渡辺陽一郎わたなべ・よういちろう
カーライフジャーナリスト。自動車専門誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長を10年務めた"クルマ購入の神様"&"令和のご意見番"。執筆媒体多数。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
日産伝統のスポーツカー・フェアレディZに高性能バージョンとなる「ニスモ」が登場した。そこで、都内で開催された日産の試乗会にカーライフジャーナリストの渡辺陽一郎(わたなべ・よういちろう)氏が突撃。その実力とお宝化の背景などを解説する。
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――現在、ニッポン市場におけるスポーツカーのシェアってどんな感じなんスか?
渡辺 スポーツカーやクーペの売れ行きは下がっており、乗用車の新車販売台数に占める割合は1%程度ですが、少数精鋭ながら魅力的な車種が勢ぞろい。その最右翼とも言えるのが、日産のフェアレディZです。今回試乗したのは、今年8月に追加されたニスモ版になります。
――ニスモって?
渡辺 日産のモータースポーツ専門のブランドで、いわゆるメーカー直系のワークスチームです。レースで培った高い技術で日産車のスポーツ性能をさらに磨き抜く。具体的にはGT-R、スカイライン、リーフ、ノートオーラにニスモ版が設定されています。
――フェアレディZの標準モデルとニスモ版は何がどう違う?
渡辺 フェアレディZニスモには専用のチューニングが施されています。V型6気筒3リットルツインターボエンジンの最高出力は、ベース車の405馬力から420馬力に、最大トルクも475Nmから520Nmへ向上しています。9速ATも変速時の反応を機敏にし、熱対策も行なっていますね。
――MT(マニュアルトランスミッション)はない?
渡辺 ベース車のフェアレディZには6速MTが用意されていますが、ニスモは9速ATのみですね。
――その理由は何ですか?
渡辺 磨きに磨き抜かれた超ド級のエンジンなので、正直言うとドライバーがクラッチペダルを操作して変速するよりも、ATに任せてしまったほうが操作は確実(笑)。
しかも、フェアレディZのMTは6速ですが、ATは9速なので、エンジン回転数を高く保てます。事実、タイムを計測すれば9速ATのほうが6速MTよりも速い。
――足回りはどうです?
渡辺 ボディの前後を補強して、ねじり剛性を高めています。サスペンションのスプリングレート(スプリングの反発力の強さなどを表す数値)やショックアブソーバー(緩衝器)の減衰力も最適化しました。ブレーキユニットやタイヤもニスモ専用ですね。
――外観も標準モデルとはひと味違いますね?
渡辺 ニスモ専用のフロントグリルやバンパー、サイドシルプロテクター、リアスポイラーなどを装着しています。内装もシートなどが専用になっていますよ。
――試乗した印象は?
渡辺 動力性能は、先に述べた数値以上に感じました。低回転域から高回転域まで、全域にわたって加速性能が高まり、発進直後の1400回転付近から十分な駆動力が発揮され、4000回転以上の吹き上がりが特に力強い。アクセルペダルを深く、素早く踏むと、ATなのに簡単にホイールスピンを発生させます。
――つまり、フェアレディZニスモの性能をMTで引き出すには、プロ級のシフトレバーとクラッチの操作が必要であると?
渡辺 そりとおり。だからATのみの設定なのです。ちなみにアクセル操作をデリケートに行なうことが、このフェアレディZニスモを楽しむコツですね。
――カーブを曲がる性能はどうです?
渡辺 フェアレディZは、ベースのグレードでも、ステアリングの操舵角に応じて非常によく曲がり、峠道などを走ると楽しく運転できます。ニスモはこの性能をさらに強めている。操舵に対する反応が神経質にならない範囲で、シャープに、正確に曲がります。
――渡辺さんは、今回試乗したニスモ版のお値段をどうとらえています?
渡辺 フェアレディZニスモの価格は920万400円です。ベースグレードは標準モデルのバージョンST。価格は665万7200円です。比率に換算するとニスモの価格はバージョンSTの1.4倍です。
――なんだか割高に聞こえますが?
