世界販売で苦戦しているテスラ。その理由のひとつに必ず挙げられるのがイーロン・マスクCEOのクセの強い言動...... 世界販売で苦戦しているテスラ。その理由のひとつに必ず挙げられるのがイーロン・マスクCEOのクセの強い言動......

EVシフトが声高に叫ばれていた昨今だったが、「EV販売の雲行きが怪しい」とか「ハイブリッドの逆襲だ!」なんて論調の報道やSNSが激増中!? いったいどうなってんの? 取材の鬼・自動車研究家の山本シンヤ氏に聞いてみた。

■正念場を迎えた"EV王者"

――ここにきて"EV失速"の報道が相次いでいます。また、イーロン・マスクCEOが率いる米国EV大手のテスラに関しても、「正念場」とか「減速」という言葉を使った報道が目立っています。

山本 私はEV失速というよりも、「EVに対するメディアの考え方が正常になった」と分析しています。

――どういうこと?

山本 これまで新聞や経済メディアはEVの不都合な部分を取り除いた上で、「これからはEVの時代だ!」と世論を煽る記事を展開してきました。しかし、自動車業界を長年取材してきた私は、その記事の論調に当初から疑問を持っていました。

――自動車業界で耳にする声と、EV推しメディアの主張に隔たりがあったんですね?

山本 ところが、その手のEV推しメディアからは、「おまえらジャーナリストは自動車メーカーとつながっているから、そういうことを言うんだ!」と散々叩かれた。

――要するに山本さんは"負のレッテル"を貼られたと。

山本 EVの現状を冷静に把握できたら、非礼を詫びてほしいですね(苦笑)。

――では、テスラが「正念場」とか「減速」と書かれる背景には何があるんスか?

山本 テスラは今年1月に昨年10~12月期決算を発表しました。実はその営業利益が問題で、前年同期比47%減だったんですよね。

「地球上で最も売れているクルマ」とテスラが発表したモデルY。値下げが功を奏し昨年の世界販売で120万台超を記録 「地球上で最も売れているクルマ」とテスラが発表したモデルY。値下げが功を奏し昨年の世界販売で120万台超を記録

――ヤバッ! そのワケは?

山本 いろいろあると思いますが、一番は大衆車ビジネスを前提とした拡大路線が原因だと私は思っています。つまり、台数を造らないと儲からない。しかし、そこまでEVが売れる市場は存在しない。

その上、台数拡大の切り札とささやかれていた「モデル2」の新規開発中止との報道も......。テスラの現状は行くも戻るも地獄の状態ですね。

――ちなみに4月2日、テスラから今年1~3月期の世界販売台数が発表されましたが、ここではどんな数字が?

山本 前年同期比8.5%減となる38万6810台と発表されました。テスラの販売台数が前年同期より減少したのは約4年ぶりですね。加えて株価も急落しています。

――ちなみに米国のEV需要が伸び悩んでいるって噂はマジなんスか?

山本 ゼネラルモーターズやフォードのEVは長期の在庫化に歯止めがかからず、戦略の見直しを行なっています。

■なぜ消費者はEVを購入しないのか?

――テスラとEV販売バトルを繰り広げる中国BYDの状況はいかがです?

山本 業績自体は上がっていますが、その内訳を精査すると、プラグインハイブリッド車の伸びが大きく貢献しています。要するにBYDはEV一本足打法のメーカーではないんです。

プラグインハイブリッド車の販売は好調だが、EVは鈍化傾向にある中国BYD。写真は世界戦略車のアット3 プラグインハイブリッド車の販売は好調だが、EVは鈍化傾向にある中国BYD。写真は世界戦略車のアット3

――欧州EVの状況は?

山本 欧州勢が当てにしていた世界最大の自動車市場である中国で苦戦を強いられています。しかも、昨年12月にドイツは財源の問題からEVの補助金を打ち切ってしまった。

――欧州勢の具体的な動きは何かあります?

