最終戦アブダビGP後のテストでレッドブルのマシンに乗る角田裕毅選手 最終戦アブダビGP後のテストでレッドブルのマシンに乗る角田裕毅選手

史上最多の24戦で争われた2024年シーズンのF1世界選手権は、ドライバーズ選手権はマックス・フェルスタッペン選手が4連覇を達成、コンストラクターズ選手権はマクラーレンが26年振りに獲得するという結果に終わった。

レッドブルが22戦中21勝と圧倒的な強さを発揮した2023年シーズンから一転、24年シーズンは大混戦となったが、その原因はどこにあるのか? そして25年シーズンの動向は? 現在のホンダのパワーユニット(PU)の生みの親である、元ホンダ技術者の浅木泰昭(あさき・やすあき)に前後編の2回にわたって話を聞いた!

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■チャンピオン争いの歴史は繰り返す

――2023年シーズンはチャンピオンシップを完全に支配したレッドブルですが、24年シーズンはフェルスタッペン選手がドライバーズ・タイトルを獲得したものの、コンストラクターズ選手権ではランキング3位に終わりました。

浅木 4年連続のドライバーズ・タイトルを獲得したフェルスタッペン選手はさすがだと感じましたね。マクラーレンがシーズン中盤以降、マシンの競争力が上がり、ランド・ノリス選手が迫ってきましたが、最終的にノリス選手の勢いを振り切りました。

レース中にフェルスタッペン選手とノリス選手は何度も激しいバトルを演じ、時には接触する場面がありました。それと同じようなケースは過去にもあったわけですよね。フェルスタッペン選手が台頭してきたとき、当時メルセデスのルイス・ハミルトン選手はなかなか抑えきれなくなり、接触したことがありました。既存のチャンピオンに対して挑戦者が台頭してくると、歴史は繰り返すんだなと今年あらためて思いました。

――古くはアラン・プロスト選手対アイルトン・セナ選手、ミハエル・シューマッハ選手対フェルナンド・アロンソ選手がタイトルを争ったときには同じように接触するケースがありました。

浅木 結局、同じようなスピードのクルマがコース上に2台いて、お互いに引かなければ、ぶつかってしまうということですよね。激しい競り合いの中で挑戦者が勝てば、チームにも勢いが出てきます。逆にチャンピオンは接触してでも挑戦者の勢いをそぐことで、自分のチームを落ち着かせ、スタッフの焦りを止めることができます。

そうしたレース中の接触が、スポーツマンシップに反するのかどうなのか、という意見は当然ありますが、チャンピオンはそこまでしてタイトルを守ろうとするんだなと感じました。

■レッドブルの勝つ気の無さは衝撃的だった

――ドライバーズ選手権はフェルスタッペン選手が死守しましたが、コンストラクターズ選手権はマクラーレンが26年振りに獲得しました。

浅木 今シーズンはレッドブル(9勝)、マクラーレン(6勝)、フェラーリ(5勝)、メルセデス(4勝)の4チームが勝利し、最終戦まで接戦が続きましたが、私が一番印象に残ったのはレッドブルのコンストラクターズ・タイトルに対する勝つ気の無さです。あんなレッドブルは見たことがありませんね。

これまでレッドブルのヘルムート・マルコ(モータースポーツ・アドバイザー)さんは、チームが勝つために成績が低迷したナンバー2ドライバーをシーズン中に切ったり、セカンドチームに降格させたりしてきました。

――現在アルピーヌのエースドライバー、ピエール・ガスリー選手も2019年、開幕から結果を出せず、シーズン半ばにレッドブルからセカンドチームのトロロッソ(現在のビザ・キャッシュアップRB=VCARB)へ降格させられています。

浅木 それが成功したか、していないかはさておき、マルコさんは勝利のために、時に無慈悲ともいえるようなドライバー人事を繰り返してきたんです。でも今シーズン、セルジオ・ペレス選手が中盤戦以降は不振に陥り、表彰台はおろか入賞がやっというレースが続きましたが、何も手を打たなかった。

結果的にフェルスタッペン選手がチャンピオンを取りましたが、コンストラクターズ選手権でみすみすランキング3位に終わるなんて、私が知っていたレッドブルではあり得ません。随分、違うなあと感じましたね。

――どうしてレッドブルはそうなってしまったのでしょうか?

