今年1月に開催されたCESで世界初公開された「ホンダゼロシリーズ」について説明する本田技研工業の三部敏宏社長 今年1月に開催されたCESで世界初公開された「ホンダゼロシリーズ」について説明する本田技研工業の三部敏宏社長
今年1月、ホンダは2026年にグローバル展開するEV(電気自動車)の試作車をアメリカで初公開した。この次世代EVは成功するのか? カーライフジャーナリストの渡辺陽一郎氏が解説する。

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■2026年からグローバル展開

――今年1月10日、米ラスベガスで開催された世界最大級のテクノロジー機器の見本市「CES2024」で、ホンダが新しいEV(電気自動車)を公開して話題を呼びました。

渡辺 ホンダゼロシリーズですね。ホンダは2040年までに内燃機関を全廃し、新車のすべてをEVとFCV(燃料電池車)にする目標を掲げています。ゼロシリーズはそこに含まれるモデルですね。

――具体的にはどんなEV?

渡辺 コンセプトモデルですが、ホンダはゼロに戻り、駆動用電池を含めた薄型プラットフォームに取り組むと。要するに厚くて重いEVからの脱却を目指します。ゼロシリーズには2車種が用意され、「サルーン」はスーパーカーのように外観が鋭角的ですが、後席は備わっている。また、駆動用電池を搭載しながら床と天井を低く抑えているのが特徴です。

ホンダゼロシリーズのコンセプトモデル「サルーン」 ホンダゼロシリーズのコンセプトモデル「サルーン」 ホンダゼロシリーズのコンセプトモデル「スペースハブ」 ホンダゼロシリーズのコンセプトモデル「スペースハブ」
――SNSには「フロントマスクが脱毛器みたいだ」という声も飛んでいましたね。

渡辺 ショーモデルですから見た目は個性的です。そういう意味では、もう一台の「スペースハブ」も弾けたデザインで、後ろ姿は食パンを連想させます。ちなみに開発のテーマは「暮らしの拡張」で、広い室内とガラスルーフなどによる見晴らしの良さが特徴です。自動運転の機能を備えたEVミニバンで、「人と社会を繋ぐハブになり共鳴を生み出す」とのことです。

――気になるのはホンダのEV戦略です。ホンダはゼロシリーズを公表する一方で、コンパクトEVのホンダeを廃止しました。

渡辺 ホンダeは20年10月に発売され、今年1月に生産を終えたため、設定期間は実質3年少々と短いですね。

――短命の理由はなんですか?

渡辺 ホンダに尋ねると、「ホンダeの役割は終わった」と説明されました。ホンダeは柔軟な発想で未来を見据えて開発され、インパネには液晶ディスプレイを並べました。液晶表示のカメラシステムは、ルームミラーだけでなくサイドミラーにも採用しています。それが今後はN‐VANをベースに開発されたEVの「N‐VANe:」も登場します。つまり、EVはもはや未来のクルマではなく、現代の商品になったから、ホンダeの使命は終わったと判断したようです。

デビューから3年で姿を消すこととなった「ホンダe」 デビューから3年で姿を消すこととなった「ホンダe」
――ホンダeの売れ行きは?

渡辺 20年の発売時は、ホンダeは1年間に1000台を売る計画でした。市販車では少ない計画ですが、実際の売れ行きは21年が約730台、22年は約370台、23年は約330台まで減っていました。

――販売不振も廃止の理由のひとつかも知れませんね。

渡辺 そこにホンダの課題があります。日本では総世帯数の約40%が集合住宅に住むため、自宅に充電設備を持ちにくいのが現状です。すなわち、EVを売るのが難しい環境です。そこにEVを根付かせるには、ユーザーと一緒に育てながら販売していく姿勢が不可欠です。

――根づかせる前に今、ニッポン市場でホンダにEVのイメージってあります? 新型のWR‐Vにしても、ハイブリッドすら用意されずガソリンエンジン車のみです。

渡辺 そのとおり! 23年に国内で売られたホンダ車の40%近くがN‐BOX。国内販売トップを走る〝絶対王者〟のN‐BOXですが、WR‐Vと同様、マイルドハイブリッドを含めた電動機能が採用されていません。

フィットやフリードにはハイブリッドのe:HEVが用意されますが、フィットの売れ行きはN‐BOXの約25%です。現状だとホンダは電動やEVのブランドイメージは乏しい。せっかくホンダeを発売したわけですから、今後も改良を重ねながら販売を続けるべきでした。

――ホンダeにそこまでの価値がある?

渡辺 はい、大いにあります。EVの国内販売状況を見ると、日産サクラが圧倒的な1位です。23年の届け出台数は3万7140台で、軽自動車を含む乗用EV全体の40%以上を占めました。

EVは1回の充電で走行できる距離が短いと指摘されますが、軽自動車なら、充電設備を持てる一戸建ての世帯がセカンドカーとして使います。遠方への外出にはファーストカーを利用するため、軽自動車サイズのEVであれば、走行可能な距離が短い不満も生じません。そして長距離を走らないなら、電池容量も小さくできて価格も抑えられます。

ニッポン市場で売れに売れている日産サクラ ニッポン市場で売れに売れている日産サクラ
――それでサクラは人気を高めましたね。

渡辺 ホンダeも全長が3895㎜のコンパクトカーですから、セカンドカーの需要に応えられます。

――ただし価格が高い。

渡辺 ホンダeの最終型の価格は495万円ですが、装備を過剰なほど装着しています。そこで、装備のシンプルな仕様をリーフの最廉価グレードになるXよりも少し安い390万円で設定すると、国の補助金となる約70万円を差し引けば、約320万円で手に入ります。人気の高いプリウスGとほぼ同額で、売れ行きを伸ばす余地も生じるでしょう。

――要するに長く売ることが大切であると。

渡辺 近年のホンダの欠点は、ユーザーの不安を誘う商品戦略です。オデッセイやシビックは一度廃止して復活させ、CR‐Vは再び廃止しました。そして今後のCR‐Vは、燃料電池車で復活する予定です......。ユーザーが新型に乗り替えようとしても、車種が廃止と復活を繰り返したら不安でしょう。

2022年12月に生産終了した3代目インサイト 2022年12月に生産終了した3代目インサイト
――確かに嫌ですね。

渡辺 以前のインサイトも同様です。初代は低燃費を追求して、その廃止から3年後に登場した2代目は、価格を徹底的に安くしました。2代目の終了から4年後に発売された3代目は、上質感を表現したと述べています。

しかしユーザーは、生産の中断と頻繁に変わるコンセプトに付いていけません。先に述べたホンダeの「使命は終わった」という廃止理由も、ユーザーが聞けば寂しく感じるでしょう。メーカーは生産を終えても、ユーザーはそのクルマを使い続け、子供や孫に相当する後継車種にも乗りたいのです。

EVミニバン「スペースハブ」のリア EVミニバン「スペースハブ」のリア
――ちなみにホンダゼロシリーズは2026年より発売されるグローバルカーです。ズバリ、成功のカギは?

渡辺 ホンダはユーザーの気持ちを理解しないと失敗に終わります。逆にホンダがユーザーに対する愛と理解を取り戻せば、私はホンダがEVで成功することは十分に可能だと思っています。