3月15日、フォルクスワーゲンは25年に市販予定のEV「ID.2オール」のプロトタイプを初公開。着々とラインナップを増殖中3月15日、フォルクスワーゲンは25年に市販予定のEV「ID.2オール」のプロトタイプを初公開。着々とラインナップを増殖中

早くから完全EVシフトを表明していたEU(欧州連合)だが、条件付きで内燃機関車の新車販売を認める方針を発表。この政策転換の背景には、いったい何があるのか? 自動車研究家の山本シンヤ氏が解説する。

■EUがEVシフトを方向転換

山本 3月25日、EU(欧州連合)の行政府である欧州委員会とドイツ政府が、水素とCO2で作る合成燃料「e‐Fuel(イーフューエル)」の利用に限り、2035年以降も内燃機関の新車販売を認めることで合意しました。

――そのe-Fuelの中身って何なんですか?

山本 炭化水素系の合成燃料の一種です。再生可能エネルギー由来の水素と、なんらかの方法で回収したCO2を反応・合成する燃料になります。

――ひとつ確認させてください。21年7月にEUは、脱炭素社会の実現のため、35年までにHEV(ハイブリッド)を含むエンジン車の新車販売を一気に禁止すると発表していましたよね?

山本 そうなのですが、早くからEVシフトに舵を切っていたEUの政策方針の風向きが、今回の合意で若干変わってきました。

――今回、なぜドイツはEVシフトに対して異を唱えたんでしょうか?

山本 ご存じのようにドイツはフォルクスワーゲングループ(アウディ、ポルシェ、ランボルギーニ、ベントレー、セアトなど)、メルセデス・ベンツ、BMWなど世界に名だたるブランドを抱える自動車大国のひとつです。そんなドイツで自動車産業に携わる労働者の数は、約88万人ともいわれています。

――要するにドイツは雇用面も考慮しての判断となった?

山本 e‐Fuelを活用したエンジン車であれば、既存のガソリン車やディーゼル車の生産ラインを維持できますが......実を言うとドイツは当初からEVへの全振りには懐疑的なスタンスだったんです。

――待ってください。でも、メルセデス・ベンツは30年までに新車販売をEVのみにすると、21年7月に発表済みですよね。

山本 このメルセデス・ベンツの宣言には、「社会環境が整えば」という注釈がついているんですよ。実際、ドイツ自動車工業会(VDA)はEVの充電インフラが整っていないことを指摘し、エンジン車の販売禁止には反対を表明していたんです。

そういうキモになる部分を日本のメディアはあまりというか、全然取り上げない。センセーショナルなワードを切り抜きする報道の弊害だと思いますね。

4月12日、メルセデス・ベンツは23年第1四半期(1~3月)のEVの世界販売が過去最高の5万1600台をマーク(前年同期比89%増)と発表4月12日、メルセデス・ベンツは23年第1四半期(1~3月)のEVの世界販売が過去最高の5万1600台をマーク(前年同期比89%増)と発表

■EVシフトのトリガーは ディーゼルゲート事件

――これまで欧州ではディーゼル車が人気でした。もちろん、脱炭素社会実現という大義名分があるからだと思いますが、どうして欧州は急にゴリゴリのEVシフトを敷くようになったんですか?

山本 欧州市場では燃費と力強い走りのディーゼル車が売れに売れていた。ところが、そんな状況を一変させたのが15年にアメリカで発覚した、いわゆる"ディーゼルゲート事件"です。

――ザックリ言うと、どんな事件なんですか?

山本 排ガス検査を受ける際、違法なソフトウエアを使用し、不正操作をしていた。

――確か、この事件でフォルクスワーゲンのトップが引責辞任し、世界的なニュースになりましたよね?

山本 このディーゼルゲート事件の余波を受け、それまで欧州のドル箱だったディーゼル車が凋落。慌てたフォルクスワーゲンは失墜したブランドイメージを回復するために即座に手を打った。

――もしや、それがEV?

山本 そのとおり。フォルクスワーゲンというか、フォルクスワーゲングループは失地回復のため、EVシフトを宣言し、併せて巨額の投資も表明しました。

――つまり、フォルクスワーゲングループのEVシフト宣言がトリガーとなり、EUのEV化促進政策と連動した動きになったんですね?

