元ホンダ技術者の浅木泰昭氏(左)と堂本光一。王者レッドブルの未来、好調な走りを見せるRB角田裕毅選手について語り合った 元ホンダ技術者の浅木泰昭氏(左)と堂本光一。王者レッドブルの未来、好調な走りを見せるRB角田裕毅選手について語り合った

連載【堂本光一 コンマ一秒の恍惚Web】RACE8(特別編)

レッドブルとマックス・フェルスタッペンが今シーズンも圧倒的な強さを発揮している。しかし、コース外ではチーム首脳陣による権力闘争や、主要スタッフがチームを離れるという話題など注目を集め、チャンピオンチームに関するネガティブなニュースが飛び交っている。この先、王者レッドブルはどこに向かっていくのか?

今回は特別編として、現在のホンダのパワーユニット(PU)の生みの親で、レッドブルとも仕事をしてきた元ホンダ技術者の浅木泰昭(あさき・やすあき)氏とともに、王者レッドブルの未来や好調な走りを見せるRB角田裕毅(つのだ・ゆうき)選手について語り合った!

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■組織におけるリーダーの重要性

堂本 今シーズンもレッドブルはチャンピオン争いをリードしていますが、チーム内ではさまざまな問題が噴出しているように見えます。

浅木 クリスチャン・ホーナー代表とレッドブルのモータースポーツ・アドバイザーのヘルムート・マルコ氏の間に確執があると言われていますが、真相はわかりません。ただ2022年にレッドブルの創業者、デートリッヒ・マテシッツさんが亡くなったことが引き金になっているのは間違いないと思います。60年以上生きてきた私の経験から言わせてもらえば、創業者のような強力なリーダーが組織からいなくなると、こういう権力争いのようなことが起こる。それが世の常です。

堂本 浅木さんのおっしゃる通りだと思います。最近のレッドブルの動きを見ていると、組織におけるリーダーの重要性をあらためて感じます。

浅木 でも私が想像したよりも、こういうゴタゴタが起こるタイミングが早かった。一緒に仕事をしてみて、レッドブルは本当にいいチームでした。スタッフはみんな和気あいあいと働いていて、他所のチームから高給で誘われても移籍するスタッフは少なかった。ただ今回のようなチーム内の揉めごとが長引くと、「ほかのチームに行ったほうがいいや」となってしまうでしょう。レッドブルの強さがどこまで続くかというのは、今回のゴタゴタがいつまで続くかにかかっているとみています。

堂本 レッドブルの主要スタッフ流出の噂が話題に出ていますが、先日、レッドブルで長年マシンの設計を手掛けてきたデザイナーのエイドリアン・ニューウェイ氏がチームを離れることが正式に発表されました。レッドブルは今、勝ち続けていますが、それと同時に「危機」にあるということかもしれませんね。

レッドブルからの離脱を表明したエイドリアン・ニューウェイ氏 レッドブルからの離脱を表明したエイドリアン・ニューウェイ氏

浅木 そうだと思います。本田宗一郎さんやレッドブルのマテシッツさんのような強力なリーダーがいれば、今回のようなゴタゴタは起こらないんです。そういう意味で言うと、アストン・マーティンはオーナーのローレンス・ストロールさんが元気なので、あと10年ぐらいはこういう揉めごとなしで行けると思います。将来性を考えると、ホンダはいいところと組んだと思います。

■レッドブルは自前で競争力のあるPUをつくれる?

堂本 新しいマシンレギュレーションが導入される2026年からホンダと新たに組むアストン・マーティンはファクトリーを拡張し、トップチームからもいい人材を引き抜いて、チーム体制を強化しています。チームの大黒柱フェルナンド・アロンソ選手の残留も決まり、すごく期待できそうです。

浅木 やはりストロールさんというリーダーの存在が大きいと感じます。彼は優秀な実業家で、自分がビジネスで稼いだ金をつぎ込んで、チームを強化しています。そして、「F1で勝つんだ」という強い意志を持っています。かつての本田宗一郎さんやマテシッツさんと同じような情熱を感じます。

