最新バージョンのCN(カーボンニュートラル)燃料を使用して走ったトヨタガズーレーシングの「ORC ROOKIE GR86 CNF Concept」 最新バージョンのCN(カーボンニュートラル)燃料を使用して走ったトヨタガズーレーシングの「ORC ROOKIE GR86 CNF Concept」

国内の自動車メーカー各社が、脱炭素時代を見据えた新技術の開発や課題を洗い出す場としているのが、耐久レースだ。そこで、7月下旬に大分県で開催されたレースに自動車研究家の山本シンヤ氏が特攻! 各社が取り組む開発の最前線に迫ってきた。

■トヨタとスバルが共同開発する燃料

山本 7月29、30日に「オートポリス」(大分県日田市)で行なわれたスーパー耐久シリーズの第4戦を取材してきました!

――トヨタとスバルが共同開発し、この耐久レースでGR86/スバルBRZが使用してきたCN(カーボンニュートラル)燃料をマツダも使用したらしいスね?

山本 まず大前提としてマツダ(マツダスピリットレーシング)は、ディーゼルエンジンとバイオディーゼルの可能性を探るため、マツダ3バイオコンセプトでスーパー耐久シリーズに参戦しています。

――えっと、マツダ3にCN燃料を使ったわけですか?

山本 いいえ。マツダは今回のレースからロードスターを投入。このロードスターにGR86/スバルBRZと同じCN燃料を使用しました。

――いずれにせよ、トヨタ、スバル、マツダが同じCN燃料を使用してレースに出たと?

山本 そうです。昨年からトヨタとスバルは一緒にCN燃料の開発に取り組んできました。今回、この仲間にマツダが新たに加わったと。やはり燃料というのは汎用性が求められますから、実証実験の数は多いほうがいいわけです。

今回の第4戦オートポリスは欠場したが、次戦の第5戦もてぎには参戦予定のスバル「Team SDA Engineering BRZ CNF Concept」 今回の第4戦オートポリスは欠場したが、次戦の第5戦もてぎには参戦予定のスバル「Team SDA Engineering BRZ CNF Concept」

バイオマス(生物資源)を原料とする次世代バイオディーゼル燃料を使用する「MAZDA SPIRIT RACING MAZDA3 Bio concept」 バイオマス(生物資源)を原料とする次世代バイオディーゼル燃料を使用する「MAZDA SPIRIT RACING MAZDA3 Bio concept」

――要するに燃料に関しては3社の協調領域であると?

山本 ええ。同じCN燃料を異なるエンジンで試すことで、「どんな症状がいつ起きるのか?」「どんな違いが出るのか?」など、ありとあらゆるデータが今まで以上に取れます。その上、それらを3社で共有すれば、当然開発スピードも確実に上がる。

――確認ですが、CN燃料は走行中のCO2の排出がゼロになるんでしたっけ?

山本 CN燃料は水素と二酸化炭素(CO2)の成分を化学反応させて作る合成燃料です。燃やせばCO2が発生します。ただし、製造過程で大気中のCO2から分離させた炭素を使用するのでCO2の排出量は実質ゼロ(カーボンニュートラル)。CO2を相殺するという考え方ですね。

――今回のレースでは、そんなCN燃料の最新版が使用されたらしいスね?

山本 はい。レースを通じて1年以上のトライと分析のフィードバックにより、CN燃料には大きなメスが入りました。

――ぶっちゃけ、何が変わったんスか?

山本 CN燃料は気化する温度がガソリンよりも高いため、「燃えづらい」という問題を抱えていました。しかも、燃えなかった燃料はシリンダー内に残り、オイル希釈(シリンダーとピストンの隙間を通じてオイルパン内に入りエンジンオイルを薄めること)や燃費の悪化、さらに炭化水素が出やすいなど、問題が山積していました。

その部分にガツンと手を入れ改良されたのが、今回のレースから使用された新CN燃料です。

――もう少し具体的に?

山本 残念ながら成分に関しては「企業秘密」ということで詳細は不明ですが、"新たなブレンド"により、燃料が気化する温度が、従来のCN燃料と比較すると、市販のハイオクガソリンにかなり近い特性になったそうです。

――へぇー。

山本 その結果、オイル希釈は半分くらいに減少、炭化水素の排出も減少しました。この燃料を実際に試し、性能の確認を進めることで、さらなる改善につながるのかなと。

今回のスーパー耐久からトヨタ、スバルと同じCN燃料を使用する「MAZDA SPIRIT RACING ROADSTER CNF concept」 今回のスーパー耐久からトヨタ、スバルと同じCN燃料を使用する「MAZDA SPIRIT RACING ROADSTER CNF concept」

軽量化のため1.5Lのボディを使用するが、エンジンは2Lに換装。マツダ流の魔改造を受けた超激アツのロードスターに仕上がっている 軽量化のため1.5Lのボディを使用するが、エンジンは2Lに換装。マツダ流の魔改造を受けた超激アツのロードスターに仕上がっている

――ちなみにCN燃料を使用したロードスターの走りは?

