オートバックス「ガライヤEV」オートバックスのオリジナルスポーツカーとして、レースなどで活躍した過去を持つ伝説のエンジン車が、まさかのEV化!! オートバックス「ガライヤEV」オートバックスのオリジナルスポーツカーとして、レースなどで活躍した過去を持つ伝説のエンジン車が、まさかのEV化!!

今年42回目の開催となった改造車の祭典「東京オートサロン」には、378社が893台を展示して大きな話題を呼んだ。実はそこに次世代を見据えて改造された環境車の姿が! 自動車研究家の山本シンヤ氏が、その取り組みの全貌に迫る。

■大手各社が出展した"環境改造車"

自動車業界の巨人が快進撃を続けている! 昨年、トヨタ自動車が世界で販売した新車の台数は、グループ全体で1123万台と過去最高を更新し、4年連続で世界首位に輝いた。また、子会社の不正などもあったが、昨年4月から12月までの営業利益は初となる4兆円を突破!

このトヨタ無双の背景には豊田章男会長が掲げる"もっといいクルマづくり"が実を結んだのは言うまでもないが、1997年の初代プリウスの登場以降、世界を席巻しているハイブリッド車を忘れてはならない。実は昨年、世界新車販売でハイブリッド車が3割増をマーク! 大きなニュースとなっている。

では、トヨタの切り札ともいえるハイブリッドは完璧で究極なのだろうか? 僭越(せんえつ)ながら筆者はまだ道の途中だと思っている。そんなハイブリッドの進化のヒントが、実は今年1月に開催された改造車の祭典「東京オートサロン」で提案されていた。

一般的に「チューニング」や「カスタマイズ」という言葉を耳にすると、脱炭素とは無縁の世界と思われがちだが、各社は着々と電動化を見据えた戦略を打ち出している。

筆者はオートサロンを取材して回ったが、まず目を引いたのがオートバックス。2002年の東京オートサロンで初公開されたオートバックスのオリジナルスポーツカー・ガライヤがガソリン車からEVに大変身!

また、見た目や走りの性能などをブラッシュアップ、サーキット走行を視野に入れたテスラやヒョンデなどの改造EVも展示されていた。関係者によると、環境性能はそのままに、楽しい走りを実現したという。

アピットEV「モデルY パフォーマンス」自社製作の車検対応チューンでサーキットに挑むアピットオートバックス。EVでもカスタムを楽しめることを証明するクルマだ アピットEV「モデルY パフォーマンス」自社製作の車検対応チューンでサーキットに挑むアピットオートバックス。EVでもカスタムを楽しめることを証明するクルマだ
アピットEV「アイオニック5」ヒョンデのEV「アイオニック5」をカスタム。走りも見た目も磨き抜かれているという。こちらも車検対応なのは言うまでもない アピットEV「アイオニック5」ヒョンデのEV「アイオニック5」をカスタム。走りも見た目も磨き抜かれているという。こちらも車検対応なのは言うまでもない  
また、大手チューニングパーツメーカーのHKSブースには、ハイブリッド化されたハイエースの姿があった。聞けば、カーボンニュートラル燃料、バイオ燃料、水素燃料、CNG(圧縮天然ガス)、LPG(液化石油ガス)など、ありとあらゆる種類の燃料でエンジンの発電を目指すというから今後に注目だ。

HKS「e-ハイエース"マルチエナジー"コンセプト」チューニング大手のHKSのブースには商用利用が多いハイエースが出展されていた。脱炭素の社会を視野に入れた環境対応試作車 HKS「e-ハイエース"マルチエナジー"コンセプト」チューニング大手のHKSのブースには商用利用が多いハイエースが出展されていた。脱炭素の社会を視野に入れた環境対応試作車
そんな中で、筆者が特に驚いたのは、今年創業50周年を迎えるトヨタのオフィシャルチューナー「トムス」。長年、トヨタ車でモータースポーツに参戦する老舗レーシングチームなのだが、トヨタ車向けのアフターパーツなどの開発や販売も手がける。そのこだわりはクルマ好きからも一目置かれる存在だ。
 
そんなトムスが東京オートサロンに出展したのは、カーボンニュートラル時代を強く意識した試作モデル「アルファードEVプラス」。しかし、実車の展示はトムスではなく、同じく今年50周年を迎えたオートバックスのブースであった。いったいなぜ? というわけで、トムスの谷本勲社長を直撃してみた!

■EV走行の目標距離は最低でも50㎞

――最近、トムスの事業形態がスゴく面白いですね。特にアルファードEVプラスは非常に興味深い存在です。

谷本 ひっそりとやっていたんですが、山本シンヤさんに見つかってしまった(笑)。 

――そもそもレーシングが主体のトムスが、なぜEV事業をやるんですか?

