渡辺陽一郎わたなべ・よういちろう
カーライフジャーナリスト。自動車専門誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長を10年務めた"クルマ購入の神様"&"令和のご意見番"。執筆媒体多数。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
11月29日、山梨県で6年ぶりにフルチェンしたスズキの軽スーパーハイトワゴン・スペーシアの報道陣向け試乗会が開催された。10月から発売となった宿敵ホンダN‐BOXにどこまで肉薄したのか? どこが新しくなったのか? 徹底取材した!!
現在、ニッポン市場で4割のシェアを誇るのが、軽自動車。その中でチョー激アツなカテゴリーが、全高1.7mを超えるスーパーハイトワゴンだ。軽の新車販売の約半数を占める、まさにドル箱市場で、各メーカー渾身のモデルを投入している。
そんな軽スーパーハイトワゴンの中で首位を独走するのは、軽自動車販売で8年連続、総合ランキングでも2年連続で頂点に輝く、ご存じホンダのN-BOX。2011年にデビューすると、瞬く間に大ヒットし、累計販売は240万台を軽く突破! ホンダのニッポン市場で販売4割を誇る大黒柱に育った。
ホンダによると、10月に発売となった3代目は予約段階から注文が殺到! 販売は「すこぶる絶好調」で約7割をN-BOXカスタムが占めているという。
3代目も安定の"無双状態"に突入しそうな勢いだが、そこに待ったをかけたのが、11月9日にフルモデルチェンジを受け、11月22日から発売となったスズキの3代目スペーシアである。
山梨県で開催された3代目スペーシアの試乗会に同行し、新型を徹底チェックしたカーライフジャーナリストの渡辺陽一郎氏が解説する。
「スペーシアの初代は、パレットの後継車として13年にデビューしました。今回の新型で3代目となります。これまでホンダのN-BOX、ダイハツのタントという強力なライバルと熾烈な販売バトルを繰り広げ、モデル末期にもかかわらず、先行してモデルチェンジしたタントと2位争いを演じていた怪物カー。当然、新型はそんな激戦区でシェア拡大を狙う、名実共にスズキの戦略車ですね」
軽自動車の盟主としてニッポン市場に君臨してきたスズキにはアルト、ワゴンR、ハスラーなど金看板がめじろ押しだが、近年はスペーシアが国内の屋台骨を支える柱のひとつに成長している。それもそのはず。スズキによると、スペーシアの累計販売はデビュー10年で、130万台を突破しているという。
3代目スペーシアには"絶対王者"N-BOXの牙城を崩せるかどうか期待してしまうが、渡辺氏はこうくぎを刺す。
「全国軽自動車協会連合会によると、N-BOXは昨年20万2197台という圧巻の販売台数をマーク。一方のスペーシアは10万206台でから、その差は相当ある(笑)」
確かにフルチェン直前にもかかわらず、N-BOXは連チャンで月販2万台をマークするなど、王者の貫禄を見せつけている。スズキに反転攻勢に打って出る力はないのか。
「実は昨年の乗用車メーカーの国内販売ランキングで、スズキは60万台を記録し、トヨタ(129万台。レクサスを含む)に次ぐ2位。ちなみにホンダは57万台で4位です。当然、3代目スペーシアで他社との差を一気に拡大させたいでしょうね」
国内販売ランキングでスズキが2位の理由は、国内市場における軽自動車の高い人気だけではないという。
「現在のスズキは小型車にも非常に力を入れています。ホンダや日産までも軽自動車の販売比率を増やし、その結果、軽自動車市場が過当競争気味になった。そこでスズキは15年に発表した中期経営計画で、国内の小型車販売を年間10万台以上に引き上げる目標を掲げました。これを16年には早々と達成しています。
現在のスズキというメーカーは、軽自動車と小型車の販売が強い。実際、国内で売られるスズキ車の20%近くが小型車です。軽自動車と小型車は国内の売れ筋カテゴリー。この戦略が見事に功を奏し、国内販売不動の2位に立ったわけです」
要するに現在のスズキは、ニッポン市場のツボを心得ており、加えて小型車で得た技術や知見などを軽自動車にフィードバックすることも可能なのだ。
3代目スペーシアの開発責任者は、スズキの鈴木猛介氏。先代のスペーシアや現行アルトの陣頭指揮を執った人物で、スズキをして、「ウチのエースです」という。そんな鈴木氏に、まず3代目スペーシアの手応えを聞いてみた。
「(10~11月に東京ビッグサイトを中心に開催された)ジャパンモビリティショー2023にスペーシアのコンセプトモデルを出展したのですが、非常に好評でした。特にスペーシアカスタムへの期待の大きさを感じましたね。
お客さまのほとんどが、まずスペーシアカスタムに駆け寄り、食い入るように見つめていました。さらに販売店の皆さまからも、『新型は非常に売りやすいクルマになった』という言葉をいただきました」
ジャパンモビリティショーに出展したスペーシアカスタムの試作車は話題を呼び、SNSでも「カッケー!」「コレは欲しい!」などという声が飛び交っていた。