山本 今年2月に独メルセデス・ベンツのオラ・ケレニウスCEOが2030年の全新車販売EV化の延期を発表しました。また、中国の吉利汽車(ジーリー)と共同開発する新型エンジンについても言及しています。

まさかのEVシフト撤回をブチカマしたメルセデス・ベンツのオラ・ケレニウスCEO。この衝撃の発表は大きな話題に まさかのEVシフト撤回をブチカマしたメルセデス・ベンツのオラ・ケレニウスCEO。この衝撃の発表は大きな話題に

――つまり、EVに傾倒してきたメルセデスが前言を撤回したって話ですか?

山本 それは大きな間違い。そもそも3年前にメルセデスは「市場が許すなら」という注釈付きでEV化の目標を掲げました。

ところが、日本の新聞や経済メディアがそこには触れず、センセーショナルに報道したことで、間違った認識がひとり歩きしてしまいました。メルセデスの言葉を借りれば、「今はEV化を市場が許さない状況」という話になります。

――そういえば、仏ルノーのEV新会社アンペアはどうなっています?

山本 ルノーは「市場環境が適さず」という理由で、今年前半に上場する計画を中止。ルカ・デメオCEOも「(上場の)見送りが妥当」とコメントしていますね。

――つまり、EVシフトが世界的に崩れ始めている?

山本 いや、崩れ始めたわけではなく、すべての内燃機関をEVへと置き換えるには、まだ時期尚早という話です。エンジン車とEV、どちらも得意不得意がある。なので、適材適所で活用しながら段階的に移行する感じかと。

――なぜ、世界中の消費者はEVに振り向かないんスか?

山本 EVが本当に魅力的で万能な商品であるなら多くの消費者はとっくに飛びついているはずで、今はそうではないというシンプルな話です。

――もう少し言うと?

山本 確かに以前より価格は安くなってきましたが、EVはエンジン車より高額ですし、充電網や走行距離に関して不安な点も多い。購入できる人や、そういう不便さもいとわないアーリーアダプター(早期導入者)はともかく、現時点で一般の人が安易に手を伸ばせる商品だとは言い難いです。

■実は欧州勢もハイブリッドを用意

――一方、世界販売で絶好調なのが、"脱炭素の現実解"と呼ばれるトヨタのハイブリッド車です。具体的な数字というのは?

山本 昨年、世界でトヨタのハイブリッド車は342万台を販売し、前年比3割増をマークしました。今年に入ってもその勢いは止まりません。

昨年、ハイブリッド車の販売が好調だったトヨタは、4年連続で世界新車販売首位に。写真は就任から1年を迎えた佐藤恒治社長 昨年、ハイブリッド車の販売が好調だったトヨタは、4年連続で世界新車販売首位に。写真は就任から1年を迎えた佐藤恒治社長

――各自動車メーカーはハイブリッド車の開発を急ピッチで進めているらしいスね?

山本 4月4日、フォードは2030年までにガソリンモデルの全車種にハイブリッド車を導入すると発表しました。また、韓国のプレミアムブランドであるジェネシスもハイブリッド車の開発をスタートさせています。

フォードは2030年までに全車種にハイブリッド車を導入すると発表。写真はピックアップトラックのハイブリッド車 フォードは2030年までに全車種にハイブリッド車を導入すると発表。写真はピックアップトラックのハイブリッド車

――いわゆるEVシフトが騒がれる中で、ハイブリッド車をしっかり用意していた海外ブランドもあるそうで?

山本 ルノーは欧州勢で唯一となるフルハイブリッド車を持っていますね。

欧州の自動車メーカーで唯一となるフルハイブリッド車(写真)を用意しているのがルノー。日本市場でも販売好調 欧州の自動車メーカーで唯一となるフルハイブリッド車(写真)を用意しているのがルノー。日本市場でも販売好調

――ほかには?

山本 世界販売台数第4位の規模を誇る欧州ステランティスも準備万全。実はCEOのカルロス・タバレス氏は、元日産の副社長というキャリアの持ち主。当然、ハイブリッド車の大切さを知っているはずなので、欧米14のブランドを持つステランティスにはEVはもちろん、マイルドハイブリッド車、プラグインハイブリッド車も用意!

ステランティスグループに属するプジョーのプラグインハイブリッドモデル。リアには「HYBRID」の文字が輝く ステランティスグループに属するプジョーのプラグインハイブリッドモデル。リアには「HYBRID」の文字が輝く

――独BMWも同様とか?