山本 つけ加えると、「EV」と「脱炭素」をセットにすれば株価や投資の面でもかなり期待ができる。そういうもくろみも欧州にはあったと思いますね(笑)。

――なるほど。

山本 まぁ......ドイツの自動車メーカーは昔から大きなアドバルーンを揚げるのが好きなんですよ。

――具体的に言うと?

山本 例えば90年代のドイツの自動車メーカーは、水素エンジンの可能性を探っていました。しかし、その実現が難しいとわかると、即クリーンディーゼルやダウンサイジングターボに舵を切った。

――その頼みの綱であるクリーンディーゼルは排ガス不正で頓挫したと。

山本 はい。それで急遽EVシフトを掲げたものの、雇用やインフラ整備を踏まえると実現が難しく、今度はe‐Fuelを活用したエンジン車はOKと言い出した(笑)。

――行き当たりばったりというか、軸がブレブレですよね?

山本 ですから、日本が無理に欧州の歩調に寄せる必要なんてどこにもないんですよ。

■今年2月にBMWがFCEVを披露!

――今回のEUの決定を踏まえると、日本の脱炭素は今後どうあるべきでしょうか?

山本 現状だとバッテリーの関係でEVの値段はそう簡単に安くはなりません。富裕層はともかく、庶民は手が出ないのが実情です。

――確かに。

山本 例えば過疎化が進む地方だと公共交通機関の規模は縮小しており、移動に支障が出ています。このような地域で年金生活を送る高齢者にとっては古い軽自動車が生命線になる。

そういう人たちに対して「日本は脱炭素社会を実現するんだ。だからガソリン車には乗るな! EVを購入しろ!」と国が迫るのは庶民の踏みつけでしかない。このようにEVだけだと弱者が切り捨てられ、移動の自由を制限されかねません。

――では、どうすればいい?

山本 脱炭素は自動車業界だけでなく、社会全体で取り組むべき喫緊の課題です。もちろんEVに乗り換えられる人はどんどん乗り換えてもらいつつも、今後はEVシフトの幻想にとらわれることなく、日本は現実的な脱炭素の議論を産学官で行なうべきです。

――そういう意味で、EV以外による脱炭素に話を転じると、今年2月にBMWで大きな動きがあったそうですね?

山本 FCEV(水素燃料電池車)の「iX5ハイドロジェン」をお披露目しました。そもそもBMWは水素のパイオニアで、07年に日本市場に水素エンジン車を投入した実績もあります。

実はこのFCEVはトヨタ製の燃料電池スタックが使われています。これはトヨタとBMWの協業がスープラ/Z4だけでないことの証明でもあります。

4月14日、BMWは7月下旬からトヨタ製の燃料電池スタックを使用する「iX5ハイドロジェン」の実証実験を日本で行なうと発表4月14日、BMWは7月下旬からトヨタ製の燃料電池スタックを使用する「iX5ハイドロジェン」の実証実験を日本で行なうと発表

――ほかの自動車メーカーの動きは耳に入っていますか?

山本 実はBMWだけでなく、世界中の自動車メーカーがEV以外の選択肢の研究開発を水面下でシッカリと行なっています。ただ、周囲の目を気にしているのか声を上げていないので、新聞や経済メディアは気がつかない。

――日本の自動車メーカーの考えはどうなんでしょう?

山本 日本の自動車産業の総本山である自工会(日本自動車工業会)の豊田章男会長(トヨタ自動車会長)は「カーボンニュートラル実現に向けた山の登り方はひとつではない。プラクティカル&サステナブルなCO2削減には、多様な選択肢をお客さまにご提供する必要がある」と語っています。

そして、アメリカやイギリスをはじめとする世界の主要自動車工業会とその方向性を再確認したとも発表しました。要は脱炭素には複数の選択肢を持つべきという従来からの日本の主張が、世界の主張にもなったわけです。

自工会の会長職の辞任を表明していたが、慰留され、続投を決めた豊田会長。長年の日本の脱炭素への取り組みなどを国際社会に訴える自工会の会長職の辞任を表明していたが、慰留され、続投を決めた豊田会長。長年の日本の脱炭素への取り組みなどを国際社会に訴える

――今回の件を総括すると?

山本 日本は脱炭素社会の実現を掲げたわけですから、繰り返しになりますが、産学官が一体となり、弱者を切り捨てたり、踏みつけにしない枠組みを構築すべきです。

●山本シンヤ(Shinya YAMAMOTO)
自動車研究家。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』を運営