注目は顔面の仕上がりだろう。2代目スペーシアカスタムの顔面はメッキ鬼盛り状態で、ゴッリゴリのオラオラ顔に仕上げられていた。ところが、3代目は少し毛色を変えてきた。それはなぜか? 鈴木氏はこう説明する。
「3代目のカスタムは上質感と華やかさを意識しました。その上で、フロントマスクに関しては、多くの人に受け入れられるよう、"王道の力強さ"や"王道の存在感"を表現しました。具体的にはグリル周辺へのメッキ加飾の使用量を最小限にし、オラオラ感やギラギラ感は意図的に抑えました」
近年、ニッポン市場で売れ線なのが"派手顔"。そこで、スズキは"万人に受ける派手顔"を徹底研究してきた。
一方、3代目N-BOXは"脱オラオラ"を掲げ、「品格」を重視した。一部の専門家やファンらからは、「3代目は顔に迫力がない!」との指摘も飛ぶが、N-BOXの開発責任者であるホンダの諫山博之氏はこう説明する。
「3代目には上質というテーマがあり、リアのコンビランプもそうですし、グリルも、いわゆるオラオラ感を出さず、多くの人に響くデザインを心がけました。例えばN-BOXカスタムのフロントの一文字ライトは上質さを意識したもので、インテリアも黒系でまとめています」
多くの人に受け入れられるという点は同じだが、スズキとホンダでは顔面に対するアプローチが大きく異なる。
18年12月、週プレは前出の鈴木氏にインタビューしている。軽スーパーハイトワゴン初となるSUV「スペーシアギア」の開発責任者としてご登場いただいた。
当時の記事に目をやると、「スペーシア、スペーシアカスタム、そしてスペーシアギアでN-BOXをやっつけるんですね?」とか「正直、N-BOXは目の上のたんこぶですよね?」などと週プレがあおりにあおっていた。しかし、鈴木氏は終始のらりくらり。最後は困ったような顔でこう言った。
「いやいや。アチラ(N-BOX)はスゴい台数を売っているので......スゴいなぁと(笑)」
今回お会いした鈴木氏は、5年前とは打って変わって、常に余裕顔。新型への相当な自信を感じた。実は11月9日に行なわれた、スペーシアの発表会見で、スズキの鈴木俊宏社長も笑顔を見せながらこう語っている。
「先日のジャパンモビリティショーで好意的な声をたくさんいただいた。一台でも多く売れることを期待している」
ちなみにスズキの掲げる月販台数は1万2000台。戦略車にしては少ない気もするが、開発責任者の鈴木氏はこう説明する。
「3代目スペーシアを購入してくださった皆さまをお待たせしたくない」
現時点でスペーシアの納期は長期化しておらず、半導体を含めたパーツ不足も回復傾向にあるという。そこで、予約受注の感触を聞いてみた。
「好調だと聞いています」
鈴木氏は余裕の笑みを浮かべてそう言った。やっぱり5年前とは表情が違う。
実際のところ3代目スペーシアの出来映えはどうか? 渡辺氏が解説する。
「3代目スペーシアは"王道の力強さ"を重視し、従来以上に内外装共に存在感が強い。特に内装のインパネなどは注目で、ボリューム感を大きく増したデザインになっています。視界を悪化させず、上質感を強めていますよ」
対するN-BOXの内装について、渡辺氏はこう言う。
「先代型ではメーターを高い位置に配置していました。しかし、現行型はステアリングホイール(ハンドル)の奥に装着する一般的な方式に変更しました。これにより、現行N-BOXではインパネの上端が70㎜下がり、前方視界を大幅に改善することに成功しました。
その代わりインパネ全体がスッキリした印象に変わり、ボリューム感は先代型に比べて弱まった......平たく言うと、両車のキャラが新型で入れ替わった感じですね(笑)」
気になるのはスペーシアの走りだ。渡辺氏が解説する。
「ノーマルエンジンの動力性能はスーパーハイトワゴンの平均水準ですが、ターボは実用回転域の駆動力が1.7倍に増強されており、1Lエンジンを積んでいる感覚で運転できます。上り坂でもパワー不足は感じません。
またどのグレードでもボディが軽い印象で、道幅の狭い混雑した街中をとても機敏に走ります。一方、N-BOXのクルマ造りは、運転感覚と乗り心地の上質感を重視しており、街中に加えて長距離の移動も視野に入れています」
ズバリ、N-BOXとスペーシアはどちらが軽スーパーハイトワゴンの頂点に立ちそうなのか?
「正直言うと、もはや商品力に遜色はありません。あとはユーザーの好みの問題です。ただし、今回のスペーシアは軽スーパーハイトワゴンクラストップとなる25.1㎞/Lという低燃費を実現(2WD・ハイブリッドG)。
マイルドハイブリッドで、フルハイブリッド並みの燃費性能を達成させた高い技術力、そして既存の割安な技術を磨くことで、優れた環境性能を実現させたスズキはアッパレ!」
軽の盟主がドヤ顔で最激戦区にブチ込んできた新型スペーシア。無双状態が続くも、"地味顔"が気になるN-BOX。軽スーパーハイトワゴンの激アツ販売バトルから目が離せない!
カーライフジャーナリスト。自動車専門誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長を10年務めた"クルマ購入の神様"&"令和のご意見番"。執筆媒体多数。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員