山本 もともと、BMWのオリバー・ツィプセCEOは「EV一択ではなく全方位」と語っています。ちなみにBMWには48Vマイルドハイブリッドディーゼルエンジン車もあります。

全方位戦略を掲げてきたBMWのオリバー・ツィプセCEO。実は燃料電池車の実証実験を日本で行なっている 全方位戦略を掲げてきたBMWのオリバー・ツィプセCEO。実は燃料電池車の実証実験を日本で行なっている

――全方位戦略を取っている自動車メーカーはトヨタだけだと思っていました。

山本 投資家にアピールする上で「EV化」というのは最強ワードですからね。ただ、生き馬の目を抜く自動車業界、どのメーカーも水面下でちゃんとあらゆる可能性を模索していますよ(笑)。

――なるほど。

山本 ちなみに先日、累計販売台数1600万台超を誇るメルセデス・ベンツの新型Eクラスに試乗しました。パワートレーンはマイルドハイブリッド車(ガソリンモデル&ディーゼルモデル)、そしてプラグインハイブリッド車と、全車電動化されました。

山本氏が試乗したメルセデス・ベンツの新型Eクラス。プラグインハイブリッドモデルで、お値段は988万円 山本氏が試乗したメルセデス・ベンツの新型Eクラス。プラグインハイブリッドモデルで、お値段は988万円

「MBUXスーパースクリーン」と呼ばれるディスプレーがドカンと広がるコックピット。近未来感がハンパねぇ 「MBUXスーパースクリーン」と呼ばれるディスプレーがドカンと広がるコックピット。近未来感がハンパねぇ

――メルセデスのハイブリッド車! 試乗の感想は?

山本 驚いたのはプラグインハイブリッド車です。これまではギクシャクしたフィーリングやEV航続距離の短さなどから、仕方なく用意しました的な印象が強かったのですが、新型は本気度が違います。

――具体的には?

山本 力強さはもちろん、日常はほぼEVとして使える112㎞のEV航続距離や日本のハイブリッド顔負けの滑らかなフィーリングなど、「積極的に選びたい!」と思えるモデルに仕上がっていました。今後、メルセデスはこの技術をさらに磨いていくのでしょう。

■EVの市場シェアは最大でも3割

――世界的にハイブリッドシフトはフル加速しますかね?

山本 昨年、米国でハイブリッド車は約124万台売れました。この数字は前年比65%増です。当然、世界中の自動車メーカーがシェア獲得に動くと思います。

――ちなみに世界初の量産ハイブリッド車であるプリウスが誕生したのはいつでした?

山本 1997年で、トヨタのハイブリッド車は世界累計2000万台超を誇ります。

――見方を変えると、27年たってようやく世界の自動車メーカーがハイブリッド車に目を向けてきた?

山本 実は2019年にトヨタは、ハイブリッドの特許を2030年末まで無償で提供すると発表しているんですよ。

――なるほど。遠い未来はともかく、現状は充電網や航続距離に不安のないハイブリッド車の優位は続きそう?

山本 これまで多くの新聞や経済メディアがトヨタのハイブリッド車について、「日本だけのガラパゴス技術」とか「EVシフトが加速している今、ハイブリッド車はオワコン」などと揶揄してきました。しかし、自動車業界を長年取材してきた私からすると、脱炭素の現実解としてハイブリッド車はこれから世界中で人気マシマシの予感しかない。

今年1月、脱炭素を視野に入れた新エンジンの開発プロジェクト立ち上げを明らかにしたトヨタの豊田章男会長 今年1月、脱炭素を視野に入れた新エンジンの開発プロジェクト立ち上げを明らかにしたトヨタの豊田章男会長

――EVの今後はどうなりそうですか?

山本 トヨタの豊田章男会長は、「EVの市場シェアは最大でも3割。残りの7割はハイブリッド車や燃料電池車、水素エンジン車などになる。エンジン車は必ず残ると思う」と予想しています。

――ふむふむ!

山本 ただ、開発現場を取材していると、EVの技術は日進月歩を超える勢いで進化しています。今後も私は"全方位"で自動車業界の取材を続けていきます。お楽しみに!

写真/時事通信社 写真提供/メルセデス・ベンツ トヨタ自動車 BMW