実在する車の挙動をリアルに再現したレースゲーム『グランツーリスモ』(GT)。
1997年に第1作がソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE、現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)より発売された同シリーズは、全世界で累計9000万本を超えるメガヒットを飛ばしている。
実は、GTから現実のプロレーサーが誕生していたことをご存じだろうか。
発端は2008年にSCEと日産自動車が立ち上げた、GTのトッププレイヤーを選抜し、本物のプロレーサーを育成するプログラム「GTアカデミー」(16年に終了)。
プログラムの優勝者には日産のレーシングチームに所属する権利が与えられ、何人ものゲーマーがリアルレーサーとして羽ばたいたのである。
9月15日からは、11年のアカデミー優勝者であるヤン・マーデンボローの実話を基にした映画『グランツーリスモ』が公開。ヤンがGTアカデミーを経て、リアルレーサーになっていく姿を描いた作品だ。
そして日本にもGTのプレイヤーからリアルレースの世界へと飛び込んだ若者がいた。
その名は、冨林勇佑(とみばやし・ゆうすけ/27歳)。
16年にGTの世界大会で優勝し、18年からリアルレースにも進出した、日本初となる「eスポーツレーサー兼リアルレーサー」である。
■初リアルレースでは「ゲーマー」呼ばわり
――冨林さんがGTと出合ったのは5歳の頃だったそうですね。
冨林 きっかけはモータースポーツ好きの両親の影響でした。習い事だったサッカーと両立しつつGTの練習もしていて、小5だった07年にスーパーGT鈴鹿1000㎞内のイベント大会に出場したら、2位になったんですよ。そこからさらにハマり、20歳のときにGTの世界大会で優勝したんです。
――さぞかし日夜GTの練習に励んでいたんでしょうね。
冨林 レースに負けた翌日には悔しくて猛練習することもあったんですけど、普通に友達と遊んだり、ほかのゲームをプレイしたりする時間も多かったですね。
――その後、実車レースデビューとして、18年の「ロードスター・パーティレースⅢ」東日本シリーズ最終戦、NDクラブマンクラスへのスポット参戦。こちらでいきなり優勝を飾ったのを皮切りに、実績を積み重ね続けています。GT世界チャンピオンという肩書を引っ提げての実車レース参戦は、周囲の期待も大きかったのでは?
冨林 いや、レース関係者からの風当たりは強かったですよ。チーム監督からの最初の呼び名は「ゲーマー」でしたし(笑)。映画の主人公であるヤンさんも劇中で同じような態度を取られていましたね。
だけど僕は、レースが始まってすぐにトップタイムを叩き出せたので、監督から「すみません」とひと言いただけたんです。今でもすごくお世話になっているので、僕としてはとても良い思い出です。
■ゲームとリアルはどのくらい違う?
――GTと現実のレースとで、見えている景色はどれくらい違う?
冨林 よく聞かれるんですけど、個人的に違いはあんまり感じないです。車内からの見え方はゲームもリアルもまったく同じととらえていまして、初めて実車で走ったときも、GTはリアルのレースを100%再現できているなと感じたほど。初めて走ったっていう感覚があまりありませんでした。
――プロの視点から見ても、GTの再現度は相当なものだと。
冨林 ええ。だからリアルレースの練習をするにはもってこいなんですよ。特にレースの場数をどんどん踏めるところがGTの最大のメリット。
例えば、公式レースに30戦参加するとしたら、現実だと丸1年はかかるんですが、ゲームだとたった1日で走れちゃいます。なのでレース経験で言えば、GTプレイヤーはリアルレーサーと比べても負けていません。
スパートをかけるときの判断や、相手の動きの予測、リスクがあるときの最善策の考え方など、レース中の対処法が蓄積できるんです。実際僕は現実にあるサーキットをゲームの中で何千周も走っているので、冷静なレース運びができるようになりましたね。
――GTが"リアルドライビングシミュレーター"をうたっているのはダテじゃないと。
冨林 とはいうものの、リアルでの走行を続けていくうちに徐々にゲームとのズレは感じ始めました。わかりやすいところで言うと、ゲームの走りをリアルでやっちゃうと車が消耗してしまうんです。
例えばでこぼこ道を走ると、その振動が伝わってきますよね。だから車にかかるダメージもだいたいわかるんですけど、それはゲームで再現できない。なのでGTではダメージを考慮しない、実車ではありえないような走り方ができちゃうんです。急カーブで無理やりインを攻めるみたいな芸当は、"ゲーム走り"と言えるかもしれません。
――面白いですね。レースの行く末を左右する天候の再現度については?
冨林 雨が降っているときの滑りやすさはリアルのほうが顕著ですし、ブレーキもシビアにかけなくちゃいけません。
けど、より肝心なのは外気温ですね。ゲームとは違って、リアルだと気温が少し違うだけでタイヤのグリップのしやすさがまるで違ってくるんです。
僕がレースを始めた年の5月に2回レースがあったんですが、1回目こそ勝つことができたものの、2回目は気温が10℃以上高かったので車のセッティングが合わず、まったく歯が立たなかった。
環境に応じてレースが変化するというのはゲームにはまだなかったので、面白いと感じました。個人的な肌感覚で言うと、今のGTの再現度は70%ぐらいですかね。
――ゲームよりリアルのほうが複雑で情報量が多いわけですね。
冨林 ええ。リアルレースでは窓を開けたら入ってくる風とか、他車との接触の衝撃とか、ハンドルを切るとかかる、外側に向かって押される力とか、ゲームにはない要素を体でフルに感じ取り、速く走らせる材料にするんですよ。
だから僕自身も初めて実車でレースしたときに、「なんてわかりやすいんだ!」と感動したぐらいです。ゲームだとすべての情報を視覚で処理しないといけないですから。
■「クラッシュの恐怖は寝ると忘れます(笑)」
――ちなみに、もともとレーサーだった人がGTをやっても強いんでしょうか?
