山本シンヤやまもと・しんや
自動車研究家。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』を運営。
トヨタが新世代EVの数々を大公開し、アンチを含め、世界中の度肝を抜いた。しかも、トヨタでは驚くべき未来戦略が進んでいるという。自動車研究家の山本シンヤ氏が解説する!
――トヨタが「ジャパンモビリティショー2023」で新世代EVをワンサカ披露し、各メディアに大きく取り上げられました。現場で取材した山本さんの率直な感想は?
山本 トヨタは21年12月14日に新型EV16台を突如公開しました。私はその発表会見の席で、トヨタの豊田章男社長(現会長)に「EVは好きなのか、嫌いなのか?」とド直球の質問をしましたが、そのときの答えがようやく形になってきたなと。
――今回、トヨタはどんなEVを公開したんスか?
山本 トヨタが出展したのはSUVタイプのFT-3e、スポーツカーのFT-Se、そしてランクルのEV版となるランドクルーザーSe、ピックアップトラックのEPU、MPV(多目的車)のカヨイバコなどなど。そしてトヨタの高級ブランド「レクサス」からは、LF-ZCとLF-ZLです。
――まさに怒涛の大攻勢!
山本 私は豊田会長を長年取材していますが、「電気モーターの効率はエンジンよりもはるかに高い。それを上手に活用すればFFにもFRにも四輪駆動にもなる。そんな制御をもってすれば、モリゾウでも、どんなサーキット、どんなラリーコースだって安全に速く走れますよ」という話をされていた。この多彩なバリエーションを見ると、いよいよ現実になってきたなと。
――特に話題になっているのが、トヨタの高級ブランド「レクサス」がぶっ放したEVです。解説をオナシャス!
山本 レクサスはトヨタグループの中で電動化戦略を強力に推し進めているブランドです。2030年には北米、欧州、中国、そして35年には世界で販売するレクサス車をすべてEV、FCEV(水素燃料電池車)にすると発表済みです。それを踏まえ、初代LSの開発のように、いわゆるゼロベースから〝電動車時代のクルマづくり〟を見つめ直したのが、このLF-ZCとLF-ZLです。
――LF-ZCは約3年後の市場導入をアナウンスしており、注目度はより高かった気がします。具体的な魅力はどこですか?
山本 航続距離1000㎞を目指します。さらに四輪駆動力システム「DIRECT4」、クルマのステアリングホイールとタイヤを電気信号で接続し、タイヤ角を制御するステアバイワイヤ、そして車載用OS(基本ソフト)は『アリーン』を搭載します。
――最新技術〝全盛り〟だ!
山本 加えてプラットフォームはアルミ鋳造で一体成型する「ギガキャスト」技術が採用されています。確実に走りが楽しくなるでしょうね。
――スゴっ! 航続距離1000㎞ということは、ついに噂の全固体電池を搭載?
山本 そもそもトヨタは27~28年に全固体電池の実用化を目指しています。LF-ZCのデビューは26年の予定ですよ(笑)。
――じゃあ、どんな電池を?
山本 従来のリチウムイオン電池の性能を大幅に向上させたものです。経済系のメディアは、「全固体電池はゲームチェンジャーになる!」と大騒ぎをします。確かに性能面で見るとそうなのですが、コスト面などを考慮すると、私は、まず〝高性能車用〟として使われると予想しています。
――ほお!
山本 実はトヨタはバッテリーのマルチパスウエーも掲げています。普及価格帯に手頃な価格のバッテリーがあり、その上に高性能版がある。さらにその上に君臨するのが全固体電池です。
――全固体電池をガソリンエンジンにたとえると?
山本 レクサスLFAのV10エンジンかと。ちなみにLFAは2010年に登場した超高性能スポーツカーで、価格は3750万円ですね。
――つまり、全固体電池は庶民に縁がないって話すか?
山本 全固体電池は性能が高い上に軽いというメリットがあります。しかし値が張るという最大のデメリットもあります。正直言うと、全固体電池が普及フェーズに入るのは、もっと先の時代でしょうね。
――マジか!
山本 ですから今、トヨタは普及版としてLFP(リン酸鉄リチウム)バッテリーの開発を急いでいます。LFPバッテリーは希少金属で価格の高いニッケル、マンガン、コバルトを使用するリチウムイオンバッテリーに比べると、コストを低く抑えることができます。
要するに安く高性能なバッテリーを開発している最中です。一般的にLFPバッテリーはエネルギー密度が低いことが課題といわれていますが、それもすでに克服済みだと聞いています。
――つまり、全固体電池が世に出れば万々歳ではないと?
