今年1月、中国東部山東省の港には巨大な輸送船「BYDエクスプローラー№1」に積み込まれるのを待つEVがズラリ並んだ 今年1月、中国東部山東省の港には巨大な輸送船「BYDエクスプローラー№1」に積み込まれるのを待つEVがズラリ並んだ
今年に入って政府の支援を受けた"中国デフレEV"の本格輸出がスタートした。しかし、この輸出に米、EU、そしてカナダが怒髪天! いったいなぜ? 中国EVの次の一手は? 日系自動車メーカーにも影響が出てるって本当? 舞台裏を取材した。

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■欧州に自社船で入港したBYD

これまで中国は国を挙げて、"自動車強国"という名のEVシフトを強力に推し進めてきた。具体的には巨額の補助金を国内のEVメーカーなどに注ぎ、生産力を高め、過剰生産を続けてきた。

だが、昨年から中国国内のEV販売の伸びが鈍化。その影響で大小含めると100社以上という中国EVメーカーの間では、生き残りをかけた値下げバトルが激化している。世界最大のEV市場と呼ばれてきた中国だが、国内需要の低迷により収益化は難しい状況になっているのだ。

そこで、中国の主要メーカーが目を向けたのが輸出である。要するに過剰生産によって、だぶついたEVの在庫を海外で廉売するという話だ。まず動いたのは中国の自動車大手BYD。中国初となる巨大輸送船「BYDエクスプローラー№1」を建造し、今年1月から運用を開始している。それが冒頭の写真だ。ちなみに5000台以上のEVを積み込んだ、この巨大な輸送船が向かった先は欧州(オランダ、ドイツ)である。

「世界に誇る高級ブランド、ジャーマンスリー(メルセデス・ベンツ、BMW、アウディ)を抱える自動車大国のドイツに中国BYDが自社船にEVを積んで乗り込んできたわけですから、インパクトは相当強かった」(欧州自動車メーカー関係者)

もっと言えば、中国政府の支援を受けた価格破壊EVが欧州市場に対して宣戦布告を行なったようにも見える。当然、自動車産業で覇権を握ってきた欧米からすると、この中国製のデフレEVは脅威だ。中国勢と価格競争になったら歯が立たないからだ。

そこで、欧米は即座に中国製EVの迎撃態勢を整えた。米バイデン政権は制裁関税を100%に引き上げることを発表し、中国製EVへの補助金もカット。また、EUも最大36.3%の追加関税を課すと決めている。

中国製EVへの関税強化で歩調を合わせたジョー・バイデン米大統領(左)と、ジャスティン・トルドーカナダ首相(右) 中国製EVへの関税強化で歩調を合わせたジョー・バイデン米大統領(左)と、ジャスティン・トルドーカナダ首相(右)
そして、8月26日にはカナダが米・EUと足並みをそろえ、中国製EVに100%の追加関税を課すと発表。もちろん、中国は一連の関税強化に猛反発している。

ちなみに日本はというと、現時点では欧米の動きとは一線を画しており、昨年、日本市場に参入してきた中国BYDにEV補助金を支給している。専門家によると、今後の日本の対応に世界の注目が集まっているという。

■"中国デフレEV"が、東南アジアで大暴れ

北米とEUという二大市場から、事実上のブロックを受けた中国EV。今後の展開が気になるが、そもそも欧米では昨年からEV販売が急失速している。

その証拠に米が誇るEV専売のテスラは2四半期連続で前年割れ。"テスラの再来"と呼ばれてきた米EVの新興メーカーも相次いで経営破綻。米フォード・モーター、米ゼネラル・モーターズ、独フォルクスワーゲンなど欧米の主要メーカーもEV戦略の見直しを発表済みだ。

「フォードは市場の需要が減速していることを理由に挙げ、8月21日、27年に発売予定だった新型EVの開発を中止し、米市場で販売好調なハイブリッドに切り替えると宣言しました」(自動車誌の元幹部)

ハイブリッド車の販売が活況な欧州市場を意識した戦略発表も飛び出している。

「7月9日に、米自動車ブランドのクライスラーを傘下に持つ、新車販売台数世界4位の欧州自動車大手のステランティスがグループ全体で今年30のハイブリッドモデルを欧州市場に導入すると電撃発表して話題を呼びました。ちなみに26年までに6モデルを追加するそうです」

つまり、これまでEVシフトを声高に叫んできた欧米だったが、ここにきてハイブリッドに大きくかじを切り始めたのだ。そんな中、中国EVは制裁関税にどう対処するのか?

「BYDはハンガリーなどに新工場を建設予定です。今回の関税措置を踏まえ、現地生産に切り替えるでしょう」

現地生産は巨大な投資や雇用を生むため、単に輸出するよりも、現地での影響力は強さを増す。すでに欧州には中国の電池メーカーなどが進出しているのも大きいようだ。

「ほかの中国EVメーカーも制裁関税を回避すべく、欧米などに製造工場建設の道を模索しているようです。

ただ、日本的に笑えないのはドル箱市場の東南アジアへの進出です。すでにBYDは7月に東南アジアの足場となるタイ工場で生産を開始。ほかの中国メーカーも続々と上陸し、激安EVを武器に、日本車勢からシェアを奪っています。逆風が吹き荒れる欧米のEV市場とは異なり、東南アジアではEV需要が高まっています。東南アジアは日本車の本丸なので早急に手を打つべきかと......」 

今年3月にタイで開催された「バンコク国際モーターショー2024」。BYDのブースには観客が絶え間なく押し寄せていたという 今年3月にタイで開催された「バンコク国際モーターショー2024」。BYDのブースには観客が絶え間なく押し寄せていたという
とはいえ、少し前まで、メディアやSNSには《EVシフトに日本は乗り遅れた》とか《ハイブリッドはオワコン》というようなワードが躍っていた。ところが、リアルワールドではEVは頭打ち、オワコン扱いされてきたハイブリッドは欧米で大躍進だ。

「実は今年5月に、フォードのジム・ファーリーCEOがハイブリッド車はEVへ進むつなぎの技術ではないと語って話題になりました」(米自動車メーカー関係者)

要するに自動車業界のトレンドは刻々と変わるという話だ。今後、電動化への移行は不可逆的だが、もはや"脱炭素カーはEVのみ"という状況ではない。加えて脱炭素カーの販売バトルは、いかに市場の動向にマッチングできるかだ。中国EV勢が生き馬の目を抜く自動車業界で、覇権を握れるか観測を続けたい。