国内バイク4社が水素エンジン開発に関する共同会見を行なった。(左から)ヤマハ発動機の日髙祥博社長、カワサキモータースの伊藤浩社長、スズキの鈴木俊宏社長、ホンダの塚本飛佳留二輪パワープロダクツ開発生産統括部長国内バイク4社が水素エンジン開発に関する共同会見を行なった。(左から)ヤマハ発動機の日髙祥博社長、カワサキモータースの伊藤浩社長、スズキの鈴木俊宏社長、ホンダの塚本飛佳留二輪パワープロダクツ開発生産統括部長

国内バイクメーカー4社は、CO2を排出しない「水素エンジン」の研究開発で協業することを発表した。提携の背景には何が? 今後の展開は? モーターサイクルジャーナリストの青木タカオ氏が解説する。

■開発研究での各社の役割は?

これまでしのぎを削ってきたライバルたちが手を組む。 まさに前代未聞、歴史的な結束に日本のバイクファンらはチョー胸アツである! 

カワサキ、スズキ、ホンダ、ヤマハという日本が世界に誇る4大二輪メーカーが5月17日、バイクなど小型モビリティ向け水素エンジンの基礎研究を目的にしたHySE(ハイス/水素小型モビリティ・エンジン技術研究組合)の設立記者会見を行なった。

脱炭素社会の実現に向け、2035~40年までに新車販売をすべてEV(電気自動車化)する方針を打ち立て、近い将来に内燃機関エンジンをモーターに替える動きが欧米で加速している。

それに日本企業が団結して「待った!」をかける構図にも見えるが、そもそも各国政府が検討すべきはCO2削減に向けたエネルギー戦略であり、クルマやバイクをEVにすれば解決するという簡単な話ではない。もちろんEVもいいが、一辺倒ではなく全方位の開発が必要である。

何より内燃機関は日本の技術力の結晶だ。これを手放す理由はひとつもないし、水素をエネルギーにすれば、内燃機関でもカーボンニュートラルは実現できる。HySE理事長候補の小松賢二氏(ヤマハ発動機執行役員 技術・研究本部長)はこう語る。

「水素エンジンにはいろいろな課題がありますが、この組合活動を通じて基礎研究を進め、先人たちが長きにわたって造り上げてきた内燃機関を今後も存在し続けられるよう、使命感を持って活動に取り組んでいきたい」

つけ加えると、水素エンジンはガソリンエンジンの部品の一部を転用できるため、現在のサプライチェーンをキープできる。つまり、雇用も守れるわけだ。 

そんな理由から国内4社はドリームチームを結成した。では各社の水素エンジンの研究開発の役割はどうなっているのか?

ザックリ言うと、ホンダが水素エンジンの設計、スズキが水素特有の異常燃焼などの研究、ヤマハとカワサキは実際の水素エンジンを使ってデータを集める研究を担当するという。加えて、外からタンクへの水素充填システムはヤマハ、タンクからエンジンへの燃料供給システムはカワサキが担う。

水素エンジンの魅力のひとつは、音や振動といった内燃機関の持つ魅力を味わえることだ。それはバイクファンにとって見逃せない大きなポイントだろう。ちなみにカワサキは、「ニンジャH2」の998㏄直列4気筒スーパーチャージドエンジンをベースに開発した水素エンジン搭載のバギーを、昨年9月にご開帳。

その場にはHySE特別組合員として参画するトヨタ自動車の現会長である豊田章男氏と新社長の佐藤恒治(こうじ)氏がいた。そして、このバギーを豊田氏がサプライズ試乗! 豊田氏の表情やコメントから出来がハンパないのは確実で、水素バイクの登場が楽しみだ。

昨年9月にカワサキモータースが初公開した二輪車用水素燃料直噴エンジンを搭載した研究用の四輪バギー。その前に立つのは川崎重工業の橋本康彦社長(左)とトヨタ自動車の佐藤恒治社長(右・当時、執行役員)昨年9月にカワサキモータースが初公開した二輪車用水素燃料直噴エンジンを搭載した研究用の四輪バギー。その前に立つのは川崎重工業の橋本康彦社長(左)とトヨタ自動車の佐藤恒治社長(右・当時、執行役員)

■山積する普及への課題

ご存じのようにニッポンは2017年、世界に先駆け「水素基本戦略」を策定した。岸田首相も今年4月、40年の水素の利用量を今の6倍に引き上げる考えを表明したばかり。

では、なぜ水素なのか? 水素は化石燃料のように枯渇する心配がない。環境負荷も圧倒的に少なく、既存の内燃機関を改良して製造できるため、エンジンの製造コストも抑えられる。

ただし、これまでなじみがなかっただけに「危険ではないか?」といった声も耳にするが、それは誤解。まず発火温度は527℃と、ガソリンの300℃よりも高く、自然には火がつきにくい。また、空気と比べ約14分の1という軽さで、万が一漏れても空気中で拡散しやすく、すぐに薄まってしまう。

もちろん、課題もある。むしろ山積している。まず燃焼が不安定になりやすいなど技術的な面があるほか、国内の水素のインフラが脆弱(ぜいじゃく)すぎる。その理由は1ヵ所4億円台という水素ステーションの建設コストだ。

これが水素供給網の拡大を鈍らせている。さらに樹脂製の高圧水素タンクはガソリン用の燃料タンクよりコストがかさむ。冗談抜きに産学官が一体となり取り組まないと、水素エンジンの普及は難しいだろう。

ただ、高い技術力で世界に存在感を示し続けている日本のバイクメーカー。合計すると国内4社の世界シェアは5割を占め、HySEの結成によって世界の二輪メーカーに与えたインパクトは大きい。

1社でも強力な日本メーカーが、単独ではなく各社で役割を分担して研究開発を進め、獲得した知見や技術を共有するのだから海外のバイクメーカーから見れば非常に手ごわい。

また、バイク用の水素エンジンが完成したとして、各メーカーの独自性を懸念する声もあるが、こちらは心配無用。国内4社は、それぞれに歴史や設計思想が大きく異なる。HySEで得た先進技術は各社の手により料理され、味の異なる水素エンジン車が登場するはずだ。今後もアオキは水素バイクの動向を取材し続けるぞ!

●青木タカオ(あおき・たかお)
モーターサイクルジャーナリスト。著書に『図解入門 よくわかる最新バイクの基本と仕組み[第4版]』(秀和システム)など。『ウィズハーレー』(内外出版社)編集長。
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