昨年の最終ラウンド、アブダビのレース2で優勝した岩佐選手昨年の最終ラウンド、アブダビのレース2で優勝した岩佐選手

2023年シーズンのF1は3月5日に中東のバーレーンで開幕する。日本ではレッドブル・ホンダや参戦3シーズン目を迎えた角田裕毅(つのだ・ゆうき)選手の戦いぶりに注目が集まっているが、もうひとつ忘れてはならないポイントがある。

F1直下のFIA‐F2選手権に参戦する岩佐歩夢(いわさ・あゆむ)選手がF1参戦の切符を手に入れられるかどうかだ。

F2はF1のサポートレースとしてバーレーンで開幕するが、海外でも高い評価を得ている岩佐選手は今、どんな思いを胸に世界で戦っているのか。開幕を目前にした2月下旬、21歳の新鋭に聞いた。

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■幅広く活躍できるドライバーになりたかった

――岩佐選手は幼少の頃からレーシングカートに乗り始め、18歳のときにホンダが世界に通用する若手を育成することを目的に運営する「鈴鹿サーキットレーシングスクールフォーミュラ(SRS-F=現在のホンダレーシングスクール鈴鹿フォーミュラ)」に入校しています。

F1ドライバーになろうと思ったのはいつ頃からですか?

岩佐 4歳で初めてカートに乗り、5歳からレーシングカートのレースに参戦しました。でもカート時代はプロになろうとは考えていませんでした。ただただクルマに乗ること、運転することが楽しいという感じでした。

SRS-Fに入る前は、プロにはなりたかったですが、必ずしもF1ドライバーになりたいというわけではなかったんです。とにかくいろんなクルマに乗れて、幅広く活躍できるドライバーになりたいという気持ちでした。

――SRS-Fを首席で卒業してスカラシップを獲得。20年にはフランスF4に参戦するためにヨーロッパに移り住みます。当時、岩佐選手は18歳でしたが、フランスでのレースや生活にはすんなり馴染めましたか?

岩佐 速さには自信がありましたし、もっと速くなると思っていました。実際、レースで苦労することはなかったです。でも生活面ではかなり苦戦したというのが正直なところです。

当時はフランス西部にあるル・マンのアパートで、現在スーパーフォーミュラに参戦する佐藤(蓮)選手と共同生活を送っていましたが、ル・マンの街は英語がほとんど通じないので大変でした。今にして思えば信じられない環境でしたね(笑)。

でも料理が好きだったので、毎日、佐藤選手の分の食事を作ったりして、それなりに生活を楽しめました。

――フランスF4でチャンピオンを獲得し、翌年にはレッドブルの育成プログラム「レッドブルジュニアチーム」の一員としてFIA-F3に参戦。

そして21年からはF2にステップアップし、フランスの強豪チーム、ダムスに所属しています。現在の住まいもフランスですか?

岩佐 フランスF4でタイトルを獲得し、翌年はイギリスのハイテックというチームに所属してFIA-F3で戦うことになりました。その頃からレッドブルのファクトリーがあるイギリスのミルトンキーンズにあるアパートに引っ越して、今もそこに住んでいます。

■息抜きの時間は夕食後のデータ分析

――F2はF1のサポートレースとして開催され、1大会で2レースが実施されます。23年シーズンは14大会28レースが開催されますが、イベントのない日はどのように過ごしていますか?

岩佐 F2はレースの数が多いですし、フランスのダムスのファクトリーに泊まりがけで行くこともあります。今はイギリスのアパートで過ごす時間は、以前と比べてかなり少ないです。

それでも自宅にいるときは、シミュレーターやフィジカルトレーニング、夕食後は過去のレースのデータ分析をしています。データを整理して、こうしたらいいんじゃないかというアイデアが出てきたら、またシミュレーターで試したりしています。

――シミュレーターは1日にどれぐらい乗っているのですか?

岩佐 レッドブルやダムスのファクトリーでもシミュレーターで走りますが、主に自宅のシミュレーターを使用しています。一番多いときで1日に6、7時間ぐらい走ったこともあります。

シミュレーターは基本的なドライビングを磨くという目的もありますが、いきなりマシンの状況が変わったときにどうやってアジャストできるか、という使い方をよくしています。

マシンの性能差が少ないF2は、チームの総合力が結果に表れるマシンの性能差が少ないF2は、チームの総合力が結果に表れる

というのも、F2はF1と違って45分間の練習走行を走った後にいきなり予選に入ります。しかも練習走行では硬めのタイヤ、予選はグリップのある柔らかめのタイヤを使用することになるので、ドライバーのアジャスト能力が問われます。

シミュレーターでさまざまなクルマの状況を設定し、どんな乗り方をすればタイムが出るのか、いろいろと試して最善策を見つけたりしています。

――海外でひとり暮らしの岩佐選手にとって息抜きの時間は?

