだワケは?
渡辺 ピストン運動から回転力を得る一般的なエンジンと比較すると、部品点数が少なく、それでいて高出力でパワフル。しかもコンパクトで軽いからです。
――なるほど。
渡辺 東洋工業の社員は一丸となり開発に取り組みましたが、実用化にはいくつもの壁があり、正念場を迎えます。しかし、試行錯誤を繰り返し、どうにか開発に成功しました。そして、67年に世界初のロータリーエンジンを搭載したコスモスポーツの発売にこぎつけました。
■ロータリーエンジンを発電機に使った試作車
――マツダはRX-8の生産終了後も、ロータリーエンジンの火を消さなかった?
渡辺 昨年6月に退任したマツダの藤原清志副社長を、私は2012年にインタビューしましたが、「ロータリーエンジンの葬儀委員長にはなりたくない。皆さんが考えるロータリーエンジンとは姿や形を変えるかもしれませんが、必ずロータリーエンジンは甦(よみがえ)ります」と語っていたんですよ。
――マツダは15年の東京モーターショーで、ロータリーエンジンを搭載するコンセプトモデルを出しましたよね?
渡辺 2ドアスポーツカーの試作車「RX-VISION」ですね。このようにマツダはロータリーエンジンの研究開発を粛々と続けていた。それだけロータリーエンジンというのは、マツダにとって大きな存在なのです。実は約10年前、私はロータリーエンジンを発電機として使う試作車に試乗しているんですよ。
――そうなんですか?
渡辺 具体的にはデミオREレンジエクステンダーEVという試作車です。当時、リース販売が開始されていたデミオEVがベースでしたね。
――どんなシステムで?
渡辺 発電機を駆動するために、330㏄のシングルロータリーエンジンを搭載しており、最高出力は22kW(約30馬力)。車両を動かすのは75kWのモーターでしたね。ロータリーエンジンは発電機の駆動用だから22kWでも不足はありませんでした。
発電機の駆動にロータリーエンジンを用いた理由も開発陣に聞きましたが、通常のエンジンに比べてサイズが小さくて軽いためだと。発電ユニットを見ると、ロータリーエンジンを寝かせて搭載し、その脇に発電機、さらに約9?の燃料タンクが装着されていました。
――燃費は?
渡辺 9Lで走れる距離は180㎞と、ロータリーエンジンで発電しているときのモード燃費は単純計算でリッター20㎞でした。小さくて軽い代わりに、単純な燃費性能はあまり優れてはいませんでした。このあたりは歴代のロータリーエンジン搭載車を思い出しましたね(笑)。
――試乗した感想は?
渡辺 発電機を駆動させるロータリーエンジンは、効率の良さを最大限に追求しているので回転数はほぼ一定です。
――ロータリーエンジンの味わいはあるんですか?
渡辺 その感覚は味わえませんが、小さくて軽く、低振動でノイズも小さい。ロータリーのメリットは十分に発揮されていましたね。
――渡辺さん、10年前の試乗を踏まえ、今回発表された新型ロータリーエンジンをどう見ます?
渡辺 試乗から10年が経過していますから、マツダがアレをどう仕上げてきたのか楽しみですね。
●渡辺陽一郎(わたなべ・よういちろう)
カーライフジャーナリスト。自動車専門誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長を10年務める。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員