トヨタがフレックス燃料車の小型HEVを生産するため、ブラジルの工場に約450億円を投資するという。そもそも"フレックス燃料車"とは一体何なのか? トヨタを長年取材する自動車研究家の山本シンヤ氏が徹底解説する。
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――トヨタがブラジル・サンパウロ州でフレックス燃料(FFV)の小型HEV(ハイブリット)を生産するため、同州ソロカバの工場に計約17億レアル(約450億円)を投資すると発表しました。山本さん、このニュースについて解説してください。
山本 はい。現時点では車名はあきらかにされていませんが、小型HEVは2024年にブラジルで発売し、中南米22ヵ国で発売予定だそうです。現在、カローラクロスのフレックス燃料HEVが発売されていますが、それより小さいモデルのようです。そうなると、ヤリスクラスのモデルかもしれませんね。
――そもそもですが、FFVって何ですか?
山本 ザックリ言うと、ガソリンだけでなくエタノールを燃料として使うことが可能なクルマの総称です。中でもブラジルは第一次オイルショック(1973年)以降、サトウキビを原料とするバイオエタノールの生産拡大と需要促進を国策として推進。現在ブラジルで発売されているクルマのほとんどがフレックス燃料対応が行なわれたモデルなんですね。
――へぇー。
山本 サトウキビは空気中の二酸化炭素を吸収し生育します。それを用いて燃料を作るわけですから、二酸化炭素はリサイクルされるという理屈です。つまり、カーボンニュートラル燃料の一種ですが、一番の特徴は生産コストが低いことにあります。
――そんないい燃料なのに、なぜ世界的に普及しないんでしょうか?
山本 カーボンニュートラルの観点では、穀物を燃料として利用することに意義がありますが、世界では人口増加に伴い食糧不足の懸念があるのも事実。
――要するに倫理的な部分があると。
山本 さらに性能面では、ガソリンを使用した時と比べると出力/燃費共に低下します。
――ガソリンに例えると、ハイオクとレギュラーの差と同じ?
山本 いいえ。それよりも大きいようです。ちなみにブラジルでは、その時々の燃料価格と燃費を天秤にかけ、ガソリンとバイオエタノールを使い分けるのはもちろんのこと、混ぜて使うことも。
――単純に混ぜて大丈夫なんですか?
山本 センサーで燃料の混合物を検知、コンピューターで燃料の供給量を調整するので、ドライバーは特に何もしなくてOKです。
――それは楽だ。
山本 ブラジルでは、2003年にFFV車が市場に導入されましたが、その後急速に普及し、2013年にはFFVが新車市場の約90%を占めるようになっています。
――へぇー!
山本 もともとブラジルでは、1930年代からガソリンエンジン車にアルコール燃料を使用し、輸出もしているんですよね。ちなみにブラジル国内で消費されているバイオエタノールの6倍にあたる生産余力があるそうです。
――脱炭素の取り組みというのは、国や地域によって状況が大きく異なるんですよね?
山本 ええ、そうなんです。ちなみにブラジルではすべてのクルマをEV(電気自動車)に替えると、逆にCO2の排出量は増えてしまうという試算結果があります。ですから、脱炭素社会実現の最適解は、国や地域の市場動向やエネルギー事情に合致させるべきです。そのためには、あらゆる選択肢があるべきだと私は思っています。
●山本シンヤ
自動車研究家。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』を運営