物議を呼んだイーロン・マスクのポーズ。米社会では「ナチス式の敬礼」と「ローマ式の敬礼」に意見が分かれたという 物議を呼んだイーロン・マスクのポーズ。米社会では「ナチス式の敬礼」と「ローマ式の敬礼」に意見が分かれたという

テスラの失速がもうどうにも止まらない。世界的なEV販売の鈍化などもあり、値下げ戦略を進めてきた同社だが、ついに世界新車販売で初の前年割れとなった。絶対王者として世界を席巻してきたEV専売メーカーに何が起こっているのか?

■EV需要鈍化で値下げ戦略へ

米トランプ政権で、新設された政府効率化省を率いる実業家のイーロン・マスク。民間人ながら異例の権力を手にした理由はズバリ、金だ。

ご存じのとおり世界一の大富豪であるマスクは米大統領選で巨額の資金を湯水のごとくつぎ込み、"もしトラ"を現実のものにした。

この露骨にも程があるトランプへのワッショイによって、マスクは最側近的ポジションを手中に収め、わが世の春を謳歌している。

実際、ワシントンD.C.のキャピタル・ワン・アリーナで開かれた大統領就任イベントでナチス・ドイツの敬礼を想起させかねない際どいポーズを披露するなど、超大国の中で圧倒的な存在感を放っている。

そこで気になってくるのが、マスクがCEOを務めるテスラの今だ。テスラは、2023年7月1日に創業20周年を迎えた。人気爆発の導火線は、17年に発売されたセダンタイプのモデル3と、20年に発売されたSUVのモデルYが挙げられる。

テスラ人気に火をつけたのが4ドアセダンのモデル3。本国では17年7月の発売だが、日本では少し遅れ19年9月からデリバリー開始 テスラ人気に火をつけたのが4ドアセダンのモデル3。本国では17年7月の発売だが、日本では少し遅れ19年9月からデリバリー開始

世界新車販売でトップを走るテスラの戦略車がこのモデルY。今年1月10日から日本でも大幅改良モデルの受注を開始。写真は改良前 世界新車販売でトップを走るテスラの戦略車がこのモデルY。今年1月10日から日本でも大幅改良モデルの受注を開始。写真は改良前

この2台の大ヒットにより"EV界の絶対王者"として君臨。日本のメディアやSNSには、《トヨタはオワコン。テスラが間もなく世界トップの自動車メーカーになる》《テスラがトヨタを蹴散らし1000万台メーカーへ》《時価総額がトヨタ超え!》《テスラは米で一強体制》といったワードが躍るようになった。

では、昨年のテスラの世界新車販売台数はどうかというと、178万9226台で初の前年割れとなった(前年比1.1%減)。余談だが、テスラに蹴落とされるとメディアがあおりにあおってきたトヨタは、5年連続で世界新車販売トップが確定している。

今、テスラにいったい何が起きているのか。自動車誌の元幹部が解説する。

「テスラの販売の4割を支えているのが世界最大のEV市場である中国ですが、23年頃から大苦戦。その影響で、昨年4月に従業員約500人を解雇し、さらに従業員の10%を削減するとも明らかにしています。

ちなみにテスラの従業員は約14万人なので、単純計算で1万4000人が対象となる。言うまでなく大リストラです」

実はEVで"ひとり勝ち"と呼ばれてきた米国市場でも、EV需要の失速により販売が上向かず、23年10月から昨年4月にかけて米国、中国、ドイツ、日本などで世界戦略車であるモデル3とモデルYの値下げを断行している。

「販売鈍化を受けての値下げ戦略の影響で、テスラの営業利益率は悪化の一途をたどりました。その結果、大リストラに踏み切ったわけです」

そうはいっても、昨年の中国市場で、テスラの年間販売台数は65万7000台超(前年比8.8%増)と過去最高をマーク。また、モデルYも2年連続で"地上最も売れたクルマ"になりそうだ。

