米テスラと激アツのEV販売バトルを繰り広げている中国BYD。昨年ニッポンに初上陸し、販売拠点も着実に増やしている。しかし、なぜBYDはEVの普及が進んでいないニッポン市場にわざわざ乗り込んできたのだろうか? その理由や狙いとは?
■世界新車販売で初のベスト10入り!
今、中国最大手の自動車メーカーBYDの注目度が日本で爆上がりしている。実は4月12日から放送開始となった同社のCMに大人気女優の長澤まさみが登場したからだ。
BYDの創業は1995年。ケータイ電話などのバッテリーメーカーとして産声を上げた。現在の足場を築いたのは2003年。中国の国営自動車メーカーを買収し、鳴り物入りで自動車業界へと飛び込んだ。
当初は失笑を買う出来のクルマもあったが、伝家の宝刀ともいえるバッテリーを使用するEVで頭角を現す。直近2年の世界新車販売台数は毎年約100万台増というミラクルを巻き起こし、ついに昨年302万台(前年比62%増)という金字塔を打ち立てた。
これにより世界最大の自動車市場中国で40%のシェアを達成し、同社初となる世界新車販売ベスト10入りも決めた。
このニュースは全世界に衝撃を与えた。それもそのはず。BYDが達成した302万台という数字は、180万台の米テスラはもちろん、249万台の独メルセデス・ベンツ、255万台の独BMWをごぼう抜き。さらに世界新車販売9位のスズキ、8位の日産と日系メーカーにも肉薄しているからだ。
気になる302万台の内訳は、EVが157万台で、残りがPHEV(プラグインハイブリッド)。ちなみにガソリン車の生産は22年3月に終了している。日本市場ではEV専売なので、BYDを「中国のEVメーカー」と報じているが、実際はEVとPHEVの二刀流を売りにする自動車メーカーなのだ。
現状ではBYDの販売の8割以上は中国市場が占めているが、海外戦略も抜かりはない。21年にノルウェーでの限定販売を皮切りに進撃を開始。すでに90ヵ国以上で新車販売を展開し、オーストラリア、東南アジア、中南米などで旋風を巻き起こしている。
まさにイケイケ状態のBYDが日本市場に攻め込んできたのは昨年1月31日。切り込み隊長を務めたのはミドルサイズSUVのEV、アットスリー。航続距離は470㎞(WLTCモード)でお値段は450万円。
同年9月20日には世界累計販売台数43万台以上を誇るBYDのドル箱モデル、コンパクトEVのドルフィンを投入。航続距離はベースモデルで400㎞(WLTCモード)。お値段は363万円とチョー激安。
そんなBYDのデザインを担当するのが伊アルファロメオや独アウディで辣腕を振るったヴォルフガング・エッガー氏。BYD車のお顔のアイコンとなる"ドラゴンフェース"を造り上げた人物だ。走りも欧州EV顔負けの仕上がりで、EV推しのメディアはBYDの脅威をあおりにあおった。
だが、昨年のニッポン市場におけるBYDの販売台数は1446台(アットスリーが1198台、ドルフィンが248台)。JAIA(日本自動車輸入組合)によると、昨年の輸入車全体の販売台数は24万4844台で、1位は9年連続トップのメルセデス・ベンツで5万1534台。2位はBMWで3万3712台。3位は独フォルクスワーゲンで3万2172台の順となっている。
ちなみにニッポンに再上陸を果たした韓国ヒョンデが、満を持して投入した自慢のEVも苦戦しており、JAIAによると、昨年の新車販売台数は489台。専門家いわく、日本の消費者は昔から韓国や中国の自動車メーカーに対する拒絶反応が強いのだという。
「ニッポン市場における輸入車のシェアは5%前後で、売れ筋は欧州車というのが相場です。BYDは好感度の高い長澤まさみさんをCM起用することで、同社の認知度を高め、中国車に渦巻くアレルギー反応を少しでも緩和させたいはず。CMで日本の消費者の意識をどこまで変えられるのか注目しています」(海外ブランド車の関係者)
■BYDが日本市場に攻め込むワケ
では、なぜBYDは中国車に対する風当たりが強い日本市場に乗り込んできたのか?
「日本の自動車総保有数は約8290万台で、昨年は約478万台の新車需要があった。実は日本市場は中国、アメリカ、インドに次ぐ世界4位。加えて厳しい目を持つマーケットとして世界に知られています。
つまり、日本市場への輸出はBYDの商品力、信頼性、安全性のイメージを大きく向上させ、ほかの市場に進出する際の"通行手形"の役割にもなる」(自動車誌幹部)
さらにこんな意見も。
「中国が大量生産する低価格EVに欧米は反発しています。5月14日に米のバイデン大統領が中国製EVに100%の輸入関税を課すと発表し、EU(欧州連合)も中国製EVに対する追加関税の導入を検討している。そんな欧米と比べたら日本市場のハードルは低い。
しかも、うまく転べば"周回遅れの日本でEVをリードした"と、ほかの市場に対して喧伝できる」(EV関係者)
興味深いのはBYDの販売方法だ。テスラやヒョンデはオンライン販売で日本市場に攻め込んできているが、BYDは昔ながらの店舗販売にこだわる。その狙いとは?
「日本市場で成功するには、アフターサービスも含めた販売網が必須。BYDは現在57店舗を用意し、来年末までに販売店を100店舗以上に展開する目標を掲げています」(前出・自動車誌幹部)
実は中国での販売はオンラインが基本というBYDだが、日本の流儀に合わせ、リアル店舗を用意しているという。
「BYDオートジャパンの東福寺厚樹社長は三菱自動車出身で、フォルクスワーゲングループジャパンの販売会社の社長も務めていました。当然、日本市場のツボ、販売店の大切さを熟知している。BYDが販売網を整備しているのは、裏を返せば、本気で日本市場に攻め込んできたという証拠」
とはいえ、現時点でのBYDの販売は"EV一本足打法"。新車販売に占めるEVの割合は全体の2.2%程度しかないのが日本市場の現状で、BYDにうまみはあるのだろうか?
「もちろん、日本市場でEVが普及するには、まだまだ時間が必要ですが、現時点でEVに関心のあるユーザーをシッカリ取り込みたい。そのために、まず日々の整備点検や修理などで信頼を勝ち取っていく」(販売店関係者)
つまり、地道にブランド力を磨くという話で、どうやらBYDは腰を据えて日本市場を攻略する構えのようだ。
■BYDとメルセデス・ベンツの合弁会社が放ったミニバン
政府が"自動車強国"を掲げる中国で、過酷な生存バトルを勝ち抜いてきたのがBYDである。その実力を垣間見たのが、昨秋開催されたJMS(ジャパンモビリティショー)2023。まず週プレはBYDの出展ブースの広さと豪華さに度肝を抜かれた。
さらに驚いたのは、世界中の報道関係者やインフルエンサーなどが殺到し、BYDのブースは常に熱気ムンムン。
噂の最新EVのシールはもちろん、BYDの高級ブランドが売るSUVタイプのPHEV、そして10年にメルセデス・ベンツと設立した合弁会社が放ったEVミニバンには黒山の人だかり。BYDブースに広がる熱狂の渦に圧倒され、ア然ボー然の週プレに、顔見知りの専門家はこう言った。
「BYDは"令和の黒船"です。日本は中国の自動車メーカーに対する認識を早くアップデートしないと、世界から取り残されてしまう。日本の自動車メーカーだって、うかうかしてられませんよ」
米フォードですら撤退を余儀なくされた日本市場。新興メーカーの中国BYDがどう戦うのか注視していきたい。