渡辺 そうとも言えません。仮にユーザーがバージョンSTを購入して自分でチューニングしても、254万円でフェアレディZニスモの性能は手に入りません。実際、衝突被害軽減ブレーキなども、ニスモ版のチューニングに合わせて磨き抜かれていますしね。
――なるほど。一方で、フェアレディZニスモは〝幻のお宝カー〟らしいスね?
渡辺 文字どおり買えないんですよ(笑)。
――どういうこと?
渡辺 フェアレディZは、2022年の発売直後となる8月から受注を停止しています。それ以来、1年以上買えない状態が続いている。
――なぜ買えない?
渡辺 単純な話で、フェアレディZの生産規模が需要に対して小さすぎるからです。なので、現在は大量に受注した車両の生産と納車を行なっている最中で、新規の受注は行なっていません。もちろん、フェアレディZニスモも受注は行なっていない。
――ニスモ版は誰が買った?
渡辺 販売店に聞くと、「ニスモの販売は、すでにフェアレディZを注文したお客さまを対象に抽選で決めている」とのこと。この方法なら、確かに納車を待つ人の反感は抑えられるでしょう。
――でも、購入希望者の中には、フェアレディZニスモの追加を予想して、あえてベース車を注文しなかった人もいると思いますが?
渡辺 最初からフェアレディZニスモを希望していたユーザーからすれば、「先にニスモの売り方を知りたかった」とガックリ肩を落とすでしょうね。
――こんなに優れたカッコいいスポーツカーを開発したのに、欲しいユーザーが買えないのは残念無念の極みです(号泣)。
渡辺 自動車メーカーは商品を開発するとき、需要を正確に予想し、それに見合う生産と販売を行なわねばなりません。ユーザーを待たせたり、じらしたり、残念な思いをさせたのでは、優れた商品とは言えません。フェアレディZに限らず、現在受注を止めているクルマはユーザーにとっては存在していないのと同じ。
――ちなみに現行のフェアレディZは、中古車価格も高騰しているそうですね?
渡辺 バージョンSTは新車価格が約666万円ですが、中古車市場では850万円前後で売られていますね。
――転売ヤーが暗躍している?
渡辺 高値で転売するのは好ましくありませんが、クルマの売買は基本的に自由です。それに供給が安定していれば、そもそも転売ヤーが暗躍したり、プレミアム価格の中古車が市場に出回ったりしません。各自動車メーカーは、納期の適正化にそろそろ目を向けてほしいものですね。
1969~1978年 初代フェアレディZ(S30型)
150馬力のエンジンを搭載した最強モデルは、ラリーなど、世界のあらゆるレースに参戦。
1978~1983年 2代目フェアレディZ(S130型)
伝説の刑事ドラマ『西部警察』に登場した「スーパーZ」のベース車としても話題を集めた。
1983~1989年 3代目フェアレディZ(Z31型)
世界累計販売台数100万台を突破した年に登場。このモデルからエンジンは直列からV型に。
1989~2000年 4代目フェアレディZ(Z32型)
魅惑のボディで世の男を刺激しまくり。エンジンは3リットルV型6気筒ツインターボで280馬力。
2002~2008年 5代目フェアレディZ(Z33型)
ルノーとの提携で、「Zは消滅」の声も飛んだが、新生日産が総力を結集し、見事復活させた。
2008~2022年 6代目フェアレディZ(Z34型)
3.7リットルのV型6気筒エンジンは336馬力を誇った。ちなみにオープンモデルも存在した。
2022年~ 7代目フェアレディZ(RZ34型)
新開発の3リットルツインターボは405馬力! ただし、予約段階から注文が殺到し、現在販売停止中。
カーライフジャーナリスト。自動車専門誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長を10年務めた"クルマ購入の神様"&"令和のご意見番"。執筆媒体多数。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員