「ただし、これは過酷な値下げ競争を勝ち抜いた成果で、まさに"張り子の虎"。しかも、ライバルである中国BYDの昨年の世界新車販売台数は約425万台と急伸。さらなる衝撃はその内訳で、正直言ってテスラにとっては"致命傷"になりかねないものです」

進撃を続ける中国EVの巨人BYD。ついに〝伝家の宝刀〟とも言えるPHEVを年内に日本市場に導入することを正式決定した 進撃を続ける中国EVの巨人BYD。ついに〝伝家の宝刀〟とも言えるPHEVを年内に日本市場に導入することを正式決定した

中国BYDの世界戦略車シール。セダンタイプのEVで、ライバルはテスラのモデル3。日本市場への投入は昨年6月。販売好調 中国BYDの世界戦略車シール。セダンタイプのEVで、ライバルはテスラのモデル3。日本市場への投入は昨年6月。販売好調

BYDの内訳に目をやると、EVが176万4992台で、PHEVが248万5378台。確かに猛追されているが、テスラはBYDに約2万台以上の差をつけてEV販売で勝利している。何が問題なのか。

「BYDは"自動車強国"を掲げる中国自慢の"二刀流"のメーカーです。そんなBYDの売れ筋がEVからPHEVに変わった。これは中国市場のトレンドに地殻変動が起きているとも言えます。

実はこの変化を見越していたかのように、世界の大手自動車メーカーが続々と新型PHEVを投入している。しかし、テスラはEV専売なので手の打ちようがありません。前述のとおりテスラにとって中国はドル箱市場ですから、手をこまねいている場合ではないと思いますが」

■中国EVとテスラを乗り比べると......

初の前年割れとなったテスラの世界新車販売について、自動車評論家の国沢光宏氏はこう分析する。

「アーリーアダプター(早期導入者)によるテスラの購入が一巡したという話です」

では、なぜアーリーアダプターしか食指が動かないのか。

「日本市場に限って言うと、テスラ車は500万円台スタートなので、そもそも気軽に買えるクルマではありません。しかも、普通のクルマなら不具合が出ればディーラーが即対応してくれる。

しかし、テスラはオンライン販売なので、クルマを即持ち込めるディーラーの数が限られている。要するに修理に時間がかかる。

イーロン・マスクの"信者"や、クルマを複数所有している人であれば気長に待てると思いますが、日常の足としてクルマを使っている人にとっては、アフターサービスのハードルが高すぎるのでは」

一方、テスラと激烈な販売バトルを繰り広げる中国の新興EV勢についてはどうか。

「中国勢は強い。テスラは地力で負けています。中国の新興EVメーカーとテスラを乗り比べましたが、もはや勝負アリ! 内装の先進性や華やかさなど、明らかに中国勢はテスラの先を行っている。

加えて、値下げ合戦になったらテスラは中国勢に負けてしまう。何しろ中国の人たちは愛国心が想像以上に強い」

欧米市場に関しても厳しい見立てだ。

「昨年1年間のEU域内のEVの新車販売台数は144万7934台(前年比5.9%減)。明らかにEVの販売は伸び悩んでいます。母国の米市場にしても、トランプ大統領が就任演説でEV普及策を撤回すると表明していますから、普通に考えれば、EV専売のテスラを取り巻く状況は非常に厳しいと言わざるをえない」

■リコールの嵐に見舞われているワケ

テスラにとって誤算もある。マスクが年間15万台の製造を目標に掲げ、鳴り物入りで23年11月からデリバリーが始まったサイバートラックが出足からつまずいたのだ。

同社初のピックアップトラックとして注目を浴びてきたが、発売1年超でリコール(回収・無償修理)はすでに7回! 加えてエキセントリックな見た目なども災いして販売は低調だ。

