山本シンヤやまもと・しんや
自動車研究家。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』を運営。
愛知、岐阜両県が舞台となった世界ラリー選手権の今季最終戦が大盛り上がり! 現地で徹底取材し、豊田章男トヨタ自動車会長を直撃した山本シンヤ氏が特濃解説!
11月21~24日に愛知と岐阜の両県で開催された、世界最高峰の自動車競技・WRC(世界ラリー選手権)の最終戦となる日本大会フォーラムエイト・ラリージャパン2024。両県には国内外からのファンが集結!
観客席やイベント会場はもちろん、沿道にもファンが詰めかけ、4日間で54万3800人が来場。地域経済の活性化にひと役買ったのは言うまでもない。
筆者は毎年、現地取材をしているが、来場者の観戦スタイルや楽しみ方に変化が出てきたように感じる。あくまで肌感覚だが、今年は熱心なラリーファンだけでなく、「何か楽しそうなので来てみた」というような人たちもいた。
これまで豊田章男トヨタ自動車会長は、「ラリーは町おこし!」と語ってきたが、今年のラリージャパンはラリーをキッカケにそれぞれが楽しめる"祭り"のような雰囲気もあり、ラリーが文化になり始める兆しがうっすらだが見えた。
その一方で、トラブルも。23日に岐阜県恵那(えな)市内の競技エリアに制止を振り切って一般のワゴン車が進入して逆走し、競技がキャンセルされる事態に......。
その後、WRCの大会審査委員会は愛知県豊田市など大会主催者に15万ユーロ(約2400万円)の罰金を科すと発表。来年以降の開催への大きな課題に。
そんな今年のラリージャパンでは、チョー激熱バトルが展開された! 結果をご存じの方も多いと思うが、今大会はトヨタのエルフィン・エバンス選手(イギリス)が2年連続となる勝利を手に。そして、ドライバーズタイトル、マニュファクチャラーズタイトル共に最終日まで目が離せない状況であった。
結果、ドライバーズタイトルは韓国ヒョンデのティエリー・ヌービル選手(ベルギー)が獲得。ヌービル選手は、これまでドライバーズポイント2位を5回獲得してきたが、ドライバーズタイトルはゼロ。"永遠の2番手"と呼ばれてきた。念願の初タイトルを手にし、「何年も諦めずに戦ってきたご褒美」と喜びを口にした。
マニュファクチャラーズタイトルは最終日の最終SS(スペシャルステージ)までもつれ込んだ。なんと、その前のSSを終え、トップのトヨタとヒョンデ両チームの得点は553点と同点。
これはWRCが始まって以来、おそらく初めて。ちなみに最終SSはパワーステージと呼ばれ、特別なポイントが付加されるが、まさに「最終ステージを制したほうが勝つ」という状況に。
そんな中、ベストタイムをマークしたトヨタのセバスチャン・オジエ選手(フランス)がトップ、エバンス選手が3位で合計8ポイントを獲得。この瞬間、トヨタは7度目のマニュファクチャラーズチャンピオンとなり、4連覇の偉業を達成した。
筆者は暫定表彰式が始まる直前にトヨタのチームオーナーである豊田会長を直撃し、率直な感想を聞いてみた。
「最終日に同ポイントって、たぶん今までなかったと思います。正直、昨日の時点では難しいと思ったけど、最後まで何があるかわからない。これが筋書きのないドラマを生んだ気がします。今年からの難しいポイント制が功を奏しました。計算がとても難しいので戻してほしいですけどね」
最後の最後の大逆転劇についてはこう語る。
「さすがの僕でもコメントが出ない、こんなことあるんだね。それがすべてかもしれないね、本当に。いや、でも、スゴくお客さんもたくさん来てくれたのは本当に驚き。
そして日本のファンに最高の戦いを見てもらえたと思います。これはきっと感動という共感が生まれる。ラリーって面白いと思った人がめちゃくちゃ増えるはず。
でもやっぱりね、(レースを)戦った彼らが主役で、彼らが感動という物語をつくってくれた。今はこれが精いっぱいのコメント!」
WRCではバッチバチのライバル関係にあるのがトヨタとヒョンデ。ちなみにヒョンデ自動車グループは昨年の世界新車販売で730万台をマーク。トヨタグループ(1123万台)、フォルクスワーゲングループ(923万台)に次ぐ世界3位の規模を誇る自動車メーカーである。
そんなトヨタとヒョンデが、ラリージャパンの約1ヵ月前、10月27日に韓国の京畿道龍仁(キョンギドヨンイン)のエバーランドスピードウエーでコラボイベントを電撃開催。現地には約2800人もの観客が詰めかけた。
このイベントはWRCジャパンの盛り上げだけでなく「アジアのモータースポーツを盛り上げたい」という両社の気持ちが合致して生まれた。
筆者も現地で取材したが、印象的だったのは、このイベント前の朝礼。豊田会長が全関係者にこう言った。
「今回のミッションはここに来ているすべての人を笑顔にすること。そして、できたらクルマ好きにすること。このミッションを可能にするためには何をしてもいい。責任は全部僕が取ります、以上!」
そして、豊田会長は有言実行とばかりにヤリスWRCでデモランを敢行! その助手席にはヒョンデの創業家3代目のチョン・ウィソン会長が座る。300人以上の報道陣が、その奇跡のツーショットをいい場所で撮るため、非常にデンジャラスな空気が漂った。つまり、このツーショットは世界的ニュースなのだ。
走行パフォーマンスの後、ステージに登壇した両会長は笑顔で握手を交わした。
「トヨタとヒョンデが一緒に手を取り合って、より良い社会、そしてモビリティの未来をつくっていきたい」
そう語った豊田会長に、チョン会長も笑顔でこう返した。
「私たちがモータースポーツに対する共通の情熱を見いだし、このイベントを開催できたことを大変うれしく思います」
話はこれだけで終わらない。実は、今回のラリージャパンの視察にチョン会長が来日。豊田会長とヘリで移動していたのだ。余談だが、筆者はラリージャパンの暫定表彰式の場でヒョンデのスポーツブランドNのトップを務めるパク・ジュンウ氏から、チョン会長を紹介いただいた。
ヒョンデグループを率いるトップなので超緊張したが、会話の入り口が「アイオニック5N、いいでしょ?」でビックリ。短い時間だったが、相手と同じ目線で話す。物腰柔らか。
そしてクルマの話が大好き。この3点は長年取材してきた豊田会長と共通する。このふたりだからこそ、交流の扉が開いたのだと確信した。
モータースポーツを通じてトヨタとヒョンデの関係は過去最高に近づいた。では、この先に何があるのか。筆者は"水素連合"を挙げたい。
トヨタとヒョンデを取材していると、どちらも水素はモビリティから始まり持続可能な社会を構築する上で重要な柱になるという認識を持っており、かつ研究開発にも余念がない。
実際、すでに日本と韓国は水素技術で世界最高峰のポジションに立っている。しかし、一方で水素はまだビジネスの軌道に乗っていない。
なお水素に関していうと、トヨタはBMWやダイムラー・トラックと協業を進めている。ヒョンデはゼネラル・モーターズやフォルクスワーゲングループのシュコダと協力関係を構築中だ。
そんな両社が夢のタッグを組んだら、「アジア発の水素主導」を実現できる可能性も。今後、トヨタとヒョンデには「競争」と「協調」をバランスよく進めていってほしい。
自動車研究家。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』を運営。