冨林 いえ、これがそうとも限らないんです。もともとプロの方は、レース中の思考がリアルにチューンナップされているので、ゲームだと情報量が少なすぎてうまくハンドルを握れないと感じる方もいるようですね。
――ゲームとリアルでは、求められるテクニックがかなり異なると。
冨林 そうですね。ちなみに、ハンドルを握るときは断然ゲームのほうが緊張します。先ほど話したように、現実だと天候や外気温と車のセッティングとの相性があるので、自分のテクニック以外の部分で勝ち負けが決まることがよくあるんですよ。
世界にはいろんなタイヤメーカーがありますが、その時々で状況が変わってしまうので、チューニングはとても難しいですね。
一方、ゲームはどの時間に誰が乗っても条件は同じなので、純粋に自分のテクニックのみが問われます。実力がそのままプレイに表れるので、ミスをすればメンタル的にもキツい。
――へぇ~、意外ですね。
冨林 ただもちろん、リアルも強い気持ちで臨まないと場にのまれちゃいます。車同士の接触はリアルのほうがガツガツきますし、積極的にコーナリングしなければ、「こいつ、度胸ないな」とナメられますからね。レーサーは攻める気持ちがないと勝てませんし、ゲーム上がりの僕ならなおさら。
――そうは言うものの、現実のレースは簡単にリセットできないわけで、正直怖くないですか?
冨林 もちろん怖くないことはないですが、寝ると忘れます(笑)。そもそも僕はかなりの負けず嫌いで、小学生の頃に自転車で競争したときも絶対に勝ちたくて、下り坂でもスピードを上げることに恐怖心はあまりありませんでした。怖さよりも楽しさと負けたくない気持ちが勝っちゃうんですよ。
ただ、僕は特殊なケースだと思います。GTからリアルレーサーを目指す人はわずかにいるのですが、リアルレースのスピード、衝撃に耐えられず、恐怖心を抱く人は一定数いますからね。
■レーサーに必要なのはコミュ力
――ところで、冨林さんはeスポーツレーサーとリアルレーサーを両立されていますが、どちらの強さも維持するというのは大変ではない?
冨林 少し前まではバランスが取れていましたが、最近は実績を評価されて出られるレースも増えてきたので、ややリアルに重心が移っています。
というのも、レースに出ると別日に予選があったりするし、トレーニングをする必要があったりでゲームに取れる時間がかなり少なくなるんです。それから、eスポーツの大会とレースの日程が重なってしまうことも多い。
こうした事情から、最近はゲームの大会になかなか出られなくなってきました。
――一方で、冨林さんはeスポーツのコーチもされていますね。指導するプレイヤーには技術面以外でどんなことを教えていますか?
冨林 練習を頑張ることも大切だけど、それ以上にあくまでゲームは娯楽だと伝えています。あんまり練習しすぎてもストレスがたまるだけですし、ゲームを嫌いになってしまったら本末転倒ですから。
――では冨林さんのように、eスポーツレーサーからリアルレーサーを目指す人にアドバイスしていることは?
冨林 意外に思うかもしれませんが、特に重要なのがコミュ力。ゲームと違ってレースはチーム戦なので、ドライバーはオーナー、監督、エンジニア、メカニックなど多くの人間と関わることになります。だから仲間たちが自分を好いてくれることで、より「こいつを勝たせたい」と思ってくれます。
ゲーマーの中には内気なコも多いので、友達と遊んだり、恋愛してみたりして人との関わり合いを学んで、レースに挑んでほしいなと。恋愛なんて、自分を好きになってもらう絶好のチャンスですからね。
ゲームだけでなく、さまざまな人生経験こそがレーサーを強くすると思います。
●冨林勇佑(とみばやし・ゆうすけ)
1996年5月4日生まれ、神奈川県横浜市出身。2016年、『グランツーリスモSPORT』アンヴェイルイベント「FIA グランツーリスモ チャンピオンシップ」プレシーズンテスト優勝。2018年より実車レースへ進出。スーパーGT GT300クラスやスーパー耐久シリーズなどに出場する。日本初の「eスポーツレーサー兼リアルレーサー」として活動中
■映画『グランツーリスモ』GRAN TURISMO
2008年、『グランツーリスモ』のトッププレイヤーたちを集め、プロレーサーへと育成する前代未聞のプログラムが立ち上がった。プロジェクトを立ち上げた男、「ゲーマーなんかが通用するわけがない」と思いながら指導を引き受ける元レーサー、そしてプログラムに参加したイギリス人の青年。前例のないプロジェクトに挑んだ男たちが織り成す衝撃の実話。9月15日、全国の映画館で公開