山本 実は練習走行でクラッシュし、そこからチーム総動員による徹夜の修復作業が行なわれました。これは前戦でのスバルと同じ状況になりましたが、「スバルさんに直せて、われわれが直せないのは悔しい!」とマツダが奮闘。決勝日の朝にはほぼ新車のような状態に戻っていました。

――決勝の結果は?

山本 決勝はぶっつけ本番でしたが、安定したタイムで130周を問題なく走り切りました。今後が楽しみです。

■液体水素エンジン車は2ヵ月で鬼カイゼン

――5月の富士24時間では初参戦にもかかわらず、大きなトラブルもなく完走したトヨタの液体水素エンジン車も今回の耐久レースに参戦し、注目を集めていました。

山本 液体水素エンジン車としては2回目のレース参戦となりますが、約2ヵ月で大きく進化していましたよ。

――具体的には?

山本 燃料ポンプの耐久性と重量が大幅に改善されました。富士24時間ではレース中に燃料ポンプ交換を2回行ないましたが、やはり耐久性を引き上げたい。そこで今回はポンプギア駆動部の負荷を低減させる緩衝構造と燃料の圧力の最適化を行なうことで、ポンプの負荷を軽減させ、燃料ポンプの寿命は5月時点から約3割向上しました。

また、ポンプの負荷低減に伴いポンプ駆動モーターのバッテリーも軽くすることが可能となり、車両重量は前回よりも40㎏軽量化されて1910㎏となりました。

2度目の耐久レースに参戦したトヨタが誇る液体水素エンジン車「ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept」。前回から超絶進化 2度目の耐久レースに参戦したトヨタが誇る液体水素エンジン車「ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept」。前回から超絶進化

――レースカーとしては重量級ですが、将来的な目標は?

山本 トヨタのエンジニアを直撃すると、「気体水素並み(1700㎏台)にはしたい」と言っていましたね。

――給水素時のタイムも従来の1分40秒から1分に縮めたそうですね?

山本 トヨタと岩谷産業が共同で開発する移動式液体水素ステーションも改善され、ジョイントとフレキシブルホースの軽量化に成功しています。市販化を考慮すると、小型化や軽量化は課題です。今回、接続部カバーの廃止や、水素に触れない部品を鉄からアルミに変更して改良。

充填(じゅうてん)ジョイントを8.4㎏から6㎏、リターンジョイントを16㎏から12.5㎏に軽量化しました。レースでのピット作業を踏まえると、重量はスタッフの負担になるので、軽量化の効果は大きいと思います。

――給水素時のタイムを縮めたのは軽量化の効果?

山本 ほかにもあります。実は充填バルブの開閉や、水素が満充填になった際に充填をストップさせるといった作業は、これまではすべて手動操作でした。それを今回のレースから電子制御にして自動化。これにより安定した時間で効率よく、ミスなく給水素が行なえるようになったのです。

さらに、精密バルブメーカーのフジキンが開発した「大流量対応充填側シャットバルブ」を装着したのも大きい。充填側シャットバルブは液体水素タンクの充填口に設置されています。充填スピードを上げるには、当然、大流量化が必要になる。

ただ、バルブサイズを大きくすると密閉性の確保が難しくなりますが、大流量対応充填側シャットバルブはそれらを両立させることに成功しました。

トヨタと岩谷産業が共同で開発する移動式液体水素ステーション。軽量化に取り組み、給水素時の作業性などを大きく向上させたという トヨタと岩谷産業が共同で開発する移動式液体水素ステーション。軽量化に取り組み、給水素時の作業性などを大きく向上させたという

――つまり、今回の改善はトヨタだけでなく、カーボンニュートラルを一緒に目指す仲間の存在が大きかったと?

山本 そのとおりです。

――気になるのはCN燃料と液体水素エンジンの市販化です。現場の感触は?

山本 まだまだ過酷な耐久レースに参戦し、課題を洗い出し、改善を重ねる必要があります。ただ、着実に前進しているのは確かです。

――ちなみにトヨタが発表した「全固体電池」が話題を呼んでいます。全方位で脱炭素に挑むという、マルチパスウエー戦略に変更があった?

山本 いいえ。先日、トヨタの技術領域トップを務める中嶋裕樹(ひろき)副社長にイギリスで単独インタビューを行ないましたが、トヨタのマルチパスウエー戦略にブレはありません。詳細はまた別の機会にお話しさせてください。

●山本シンヤ(やまもと・しんや)
自動車研究家。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』を運営