谷本 モリゾウさん(豊田章男トヨタ自動車会長)が言うように、今の自動車業界は100年に一度の大変革期です。

トムスはモータースポーツに半身を置いていますが、残りの半身は公道を走れるクルマのカスタマイズとかチューニングです。このまま電動化が進めば、われわれにとっては死活問題です。そこで、トムスは今後どこに軸足を置くべきかを考えたわけです。

トムスの代表取締役社長の谷本勲氏。今回のインタビューでは、今年50周年を迎える同社の近未来戦略もたっぷり語ってくれた トムスの代表取締役社長の谷本勲氏。今回のインタビューでは、今年50周年を迎える同社の近未来戦略もたっぷり語ってくれた

――それはいつ頃の話で?

谷本 5年前ぐらいですね。モータースポーツに関しては割り切ってやっています。サーキットの独特のにおいや雰囲気で成り立っているスポーツなので、電動化について考えるより、チームのミッションとしては「勝つ」のが正解。イコール、年間チャンピオンを獲得するしかありません。

――一方で、トムスのビジネスとしてはカスタマイズやチューニングも大切です。

谷本 トムスは内燃車のカスタマイズとチューニングを長年やってきた会社なので、電動化が進むと大きな影響を受けるのは明白です。ただ、われわれはレーシングカーの開発を行なってきた。当然、クルマの構造を熟知している。このノウハウは電動化時代にも活用できるなと。

――今後、電動化の行きつく先をどう想定されています?

谷本 最終的にはEV化に進むと思いますが、100%EVの時代が来るという声に対しては懐疑的です。仮に日本が今の中国とか北欧みたいにEVの新車の占める割合が30~40%に増えたとしても、ハイブリッドも内燃車もたくさん残っていると思います。

そう考えたら、この移行期間に何ができるのかなと。それが、EVプラス開発のスタートとなりました。

そもそも日本は乗用車の保有年数が9年を超えています。それは経済的な側面もありますが、クルマの耐久性が上がっているのも事実です。もともと日本人には"モノを大切にする"という文化が根づいている。だったら既存車を少し工夫して環境対応車にしたらどうかと考えました。

――現在の技術だと、その手段はいろいろありますね?

谷本 最初は内燃車のエンジンを取り外し、モーターとバッテリーを搭載するEVコンバートの案を考えていたら、たまたまオートバックスさんから「ウチでコンバージョンしてほしいクルマがある」という声がかかった。

――もしや、それは今年の東京オートサロンでオートバックスのブースに展示されていたガライヤEV?

谷本 そうです。ガライヤEVの後ろを見てもらうとトムスのロゴが入っています。あまり表立っては言っていませんが、トムスとオートバックスの共作なのです(笑)。

――ちなみにアルファードEVプラスはトムス独自の開発車ですよね。なぜ、自社ブースに置かなかったんです?

谷本 オートバックスさんから、「電動化つながりで一緒にどうですか」とご提案をいただきまして。逆に弊社ブースにはオートサロンに来るお客さまがトムスに期待するクルマだけを並べました。

トムス「アルファードEVプラス」トムスが放った非常に現実的な環境対応車のアルファードEVプラス。今後は追加バッテリーの搭載量や、重量配分を検討するという トムス「アルファードEVプラス」トムスが放った非常に現実的な環境対応車のアルファードEVプラス。今後は追加バッテリーの搭載量や、重量配分を検討するという

バッテリーを足すことで、当然だがEVモードでの航続距離は延びる。ぜひとも試乗取材してみたい!! バッテリーを足すことで、当然だがEVモードでの航続距離は延びる。ぜひとも試乗取材してみたい!!

――なるほど。話をガライヤEVに戻すと、フルコンバージョンのお値段って?

谷本 車両価格に加え、最低でも400万~500万円はかかる。すべての作業に改造車検を通すフルパッケージだと、月産1000台を想定してもこれ以上は安くできない。

――環境にはいいけど、おサイフには優しくない?

谷本 そうなんです(笑)。例えば旧車オーナーから、「エンジンがいつ壊れるか不安だ」という声が届きます。実際、現代の法規に沿ったレストアをした上で、EVにコンバージョンする方もいらっしゃいます。ただし、ニーズがあっても、そのマーケットはスゴく狭い。

――そこで、EVコンバートの技術を活用しつつ、おサイフにも優しい環境対応車を考えついたと?

谷本 実際にクルマで通勤や通学をしている人の1日の走行距離というのは数十㎞ぐらいが多い。

――そこで、既存のハイブリッド車にバッテリーを足すというアイデアが生まれた?

