トヨタがフィンランドで"街づくり"を行なう。この決定を下したトヨタの豊田章男会長を、自動車研究家の山本シンヤ氏が現地で粘着取材! 巨大プロジェクトの全体像に迫ってきた。
■新開発センターは東京ドーム133個分!
山本 ラリーフィンランドをガッツリ取材してきました!
――8月3~6日の4日間にわたって開催されたWRC(FIA世界ラリー選手権)第9戦の取材ですね。まずは結果ですが?
山本 TGR‐WRT(トヨタガズーレーシングワールドラリーチーム)の33号車、エルフィン・エバンス/スコット・マーティン組(GRヤリスラリー1ハイブリッド)が見事優勝!
また、日本人ドライバーで、フィンランドのユバスキュラ市に住む、18号車の勝田貴元/アーロン・ジョンストン組は3位で表彰台を獲得しました。ただ、現在ポイントランキングトップのカッレ・ロバンペラ/ヨンネ・ハルットゥネン組はアクシデントでリタイアでした。
――いずれにせよ、11月に開催されるWRCの日本ラウンド「フォーラムエイト・ラリージャパン2023」が楽しみになってきましたね。
山本 はい。ただ、今回取材したのは、WRCだけではありません。
――ほお!
山本 実は8月3日にTGR‐WRTとTMF(トヨタ・モビリティ基金)が、フィンランドのユバスキュラ市とカーボンニュートラル達成と持続可能な社会の実現を目指し、人と自然が調和した街づくりを通じた幅広い取り組みを推進するパートナーシップ構築の基本合意書を締結したんですよ。
――TMFってなんですか?
山本 トヨタ自動車が2014年8月に設立した一般財団法人です。国内外で誰もが自由に移動できるモビリティ社会の実現に向け、幅広いプロジェクトを通じて世界中の移動課題の解決を、同じ志を持つ人と一緒に取り組んでいます。
――ちなみにユバスキュラ市ってどんな都市?
山本 フィンランドの中部にある都市で、首都のヘルシンキからはクルマで約3時間。人口は14万6000人(フィンランドで7番目に大きい)。この人口は東京都武蔵野市(約15万人)に近いですね。
――なぜトヨタはフィンランドのユバスキュラ市と調印することになったんスか?
山本 ユバスキュラ市は、ラリーフィンランドの中心地ですが、同時にトヨタがWRCに復帰して以降、8年間本拠地を置く場所でもあります。
――具体的にトヨタはユバスキュラ市で何をするんですか?
山本 トヨタはラリーを起点に"街づくり"をします。現在、TGR‐WRTはユバスキュラ市内に拠点がありますが、新たに「開発センター」を設立します。ちなみにこの新開発センターは東京ドーム133個分の敷地を持ち、そこにはファクトリーやテストコースなども設けられる予定になっています。
――どんなテストコース?
山本 13㎞のグラベル(未舗装路)と7㎞のターマック(舗装路)コース、さらに冬場はスノーのテストも可能です。面白いのは、このコースはリアルな道を活用します。要するに「生きた道」をテストコースにすると。
――なんか壮大な話ですね。そこにカーボンニュートラルはどう絡んでくるんスか?
山本 WRC活動全体でのCO2削減を目指します。開発センターの広大な敷地は森なのでCO2の吸収が期待できます。その上で施設は生物多様性の向上や森林保全に留意しつつ、木造建築の積極的な導入、水素による自家発電施設やモビリティの導入なども計画されているようです。
さらにWRC参戦時の移動車にはFCEV(水素燃料電池車)/BEV(電気自動車)なども積極的に使用するはずです。
――つまり、ラリーを起点にした"カーボンニュートラルな街づくり"を行なうわけですね。ユバスキュラ市の反応は?
山本 ティモ・コイビスト市長は「ユバスキュラ市は、規模、立地、高等教育機関、能力基盤の点で、将来のソリューション開発において理想的なパートナーになれると考えている。
世界有数の自動車メーカーのひとつであるトヨタがユバスキュラ市で存在感を高めてくれていることも、われわれにとって誇りとなっている」と語っていました。
■豊田会長に聞いたプロジェクトの真意
――疑問なのは、新開発センターの建設であればTGR-WRTは市内に8年拠点を置いているわけで、別に単独で進めても問題ないはず。でも、どうして今回、ユバスキュラ市とTMFと共に行なうんでしょうか?
山本 この決断をしたのはトヨタ自動車の会長、TGR‐WRTの会長、そしてTMFの理事長と、3つの顔を持つ豊田章男氏です。豊田氏は常日頃から「ラリーは公道を使う競技。街や地域との共生は大事」と語っています。
要するに今回のプロジェクトは、ラリーを起点とした"もっといい街づくり"。新開発センターの設立によりユバスキュラ市は大きな投資効果と雇用の増加も期待できます。
――豊田会長の声は?
山本 豊田氏は、「2022年にトヨタはロシアから撤退しましたが、そんな中で欧州に新しい拠点をつくる。事情は異なりますが、持続的な震災復興支援のために東北に生産拠点を設けたことと志は同じかもしれませんね」と。
――ふむふむ。
山本 その一方で、「なんといってもトヨタのWRCチームにとってユバスキュラ市は時間とリソースをささげる決断をした第二の故郷。ここを拠点にサステナブルなモータースポーツ活動をやっていきたいと思っています」とも語っていました。
――今回の豊田会長のコメントをどう受け止めました?
山本 私には「トヨタはラリー活動をやめない!」という力強い宣言にも聞こえましたね。実際、豊田氏も「われわれがラリーに参戦する目的は『もっといいクルマづくり』と『人材育成』。その目的があるから、経済がどうであれ続けられる。逆にそれをやめたら、トヨタを否定することになります」とキッパリ。
――ちなみに今回のラリー取材で印象的だったのは?
山本 実は豊田氏からのサプライズで、タイムアタックを行なう特別区間「SS」への取材はヘリコプターで向かいました。クルマだと約1時間半かかる距離でもヘリコプターだと約20~30分。実は日本以外のWRCではヘリでの移動は比較的身近でバンバン飛んでいます。そこで私は豊田氏と次のようなやりとりをしました。
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山本 なぜ、日本ではヘリの活用が難しいんですかね?
豊田 日本だと防災用かドクターヘリ、あるいは高須クリニックのイメージです。僕はヘリはもう少し大衆に近いところにあるべきだと思っています。では、日本でなぜできないのか。それは規制があるから。日本は前例がないことに対して厳しい。
山本 水素エンジンに搭載するタンクや給水素施設に関してもそんな感じの対応です。
豊田 「責任取るからやれよ」と言えるリーダーが出ないとダメ。最後は全部現場の責任にしてしまう。
山本 11月のラリージャパンで山の中でのヘリの離着陸ができると、今後のヘリの活用方法がもっと変わるような気がします。いざというときのための訓練にもなりますし。
豊田 そのとおり。ラリーのためにヘリを飛ばすのではなく、ヘリをキッカケに「社会インフラ構築にもつながる」と理解してほしいですね。
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――ちなみに山本さんは、このトヨタの"街づくり"の取材は今後も続ける?
山本 続報をお楽しみに!
●山本シンヤ(やまもと・しんや)
自動車研究家。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』を運営