2026年からホンダがタッグを組むアストン・マーティンのオーナー、ローレンス・ストロール氏 2026年からホンダがタッグを組むアストン・マーティンのオーナー、ローレンス・ストロール氏

実は、私はストロールさんの話を聞くまでは、息子さんを乗せるために道楽でF1をやっているところがあると思っていました。でも実際に彼の話を聞いてみると、「ああ、本気なんだ」と感じました。当然、父親としての部分もありますが、それよりもF1で勝ちたいという執念を持っている人だと感じました。

堂本 レッドブルは新しいレギュレーションが導入される2026年からPUを自社でつくることになっています。これまで車体だけをつくってきたレーシングチームが、いきなり競争力の高いPUをつくることができるものなのですか? 僕はホンダのPUを研究開発するHRC Sakura(栃木県さくら市)を見学させていただきましたが、設備をそろえるだけでも大変だと思いますが......。

浅木 それは私の口からは(苦笑)。でも大変さを知らないからこそチャレンジできるということもあると思います。常識的には無理だろうと思うことでも成し遂げてしまう起業家はいますから、絶対に無理だとは言えません。ただF1に並々ならぬ情熱を持ち、資金面でもレッドブルをバックアップしていたマテシッツさんという強力なリーダーを失った中でやるのは結構大変だと思いますね。

それに堂本さんがおっしゃったように、施設を整え、きちんと稼働するようになるまでには時間がかかります。開発に関しては特にバッテリーは難しいと思います。26年からのレギュレーションでは高出力のバッテリーが必要となります。

堂本 2026年から導入される新しいPUのレギュレーションでは電動モーターの出力比率が従来の2割から5割に大幅に引き上げられます。開発のポイントはどこになるのでしょうか?

浅木 おそらく新しいルールの下ではエンジンはずっと全開で回して発電量を上下させることで出力をコントロールすることになります。そうすると電気の出し入れが競争力の中心になってきます。その点、ホンダは自社で開発しているバッテリーには自信を持っています。一番危機感を持っているのはレッドブルかもしれません。

26年からレッドブルと組むフォードは20年以上もF1を離れています。少なくとも今のフォードに現代のF1に通用するバッテリーや電動化の技術が十分にあるとは考えられません。じゃあ自動車メーカーではないレッドブルがトップレベルの部品や材料を確保して、高性能のバッテリーを開発できるかといえば、ことのほか難しいと思っています。

堂本 新しいマシンレギュレーションが導入される26年、レッドブルは大きな節目を迎えるかもしれませんね。

浅木 今は勝っているので、チーム内に問題が起きていても、あの程度で済んでいるとも考えられます。もしレッドブルが負け始めたら、本当の意味で危機が表面化してくると予想しています。

堂本 レッドブルの将来はフェルスタッペン選手が鍵を握っていると思います。フェルスタッペン選手はレッドブルと28年までの長期契約を結んでいますが、勝てないマシンで走り続けるとは考えづらい。そのまま引退してもおかしくないと個人的には思っています。

それにしてもF1は怖い世界だとあらためて感じます。レッドブルは、PUを供給するホンダ、ニューウェイ氏を始めとするスタッフ、そしてドライバーが本当にいい関係を築いて圧倒的な強さを発揮していたのに、ひとつ歯車が狂いだすと、すべてが悪い方向に流れていっているように感じます。

浅木 F1を数年単位のスパンで見ていくと、レギュレーションの変更によって各チームの成績には波がありますし、人間模様がいろいろと透けて見えてきます。そこがF1の面白さのひとつだと思います。

浅木泰昭氏の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)。26年からのホンダのF1復帰、F1の未来のあり方についても触れられている。堂本光一との対談も収録 浅木泰昭氏の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)。26年からのホンダのF1復帰、F1の未来のあり方についても触れられている。堂本光一との対談も収録

