トヨタが開発を進める全固体電池の試作品。航続距離はリチウムイオン電池の2倍になる約1200㎞を誇る。EV普及の起爆剤として期待されるトヨタが開発を進める全固体電池の試作品。航続距離はリチウムイオン電池の2倍になる約1200㎞を誇る。EV普及の起爆剤として期待される

6月13日、トヨタ自動車が全固体電池を「2027年にも実用化する」と発表、このニュースが大きな話題を呼んでいる。

EV市場の勢力図をひっくり返す、"ゲームチェンジャー"と呼ばれる全固体電池とは、いったいどんな電池なのか?

■各メーカーによる 開発競争が激化

トヨタ自動車がEV(電気自動車)の性能を飛躍的に向上させる「全固体電池」を2027年にも実用化すると発表した。リチウムイオン電池に代わる、この新型電池に対する反響がマジでハンパない。各メディアは「トヨタがEVの反転攻勢開始」「ニッポンEVのゲームチェンジャーだ」「衝撃の発表でEV業界激震」と大騒ぎ。

しかし、この全固体電池、すでにほかの日本メーカーも開発を進めている。日産自動車は、21年11月に「社内で全固体電池の開発に取り組んでおり、28年度の市場投入を目指す」と発表済みで、内田誠社長は、「量産へ課題はあるが、手応えは感じている」と胸を張っていた。

ホンダも2010年代から研究に着手しており、すでに20年代後半の実用化を宣言。三部敏宏社長は、「(EVの普及は)全固体電池がカギを握ることになる」と指摘している。

昨年4月に日産は全固体電池の設備や技術を公開。写真は固体電解質の原料となる粉体を混ぜ合わせたりする装置昨年4月に日産は全固体電池の設備や技術を公開。写真は固体電解質の原料となる粉体を混ぜ合わせたりする装置

一方、海外ブランドの取り組みはどうか? 自動車メーカーのエンジニアはこう言う。

「世界中の有力自動車メーカーが投資や研究開発を進めています。具体的にはフォルクスワーゲンやステランティスなどですね」

つまり、名だたる自動車メーカーはとっくに全固体電池に関する何らかの表明を行なっているということだ。トヨタはむしろ全固体電池への取り組みが遅れていた?

「いいえ。トヨタは全固体電池の特許をすでに1000以上取得し、21年には『全固体電池の導入は、HEV(ハイブリッド)から行なう』と表明しています」

こう話すのは、自動車専門誌の幹部だ。

「トヨタは、まずEVよりもバッテリー容量の少ないHEVに全固体電池を投入し、それからカイゼンを施し、満を持してEVに搭載するという戦略でした。ところが、全固体電池の弱点である耐久性(電池の寿命が短い)を克服する新技術を発見し、実用化のめどが立ったので、今回、EVに搭載する方針を明らかにしました」

では、なぜトヨタが全固体電池についての発表をすると、こんな大騒ぎになる? 

「トヨタは世界新車販売ランキング3年連続トップですからね。経済に与えるインパクトを含め、ほかの自動車メーカーと全然違うと思いますよ」

確かに"トヨタの全固体電池発表"のインパクトは絶大だった。6月13日の発表から3日後、経済産業省はトヨタのEV用電池の開発などに最大1178億円の補助金の支給を決めている。



発表しただけで、国から巨額の補助金を支給される全固体電池とは、いったいどんな電池なのか? 前出の自動車メーカーのエンジニアが解説する。

「ザックリ言うと、全固体電池というのは電流を発生させるための電解質を液体から固体に置き換えた電池のこと。すると、化学反応が安定し、高電圧や高温への耐性が強くなる。1回の充電で走行できる航続距離はガソリン車をしのぐ1000㎞以上。急速充電も頻繁に行なえるため、ガソリンスタンドでの給油と同じ感覚で充電ができるようになります」

もちろん、メリットだけではない。デメリットもある。耐久性とコスト面だ。そして今回、複数の自動車メーカーの関係者を直撃したが、依然として克服すべき課題は多く、「量産化への道のりは容易でない」と口をそろえていた。

■官民で挑む"EV総力戦"

最短で27年の全固体電池の実用化をブチ上げたトヨタ。しかし、世界的に全固体電池の開発バトルはチョー激化している。どうしてトヨタはこのタイミングで、わざわざ全固体電池の戦略を発表したのか。そして、それに呼応したかのような国の補助金支給の意味とは? 前出の自動車専門誌の幹部はこう語る。

「今年4月に開催され、90万人以上が押し寄せた『上海モーターショー2023』。現地に足を運んだ自動車メーカーの関係者は皆、世界最大のEV市場の勢いを肌で感じ、圧倒され、危機感を募らせたという話です」

トヨタの脱炭素に関する全方位戦略に変更はなく、要するに活況なEV市場に対して、「トヨタはEVにも全力で取り組んでいます」と補足説明したわけだ。国のバックアップについては、「自動車産業が、EVで国際競争に負けたら、それは国にとって"痛恨の一撃"になりかねません」(経済誌記者)

要するに全固体電池はEVをガソリン車以上の性能へと引き上げるスゲー技術で、実用化にこぎつけたら、急拡大するEV市場を制することも夢ではない。

そこで、国は世界トップを走るトヨタが実用化をブチ上げた全固体電池をバックアップすべく、即補助金の支給を決めたと。裏を返せば、"ニッポンEV総力戦"がスタートしたともいえる。

■EV普及への根本的な課題

ただ、ニッポンのEV開発、普及には根本的な課題がある。

現在、2050年の脱炭素社会実現に向け、排ガスゼロのEVの普及を目指し、国と自治体は補助金という名の血税をバラまいている。

一方で、国は東京電力管内の一般家庭と企業に対し、7月1日から8月31日までの節電要請を行なった。つまり、節電を要請しつつ、1回の充電で一般家庭の7~10日分の電気を使用する高級EVにも血税をジャブジャブ投入しているのだ。控えめに言って国の電力政策には一貫性を感じない。

さらに言うと、マジで地球環境を考えているのであれば、EVの充電には再生可能エネルギーを活用すべきだ。というのも、いくらEVが排ガスゼロでも、充電する電気がCO2の排出量が多い石炭火力発電由来では脱炭素の意味がない。

ちなみに現在ニッポンの電気の主力はこの石炭火力発電だ。国は全固体電池の前に、まずデタラメな電力政策を改めるべきだろう。