渡辺陽一郎わたなべ・よういちろう
カーライフジャーナリスト。自動車専門誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長を10年務めた"クルマ購入の神様"&"令和のご意見番"。執筆媒体多数。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
スーパーヘビー級ボディを持つEVが欧米の自動車メーカーから続々デビューしている。しかし、大きな疑問がある。本当に環境に優しいクルマなのか? カーライフジャーナリストの渡辺陽一郎氏が解説する。
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――欧米のEV(電気自動車)にはスーパーヘビー級ボディのEVが目立ちます。そして、性能もハンパないです。
渡辺 メルセデスベンツEQS580・4マチックSUVスポーツは、全長が5135mm、全幅が2035㎜の大きなボディに、システム最高出力が544馬力、システム最大トルクが858Nmのモーターを積んでいます。停車時から時速100キロまでの加速タイムは4秒台です。
――BMWは?
渡辺 同様にSUVスタイルのiX・M60は、全長が4955㎜、全幅は1965㎜のボディに、システム最高出力が540馬力、システム最大トルクは103・5Nmのユニットを搭載。時速100キロまでの加速タイムは3・8秒です。
渡辺 テスラのサイバートラックです。最上級のサイバービーストは、全長が5683㎜、全幅は2200㎜の巨体で、最高出力は800馬力を超えます。停車時から時速100キロまでの加速タイムは2・7秒とスーパースポーツカー並みです。
――そもそもの話ですが、パワフルな巨体EVってエコなの?
渡辺 巨体EVは、言うまでもなくボディは重い。サイバートラック・サイバービーストは車両重量が3104㎏、メルセデスベンツEQS580・4マチックSUVスポーツは2880㎏、BMW・iX・M60も2600㎏です。日産リーフGは1520㎏ですから、サイバートラックは2倍以上です。そして重いボディを動かすには、当然ですが大きなエネルギーが必要になるわけです。
――なぜ輸入SUVはボディが重い?
渡辺 まずは1回の充電で走行できる距離を重視していること。サイバートラック・サイバービーストは、1回の充電で515㎞を走行できると説明しています。メルセデスベンツEQS580・4マチックSUVスポーツはWLTCモードで589㎞、BMW・iX・M60は615㎞に達します。1回の充電で長い距離を走るには、リチウムイオン電池も大型になります。メルセデスベンツEQS580・4マチックSUVスポーツの総電力量は107.8kWh、BMW・iX・M60は111.5kWhですから、リーフGの40kWhに比べて電池容量は2倍以上です。その分だけボディも重く、電力消費量も増えます。
渡辺 ボディが重くなると、加速力などの動力性能が悪化します。そこでパワフルなモーターを搭載すると、電力消費量が増えます。モーターの性能を高めると、車両重量も増えて、電力をさらに消費します。その結果、ますます大容量の電池を積まねばなりません。
――悪循環ですね......。
渡辺 この悪循環はユーザーのメリットにならず、販売面でも不利です。そこでメーカーは、モーターの特性に注目しました。モーターはエンジンに比べると、高い出力を瞬時に発揮できます。そのためにEVは、アクセル操作に対して機敏に加速して、走りがスポーティに感じます。この付加価値を強化して運転の楽しさをアピールすれば、先に述べた悪循環も目立たなくなります。
そこで巨体EVは、時速100㎞までの加速タイムが3.8秒だとか、2.7秒だと競っているのです。つまり、「電力消費量が多く、充電時間も長く、価格も高いですが、加速力は超絶スゴいですよ!」とスリ替えています。
――加速力は実際スゴいんですか?
渡辺 確かに強力です。アクセルペダルを乱暴に踏むと、車体全体から「ドスン!」という音と振動が生じて、蹴飛ばされたような加速を開始します。ただし車両の開発者によると、「あのようなフル加速を頻繁に行なったら、ボディや駆動系の疲労も大きい」とのこと。乗員のカラダにも悪いでしょうね。
――不必要な加速性能だと。
渡辺 EVの本質は二酸化炭素の排出量と化石燃料の使用量を減らすことです。加速競争に突っ走る巨体EVは本質を完全に見失っています。そして、「大容量のリチウムイオン電池は、製造段階で排出される二酸化炭素が特に多い」とコメントする開発者もいます。巨体EVは、走行時の電力消費量が増えるだけでなく、製造する時から欠点を抱えているのです。
――巨体EVは問題アリだと。
渡辺 車両重量と動力性能が増えると、タイヤや道路損傷が大きいという見方もあります。ボディの重い車両は、バスやトラックなど多くありますが、巨体のEVが急増すると問題化するでしょう。
――規制も実施されるとか?
渡辺 今後の欧州における排出ガス規制のユーロ7では、タイヤやブレーキの粉塵も対象に含まれます。EVを狙い撃ちする規制ではありませんが、重いボディに高い駆動力を組み合わせると、タイヤの摩耗は促進されます。従来の排出ガス規制では、走行段階における窒素酸化物や二酸化炭素の排出量が主な対象でEVに有利でしたが、今後は幅広く公平に判断されます。
――どんなEVが環境に優しいの?
渡辺 大前提としてEVだから環境に優しいとは判断できません。車両の開発/製造/流通段階、使用では走行段階に加えて、石油の採掘や精製、発電まで含めて二酸化炭素や排出ガスの発生を測る必要があります。環境に優しいクルマの鉄則はEV、エンジン車を問わず、ボディが軽く空気抵抗も少ないことです。ボディが小さくて軽ければ、電力でも燃料でも消費量を減らせます。タイヤやブレーキの粉塵も少ない。
渡辺 日産サクラのような軽自動車サイズの電気自動車です。車両重量は上級のサクラGでも1080㎏ですから、巨体のEVに比べると3分の1です。リチウムイオン電池の総電力量は20kWhだから5分の1以下です。価格も上級のサクラGが300万円少々だから、メルセデスベンツEQS580・4マチックSUVスポーツの1999万円、BMW・iX・M60の1788万円に比べて格安です。
――ただしサクラは1回の充電で走れる距離も短いです。
渡辺 確かにサクラはWLTCモードで180㎞ですが、そもそも長い距離をクルマで移動すること自体、エネルギー効率が悪く二酸化炭素の排出量も増やします。
渡辺 人が長距離を移動する時は、公共の交通機関を使うと、二酸化炭素の排出抑制に効果的です。クルマは買い物など近隣の移動のみに使い、遠方まで移動する際は、駅や空港に併設されている駐車場にEVを置いて出かける。いわゆるパーク・アンド・ライドですね。
――最後に総括を!
渡辺 EVのパワー競争で楽しみたい気分も分かりますが、それはごまかしであり、本末転倒です。脱炭素の最も本質に迫るEVというのは、軽自動車サイズの国産EVです。
カーライフジャーナリスト。自動車専門誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長を10年務めた"クルマ購入の神様"&"令和のご意見番"。執筆媒体多数。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員