山本 そのとおりです。
――トヨタ怒濤のEV大攻勢で会場もメディアも沸きに沸きました。そんなトヨタの新世代EVは絶対王者テスラや、そのテスラに肉薄する中国BYDに勝てるんスかね?
山本 LF-ZCの量産版は2026年の登場で、もちろん試乗もしていませんので実力はわかりません(笑)。
――では、これまで山本さんが取材してきた感触だと?
山本 トヨタのBEVファクトリーの加藤武郎プレジデントは、BYDとのジョイントベンチャーでEVセダン「bZ3」(今年4月に中国で発売)を開発したエンジニアです。
――つまり、加藤氏はBYDとガッツリ仕事をしてきた?
山本 ええ。BYDは資金も潤沢、最新鋭の機器もそろっています。その上、もともとバッテリーメーカーですので、その技術力は目を見張るものがあったと。
ただし、BYDが爆売れを続ける中国市場のユーザーは、走る、曲がる、止まるといったクルマの本質よりも付加価値、例えば大きなモニターやコネクテッド機能、スマホがクルマのカギ代わりになるといった部分を非常に重要視する傾向にある。つまり、BYDはその手の〝先進性の高さ〟が強みです。
――なるほど。
山本 加えて、BYDは欧州のエンジニアリング会社に仕事を依頼している部分も多く、メーカー独自の「走り味」や「乗り味」などを形成・熟成させる伝統がまだない。
――では、テスラは?
山本 飛行機の離陸時よりも激しい猛烈な加速や、デビュー当時としては斬新な見た目など、確かにスゴいEVだと思います。ただ、「また乗ってみたい!」という後味があるかどうかって話になると......。
テスラを購入するのは富裕層や新しモノ好きです。実はメルセデス・ベンツやポルシェなどから新しいEVが出ると、そちらに買い替えに走る人が多いなんて噂を耳にしています。
――EV黎明期ならともかく、世界中の高級ブランドがEVを出していますからね。
山本 ええ。そうなると、〝テスラらしさ〟とはいったいどこにあるのかなと。やはり、これまで積み上げてきたブランド力や信頼みたいなものは老舗メーカーとテスラはちょっと違うと思います。
――一方、トヨタは?
山本 トヨタは新車販売台数3年連続世界トップに輝く、世界有数のグローバルかつフルラインナップの巨大自動車メーカーです。そのためカーボンニュートラルの実現は、国や地域に適したインフラやモデルがあることを熟知しており、EVだけでなく、HEV(ハイブリッド)、PHEV(プラグインハイブリッド)、FCEVなど全方位の「マルチパスウエー」戦略を掲げています。
ちなみにEVに関して言うと、佐藤恒治社長は26年までに10車種を投入して年間150万台、30年に350万台とする販売計画を発表済みです。
――確かにこれまで全方位戦略を敷いてきたトヨタですが、ジャパンモビリティショーは完全に〝EV祭り〟でした。トヨタの中で何か大きな変化があったんスか?
山本 私はこの光景を見て「言っていることとやっていることが違いませんか?」と技術領域トップを務めるトヨタの中嶋裕樹副社長を問い詰めました。すると、中島副社長は「実は......」と今後の計画を少し教えてくれました。
――話の中身が気になります。
山本 これまでトヨタのEVは基本的にはエンジン車のプラットフォームをベースに開発されていました。ところが、26年に登場するレクサスの新型EVはEV最適のプラットフォームとして開発中です。
――だから、このプラットフォームに、いわゆるエンジンの搭載はできない。
山本 今までのエンジンならそうです。ただ、中嶋副社長は「マツダのロータリー、スバルの水平対向などコンパクト&軽量なエンジンは、なぜトヨタにないのか?」という疑問から、自社のエンジン屋に「キミたちはまだまだやることがあるぞ!」と新エンジンの開発を指示したそうです。
要は〝EV最適プラットフォームに収まるエンジンの開発〟。私はこれこそがトヨタの〝マルチパスウエー戦略のリスタート〟かなと。実現すれば走りは大きく変化するはずです。
――つまり、グローバルのフルラインナップメーカーのトヨタは、そもそもテスラやBYDと同じ土俵におらず、もっと大きな世界を見据えていると。ちなみにこのトヨタの新プラットフォームの話ですが、全貌が知りたいスね!
山本 はい。続報をお待ちください。
自動車研究家。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』を運営。