谷本 そうです。アルファードだと追加バッテリーはスペアタイヤの位置に搭載可能なのは検証済みです。ちなみに追加バッテリーは、「外部からの充電」「エンジンで発電」、そして「交換式」の3つの手法でトライしています。

――トヨタのハイブリッド車は累計2000万台の販売実績があります。それをベースにすればパイは大きいし、コスト面も抑えられる。ちなみにEV走行の目標距離は?

谷本 最低50㎞ですね。

――絶妙なところを突いていますね。トヨタのハイブリッド車のEVモードというのは、静かで滑らかにスッと走れますが、距離は1~2㎞が限界で、すぐに「ブン!」とエンジンがかかる。その瞬間に「ああ......」とガッカリする人が多い(笑)。

EV航続距離が増えれば、ユーザーの喜びはアップするでしょうし、バッテリーを使い切ってもハイブリッドなのでインフラに左右されず長距離走行も楽々こなせるわけですね。

■EVプラスの壁はハイブリッドの心臓部

――今回、ベース車にアルファードを選んだ理由は?

谷本 アルファードは個人だけでなく商用利用も多いモデルです。企業では環境対応は必須項目ですが、その一方で、「まだ使えるクルマをすべてEVに入れ替えることが本当に環境対応なのか?」みたいな議論がある。そこをEVプラスなら乗り越えられる。

――ちなみに、EVコンバージョンだと最低400万円というお話でした。このアルファードのいわゆるハイブリッドコンバージョンのお値段は?

谷本 大前提として「ある程度量産化できれば」という話ですが、100万円ぐらいでの提供を考えています。

――EVコンバートと比べると現実的なお値段ですね。

谷本 あとは10万円単位でどこまで価格を落とせるかはトムスの企業努力かなと。

――開発の進捗状況は?

谷本 正直、いろいろな壁にブチ当たっています(笑)。

――やはりトヨタのハイブリッドシステムの心臓部に入り込むのは大変ですか?

谷本 大変ですね。トヨタ車は安全・信頼のために制御系のガードが鉄壁なので解析が本当に難しい。

――実はHKSも今回の東京オートサロンでハイエースの電動化を提案していました。今、チューニングメーカーは脱炭素に向けた取り組みが活発化しているなと思いました。

谷本 HKSさんには正直驚きました。まぁ、手法は異なりますが、同じようなことを考えていますよね(笑)。

――今回、東京オートサロンの取材で、カスタマイズ業界の脱炭素戦略という面が見えたんですけど、長く生き残れる企業って何かイノベーションを起こしていますよね。ほかのサードパーティを見てもやっぱり生き残るところは生き残るなりの何かを見つけて動き始めている。

谷本 繰り返しになりますが、電動化の流れは、われわれにとって死活問題になりますから(笑)。

■レストモッドされたスープラ

――要するに今年創業50周年を迎えるトムスはレース活動、カスタマイズ、そして電動化の三刀流で進む?

谷本 ガソリン車のニーズは必ず残ると思っています。トムスは地道にファンづくりも含めてやっていけば時代が変わっても問題ないかと。

――普通はモータースポーツもカスタマイズも電動化方向にみんな行きたがる。だけど、トムスはしっかりとそこを切り分けているのが興味深い。

谷本 既存のカスタマイズ事業に関していうと、まだまだアジアなどで拡大する可能性が高いと考えています。

――ちなみに新規参入を公言した旧車のレストア事業も面白い。それも単なるレストアではなく現代流にアップデートを行なうレストモッド(「レストア」と「モディファイ」を組み合わせた造語。旧車に現代の技術をブチ込み、新しい解釈のクルマにする意味)なのがトムスらしい。

谷本 想定を上回る反響の大きさに驚いています。

――東京オートサロンには、レストモッドされたスープラ(80系)が展示されていましたが、旧車のレストア事業はスープラのみですか?

谷本 まずはセリカ、レビン・トレノ、ソアラ、MR2など、スポーツ系モデルが中心になると思います。

トムス「80スープラレストモッド」トムスが上質な中古車を選定して内外装を修復。さらに現代の技術を用いて法規対応、安全性、機能、性能を磨き抜いて販売する トムス「80スープラレストモッド」トムスが上質な中古車を選定して内外装を修復。さらに現代の技術を用いて法規対応、安全性、機能、性能を磨き抜いて販売する

――アルファードのEVプラスの話も、旧車レストア事業の話も、「今あるものを大事に使おう」というトムスの志を強く感じました。

谷本 日本にはモノを大切にする文化がある。そこにトムス流のやり方で、ひと味足すという感じですかね。