西東京支社長の軽部氏は、15年で5回降格・6回昇格。部下を降格させることも多いが、また引き上げなければ、という思いは常にあるという

不況をものともせず、創業以来24年間ずっと右肩上がりで成長を続けてきたドン・キホーテ。その人事制度は、多くの日本企業が採用する年功序列型とはまったく違うという。

上司は部下に自由を与え、その代わり結果次第で昇格も降格も頻繁に起こる。そのシステムは、まるで格闘技のランキング制度のようなのだ。

■競合他社との戦いも、人事も“格闘技”

「流通業は格闘技である」

ドンキの創業者にして現会長、安田隆夫氏の著書『情熱商人』(商業界、2013年刊)に書かれている言葉だ。自身がプロライセンスを取得できるような実力のあった元ボクサーで、格闘技の熱烈なファンでもある安田会長らしい表現である。

1989年、東京・府中で第1号店がスタートしたドンキは、その直後にバブル崩壊という荒波にぶち当たる。それでも、その後の“失われた20年”という大不況に伴う小売業受難の時代をものともせず、毎年例外なく増収増益を続けてきた。

生き馬の目を抜く流通業界を勝ち抜いてきた安田会長にとっては、企業経営はまさに格闘技。であるからこそ、ドンキ内部の人事システム、人材育成方式もまた“格闘技型”なのだ。

そうした彼の経営哲学を表している言葉を、『情熱商人』から3つだけ紹介すると……。

「ドン・キホーテでは、『格闘技』を『ゲーム』と言い換え、ゲームを競う感覚で仕事をさせている(『格闘技』と言うと重くなるから、あえて『ゲーム』と呼んでいる面もある)」

「原初的なファイティングスピリッツが心の奥底に秘められていなければ、この業界で成り上がることは難しい」

「権限委譲を前提にした完全実力主義の当社では、昇格と降格、昇給と降給がほぼ同じ数だけあっていい」

とにかく激烈だ。

例えば、1999年に新卒でドンキに入社した軽部哲也氏は、まだ30代でありながら現在、合計21店舗を統括する西東京支社長を務めている。それだけ聞くと、まるでエリート街道一直線のキャリアを歩んでいるようにも思えるが、実際には15年の間になんと6回の昇格と5回の降格を経験。支社長というポジションにも、実は入社7年目、30歳の頃に一度就いており、その後、降格と昇格を経て今回が2度目のチャレンジなのだという。

降格は“戦力外通告”とはまったく違う

■降格は“戦力外通告”とはまったく違う

まるでボクシングの世界ランキングのように、目まぐるしく社員たちの地位が入れ替わっていく“格闘技型”の人事システム。その根幹をなすのが、先に引用した安田会長の言葉のなかにも登場した「権限委譲」というドンキ独特の哲学だ。

「ドンキでは、上司が部下に多くの事柄の決定権を与えます。支社長なら各統括店長に、統括店長なら各店長に、かなりの“権限”を“委譲”する。やりたいようにやっていい。その代わり結果を出してくれ。こういう仕組みになっているんです」(軽部氏)

こうして、ドンキは近隣の競合他店と戦うが、実は同じエリアのドンキ同士でも熾烈(しれつ)な戦いを繰り広げている。

「あの店がこうやって成功したなら、ウチもやってみよう」

「まだどの店もやっていないこの商品をたくさん売ろう」

そういったモチベーションが生まれてくるわけだ。

各店の内部でも、基本スタンスは同じ。店長がアルバイトも含めた現場スタッフに、かなりの部分で権限委譲をし、アドバイスこそすれ、自分のやり方を押しつけるようなことはない。

安田会長が1989年に開店した記念すべきドン・キホーテ1号店。当初は苦戦が続き、2号店(杉並店)の出店までに4年を要した

年齢も経歴も関係なく、“成り上がり”のチャンスが

「ドンキの店舗運営には、細かなマニュアルがありません。もちろん言葉遣いや服装など、本当に最低限のルールはありますが、それだけです。陳列も棚展開も、基本的には現場のスタッフに任されていて、なぜそうするのかという根拠さえ説明できるなら好きなようにやっていい。

なぜなら、お客さまの要望を最もよく知っているのは、『買い場』で日々、お客さまの姿を見て、じかに接している現場の人間だからです。彼らの声を尊重するというのは、つまり彼らに頼っているということでもある。だからこそ、ドンキでは突出した人間がしばしば現場から出てくるんだと思います」(軽部氏)

当然、各売り場の担当者同士もある意味でライバル。年齢も経歴も関係なく、そこで結果を出した者には“成り上がり”のチャンスが開かれている(アルバイトから始まり、社員採用されて出世した人も数多い)。

ただし、格闘技でもビジネスの世界でも、勝ちがあれば必ず負けもある。ドンキでは昇格やスピード出世も多いが、その分、降格も日常茶飯事だ。

降格というと、年功序列の会社であればやり直しがきかない“戦力外通告”のような印象を受けるかもしれないが、ドンキでは意味合いが大きく違う。もちろん「今回は負け」という現実を突きつけられたことによる悔しさはあるだろうが、同時に「次に勝てばまたランクアップ」がある。このあたりが、安田会長のいう「ゲームを競う感覚で仕事をする」ということなのだろう。

自由競争という弱肉強食の残酷なケンカを、「厳しさ」と「チャンス」を同時に与える格闘技のような仕組みに転換し、独自の人事システムをつくり上げた安田会長。ドンキで働き、上を目指すということは、すなわち自分の人生をこの熾烈なゲームに投じるということなのかもしれない。

(取材・文・撮影/近兼拓史 撮影/五十嵐和博)