浅木 ドライバーの選択は、レッドブルの創設者ディートリヒ・マテシッツさんから絶大な信頼を得ていたマルコさんに一任されていました。マルコさんが決めたドライバー人事に周囲の人間は誰も口を出せませんでした。

ところがマテシッシさんが亡くなり、チーム内でクリスチャン・ホーナー代表とマルコさんのと間で権力闘争が勃発した。表面的には両者が手打ちした形になっていますが、それまでとはチーム内の力関係が変わったんだと思います。権力闘争とドライバー選択が絡み合い、マルコさんがこれまでのような決断をできなくなってしまったのではないかと予想しています。

■角田選手をなぜ採用しないのか

――F1参戦4年目を迎えた角田裕毅(つのだ・ゆうき)選手のパフォーマンスについてはどう評価していますか?

浅木 角田選手は2024年シーズンに大きく成長し、素晴らしい走りをしたと思います。25年シーズンのフェルスタッペン選手のパートナー候補として角田選手とリアム・ローソン選手の名前が出ていましたが、数ヵ月前までは角田選手一択だと思っていました。そこをマルコさんがどうして角田選手を選ばなかったのか。私は腑に落ちませんでした。

少なくともペレス選手よりもましで、トライする価値は十分にあったと思います。過去のレッドブルであれば、絶対に角田選手を昇格させていたはずですし、角田選手のドライビングスタイルはマルコさんが好きなタイプだと思います。

角田選手はF1参戦5年目となる2025年シーズンも、24年シーズンと同様、VCARBのマシンで走ることが決まった 角田選手はF1参戦5年目となる2025年シーズンも、24年シーズンと同様、VCARBのマシンで走ることが決まった

マルコさんは、とにかく一発が速いドライバーを評価します。改修されたコースや路面舗装が新しくなったサーキット、あるいは突然の雨で路面が変化したときなどに理屈抜きで速いドライバーが好きだったと感じました。そういうときに速いフェルスタッペン選手をよく褒めていましたが、角田選手も同じ部類に見ていたと思います。

――しかしレッドブルの2025年シーズンのドライバーラインナップに角田選手の名前はありませんでした。レッドブルはペレス選手を解雇して、フェルスタッペン選手のパートナーとしてローソン選手をVCARBから昇格させることを発表しました。ローソン選手はどれぐらい活躍すると思いますか?

浅木 レッドブルとひと言で言っても複数の人間の集まりです。いろいろな意見があったと思います。その集団の中で、決裁権のある人の判断ですから、その人にとっての"正しさ"はあったのだと思います。レッドブルのドライバーラインナップを見た私の率直な印象は、組織にとって"何がなんでも勝つという以外の正しさ"もあったのでしょう、ということです。

過去のフェルスタッペンのチームメイトはずっと苦しんできました。それでもレッドブルの車体性能が他チームより0.6~0.7秒くらい速ければ、フェルスタッペン選手より0.6秒遅くても問題なく見えていたでしょう。

ただ、2025年のレッドブルの車体性能は上位4チームの中で抜きんでた存在にはならないと予測しているので、ローソン選手が活躍しているように見えるのは大変だと思います。ローソン選手は一発が速いというよりも、データを見て問題点を修正していって速くなっていくタイプだと聞いています。VCARBのフランツ・トスト前代表も「どこで角田に負けているのか、分析して速くなってくるのがローソンだ」と話していました。

フェルスタッペン選手の速さと自分との違いを分析して、それにしっかりと対処できれば、ローソン選手が活躍する可能性もあると思います。レッドブルもその可能性に賭けていると思いますが、過去のチームメイトは誰ひとりフェルスタッペン選手に匹敵するパフォーマンスを発揮できませんでした。

ローソン選手が活躍しなければ、レッドブルがコンストラクターズ選手権を奪還することはできませんし、ドライバーズ選手権でも彼は上位に入賞しフェルスタッペン選手のライバルが獲得するポイントを少しでも減らさないといけない。いずれにせよ、ローソン選手が2025年シーズン、レッドブルの浮沈の鍵を握る存在になると思います。

★12月27日配信の後編に続く 

●浅木泰昭(あさき・やすあき) 
1958年生まれ、広島県出身。1981年、本田技術研究所に入社。第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までPU開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得する。2023年春、ホンダを定年退職。現在は動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。著書に『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)がある。

F1と軽自動車で頂点をつかんだ元ホンダ技術者のリーダー論!『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)。なぜホンダはF1に復帰するのか? 2026年からのF1復帰にいたる舞台裏、ホンダに30年ぶりのタイトル獲得をもたらした最強PUの生みの親が初めて明かす。堂本光一氏との対談も収録 F1と軽自動車で頂点をつかんだ元ホンダ技術者のリーダー論!『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)。なぜホンダはF1に復帰するのか? 2026年からのF1復帰にいたる舞台裏、ホンダに30年ぶりのタイトル獲得をもたらした最強PUの生みの親が初めて明かす。堂本光一氏との対談も収録