■ハースの戦い方は至極真っ当

堂本 F1参戦4年目を迎えたRBの角田裕毅選手に期待していますが、今シーズンは小松礼雄(こまつ・あやお)さんが新たに代表を務めるハースと激しい入賞争いをするケースが多いですね。そこが日本のファンとしては悩ましいところですが、ハースはチームとしてポイントを獲得するために、ケビン・マグヌッセン選手がタイムペナルティ覚悟でほかのドライバーをブロックして前を走るチームメイトをサポートするという走りが問題視されています。

浅木 私は、ホンダのPU開発責任者に就任したとき(2017年)、部下たちには今のハースのようなことをしてでも勝とうとする意欲を持てと常々言っていました。その頃のホンダはどん底でしたが、戦いとはそういうものですよね。武士のような精神が必要です。でも私が本当に好きなのは野武士。目つぶしをしてでも勝つぐらいの根性をハースの戦いからは感じます。

堂本 F1はルールに穴があれば、そこを突いてくるのが当たり前という世界です。「スポーツマンシップとしてどうなんだ」と意義を唱える人もいるでしょうけど、チームは「ルールの範囲内で戦っている」と反論するでしょう。ハースとしてはポイントを取るために、ああいう戦い方をするしかないですよね。

浅木 その通りだと思います。現状のルールでは許されているんです。みんながそんなことをやるようになればルールを変えればいい。それまではそういう戦いをするしかありません。真っ当に戦えば、レッドブル、マクラーレン、フェラーリ、メルセデス、アストン・マーティンよりも下のチームは、ポイントを獲得することは相当難しい。だから、そういう戦い方をやってでもポイントを狙うのは、むしろ当然だと私は思います。

■角田選手はシーズン前半戦が勝負

堂本 今シーズンも中団グループの争いは接戦ですが、角田選手は開幕から非常に安定した走りでポイントを積み重ねています。大きな成長を感じますが、来季の動向も気になります。

浅木 角田選手はホンダの枠にとどまらず、レッドブルのドライバーになりたいという意志を示しています。もしレッドブル昇格を実現させるのであれば、チームメイトのダニエル・リカルド選手に圧勝するのが最低条件だと思います。その上でフェルスタッペン選手の現在のチームメイト、セルジオ・ペレス選手が結果を出せないという状況になって、ようやくレッドブルの椅子取りゲームに参戦できる可能性があります。

堂本 チームメイトのリカルド選手はF1通算8勝の強敵ですが、今シーズンの角田選手は速さだけでなく安定性でもリカルド選手を上回っています。

浅木 開幕からの角田選手の走りは悪くないと思っています。角田選手はこれまで通りにちゃんと結果を出し続け、変なところでキレたりせず、常にリカルド選手よりも前を走っていれば、レッドブルの重鎮マルコさんもきちんと評価してくれるはずです。

ヘルムート・マルコ氏(左)と角田選手 ヘルムート・マルコ氏(左)と角田選手

マルコさんは「レッドブルに入ってフェルスタッペン選手と組んでナンバー2ドライバーになったときにどういう戦いをするんだ?」という観点で角田選手の走りを見ていると思います。ですから、チームオーダーにしっかりと対応することも重要です。ペレス選手の契約は今シーズン末までなので、夏ごろまでには来年の動向が固まるはず。角田選手にとってはシーズン前半戦が勝負だと思うので、頑張ってほしいです。

スタイリング/渡邊奈央(Creative GUILD) 衣装協力/AKM ヘア&メイク/大平真輝)

●浅木泰昭(あさき・やすあき) 
1958年生まれ、広島県出身。1981年、本田技術研究所に入社。第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得する。2023年春、ホンダを定年退職。現在は、動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。

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堂本光一

堂本光一Koichi Domoto

1979年生まれ、兵庫県出身。日本人初のフルタイムF1ドライバー、中嶋悟氏がデビューした1987年頃からF1のファンに。主演ミュージカル『Endless SHOCK』の最終公演が、東京・帝国劇場で上演中。「KinKi Kids Concert 2024-2025 DOMOTO」が、2024年12月31日と25年1月1日に京セラドーム大阪、25年1月12日と13日に東京ドームで開催決定
公式Instagram【koichi.domoto_kd_51】

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