岩佐 僕にとって息抜きの時間は夕食後で、過去のレースの走行データを分析したり、オンボードの映像を見たりしています。

僕はレース全般が好きなので、日本の過去のレースやドリフトの動画をよく見ていますね。それが楽しくて落ち着くんです。

――24時間、レース漬けの生活ですね。

岩佐 今はレース以外のことはあまり考えられません。それでも今の生活をすごく楽しめています。

■アグレッシブに攻めるレースをしたい

――在籍2年目となるダムスには今年、チームメイトとしてフェラーリのシャルル・ルクレールの弟、アーサーが新たに加入しました。チームの雰囲気は変わりましたか?

岩佐 ルクレールが入ったことでチームとしてかなりモチベーションが上がったと感じます。というのも、彼は開幕前のバーレーンでのプレシーズンテスト(2月14日から16日)で一発の速さを見せていました。

チームとしてはすごくポジティブですね。僕自身もプレッシャーを与えてくれる好敵手だと思っています。テストでもお互いにバチバチでやっていました。

岩佐選手(右)の所属するダムスには今年、チームメイトとしてフェラーリのシャルル・ルクレールの弟、アーサー(左)が加入岩佐選手(右)の所属するダムスには今年、チームメイトとしてフェラーリのシャルル・ルクレールの弟、アーサー(左)が加入

――岩佐選手はレッドブルとホンダ、ルクレールはフェラーリ、育成ドライバー同士の戦いです。お互いに負けられませんね?

岩佐 そうですね。でもF2はマシンの性能差が少ないので、チームとしての総合力が結果にはっきりと表れます。だから僕としてはクルマの情報を共有して、まずはチームとして強くなって、最終的にはひとりのドライバーとしてコース上で勝負をしたいという気持ちがあります。

でもルクレールはすべての情報をオープンにしないというアプローチです。彼にもプライドがあるので、そこは仕方がないのかなと感じています。

ただ、一方だけがシェアしてもう一方はシェアしないというのはフェアではありません。チーム代表には「ルクレールがシェアしないのであれば、僕もしない」と伝え、チームも理解してくれました。

チームは「ドライバーの意見を尊重する」と言ってくれているので、ふたりの間でバチバチはしますが、僕の担当エンジニアとメカニックで一丸となって戦っていきたいです。

――F2参戦初年度の昨シーズンは2勝を挙げてドライバーズランキング5位。今年はもちろんチャンピオン獲得が目標だと思いますが、どういう走りをしたいですか?

岩佐 とにかくアグレッシブに攻めるレースをしたいです。ドライビング面だけに限らず、チームとして戦略やセットアップの面でも、攻めの姿勢で1戦1戦を戦っていきたい。

もちろん最終的にはチャンピオンという目標を掲げていますが、まずはチームとして目の前のレースで自分たちのポテンシャルを出し続けることに集中したいと思っています。

「今シーズンはとにかくアグレッシブに攻めるレースをしたい」と岩佐選手は語る「今シーズンはとにかくアグレッシブに攻めるレースをしたい」と岩佐選手は語る

――次期F1ドライバー候補生として、日本のファンが岩佐選手を注目し始めていますが、F1に対しては今どんな思いを持っていますか?

岩佐 F1に行くためにはF2でチャンピオンになるというのが大前提だと思っていますが、正直、あまり緊張感はないです。結局、目の前のレースを勝っていかないと何も始まりませんから。

それに僕の目標はF1ドライバーになることではなく、F1でしっかりと戦って、ワールドチャンピオンになることです。もっと言えば、ワールドチャンピオンで居続けることが最終的な目標です。

そのためにも、今年はF2で経験を積んで、さらに自分を強くして、しっかりと準備ができた状態でF1にステップアップできるようなシーズンにしたいです。

「F2で経験を積んで、さらに自分を強くして、しっかりと準備ができた状態でF1にステップアップできるようなシーズンにしたい」と語る岩佐選手「F2で経験を積んで、さらに自分を強くして、しっかりと準備ができた状態でF1にステップアップできるようなシーズンにしたい」と語る岩佐選手

●岩佐歩夢(いわさ・あゆむ) 
2001年9月22日生まれ。アマチュアレーサーだった両親の影響もあり、4歳からカートに乗り始める。19年に鈴鹿サーキットレーシングスクール フォーミュラ(SRS-F)を首席で卒業し、スカラシップを獲得。翌20年にフランスF4選手権でチャンピオンを獲得。21年からはレッドブルの育成プログラム「レッドブルジュニアチーム」に加入し、FIA-F3選手権にステップアップし、ランキング12位(優勝1回)。2022年はFIA-F2選手権に参戦し、シーズン2勝。ドライバーズランキング5位となり、新人賞を獲得