ちなみにサイバートラック以外のほぼすべてのモデルもリコールの嵐に見舞われている。国沢氏が言う。

「ソフト面のリコールであれば、オンラインのアップデートで済みます。もちろん消費者のイメージは良くありませんが、痛手は少ない。しかし、これが部品の交換になると大変です。何しろ前述したとおりディーラーの数が限られている」

しかも、日本ではテスラに革新的なイメージを抱く人が多いと思うが、米ではその自動運転技術に懐疑的な見方があるという。具体的にはテスラの先進運転支援システムだ。

実は死亡事故などを引き起こしており、昨年10月からNHTSA(米運輸省道路交通安全局)が調査に乗り出している。

「NHTSAが調査に乗り出したのは、運転支援システム『FSD(フルセルフドライビング)』を搭載した5車種(モデルS、モデルⅩ、モデル3、モデルY、サイバートラック)。

要するにテスラがこれまで米国で販売した大半のクルマです。FSDは直訳すると完全自動運転ですが、実際は自動運転レベル2の運転支援に該当します」

こう話すのは米自動車メーカー関係者だ。

「米国では運輸省だけでなく、司法省も調査を開始していると報道されています。また、一部のテスラ車オーナーからは、詐欺や事故に関連した訴訟も起こされています」

前出の自動車誌の元幹部も大きくうなずく。

「テスラはこのFSDをベースに、いわゆる"ロボタクシー"の実用化戦略を打ち出しています。ただし、NHTSAが調査に乗り出してからもFSDの事故は起きている。そんな背景もあって、今、当局はさらに厳しい目を向け、テスラ車を徹底的にチェックしているようです」

だから、米国では次から次へとテスラ車の大量リコールが発表されている。

「いずれにせよ、米当局の調査結果によっては、テスラのロボタクシーの実用化戦略の今後が左右される可能性もあります」

■規制緩和が期待される"ロボタクシー"

実はテスラは、昨年10月に噂のロボタクシーを発表済みだ。

「名前はサイバーキャブ。価格は約450万円です。ふたり乗りの2ドアモデルで、ドアはガルウイングです。ふたり乗りの理由は、タクシーの乗客はふたりが多いからだそうです。ちなみにハンドルもペダルもありません。生産開始は26年の予定です。

また、年内にモデル3とモデルYにサイバーキャブと同じFSDを搭載するとも発表。このシステムはカリフォルニア州とテキサス州で走行可能とのことです」(自動車誌の元幹部)

しかし、米国の専門家筋からはロボタクシー実現のハードルは非常に高いという声も。実際、この10月の発表では、今後どういう手順でロボタクシー事業を展開していくのかなど、具体的な戦略をマスクはひとつも語っていない。 

一方、大統領選直後からテスラの株価が急騰し、3年1ヵ月ぶりに史上最高値を更新しているのも、このロボタクシーの影響なのだという。

「イーロン・マスクが行なった大統領選支援の見返りに、ロボタクシー事業への規制緩和などの"恩恵"を期待したものでしょう」(市場関係者)

しかし、前述のとおりテスラのFSDは安全面に懸念の声が広がっており、当局や州政府などの承認を得られるかは見通せていない。

今回の大統領選でイーロン・マスクはトランプに対し、多額の資金を投じている。マスクは大統領にどんな見返りを求めるのか 今回の大統領選でイーロン・マスクはトランプに対し、多額の資金を投じている。マスクは大統領にどんな見返りを求めるのか

最後に国沢氏が総括する。

「イーロン・マスクは大統領選で、巨額の資金を突っ込んで、トランプにすり寄りました。しかし、EVの販売は世界的に鈍化傾向です。加えて世界最大のEV市場を持つ中国には"テスラキラー"がズラリと並び、価格も安い。

確かにイーロン・マスクの人気は衰え知らずなので、テスラの時価総額は上がるでしょう。ただし、テスラが踊り場を迎えているのは確かです。この逆境を無策で進むのならば、お話になりません」

崖っぷちに立つEVの大巨人テスラ。今年どのように歩みを進めるのか見ものである。