ライブや握手会にグッズ収集と、アイドルにのめり込む“アイドルオタク”。これまで「アイドルオタクは好きなアイドルにだけ熱心で、協調性がなく仕事では使えない」という見方が企業の採用においても定説だった。
だが身勝手なように思われがちなオタクの性格も、実は仕事に役立つ面があるという。アイドルにかける情熱が買われて、飲食店の店長を任されるようになったというナオヤさん(28歳)が、自身の経験を振り返る。
「僕はかつて、SKE48を追っかけるために名古屋に住んでいたことがあります。当時、あるメンバーのTO(=トップオタ。オタたちを統率する役目をすることも多い)をやっていて、そのコの誕生日を祝うサプライズ企画を立てました。まず事務所に企画書を提出して許可をもらい、ほかのオタに協力を仰いで、サイリウムを出すタイミングまで演出したんです。ほとんどイベンターの仕事みたいなことを趣味でやっていたんですね(笑)。そこでバースデーカードをデザインしてくれたデザイナーの人とも知り合いになれたし、打ち上げでたくさんのオタと交流しました。TOの経験は現在の飲食店でスタッフを回すのに生きているのはもちろん、そこで得た人脈も財産になっています」
今や爽やかなイケメンもオタクになる時代。『図説 オタクのリアル』(幻冬舎コミックス)という著書を持つ、ライターの安田誠氏は「こうしたコミュニケーション能力の高いオタクが相対的に増えたのも、一般の若者がオタクになった結果」としつつ、現代のオタク特有の傾向も示す。
「今どきの若いオタクは、アイドルだけじゃなく、アニメやゲームなどほかのことにも興味があるハイブリッドな人が多い。自然と会話の引き出しも豊富になるんじゃないでしょうか」
キャリアコンサルタントで「オールアバウト」の就職活動ガイドも担当する小寺良二氏は、企業の新人研修などに関わるなかで、「オタクはパフォーマンスが高い」と何度も感じたという。
「新入社員たちを数班に分けて合宿を行なった際、見るからにオタクばかりのメンバーが集まった班があり、誰もが『このチームはダメだろう』と思った。しかし、“新商品のプロモーション戦略を考えてプレゼンする”などの課題をいざ与えてみると、その班はすべてにおいて好成績を叩き出したんです」
さらに秘めた潜在能力を持つオタクたち!
そうした結果を小寺氏はこう分析する。
「これは対象に深くハマる探究心の強さや、情報収集能力が高いことも一因でしょう。しかし最も印象的だったのは、彼らが“とにかく本気でケンカをする”ことでした。ほかの班は、人間関係を円滑に保つために“なぁなぁ”の意見に落ち着く一方、オタクたちは譲れないこだわりをぶつけ合い、結果的に中身の濃いものを生み出したんです。オタクは意外とクリエイティブな仕事に向いているように思います。ケンカの仲直りに仲介が必要なほどこじれたケースもありましたが(笑)」
諸刃(もろは)の剣ではあるが、その場の人間関係より、自分の強いこだわりも有効なのかもしれない。
『前田敦子はキリストを超えた』の著者として知られ、現在は年に300本ものアイドルのライブに参戦するという社会学者の濱野智史氏は、アイドルオタクたちの驚くべき“行動力”を挙げる。
「いわゆる“DD(=誰でも大好き。複数のアイドルを推すオタク)”は、一日にいくつもライブをハシゴしますから、相当な情報感度とスケジュール管理能力が必要。しかも、新しいアイドルがどんどん出てくるので、オタクを続けることは永遠に続くダンジョンを攻略していくようなものです。ゲーム的に楽しめる人でないと、やってられないですね(笑)」
はたから見ればほとんど無駄な努力にも思える。しかし、恋愛相談サイト『恋愛ユニバーシティ』を運営するぐっどうぃる博士(理学博士)は、こうしたゲーム感覚を持てることは、仕事をする上でも有利なのだという。
「アイドルのプロモーション戦略は、“モチベーションコントロール”がよくできていると思います。グッズ購入や握手会を通じて、アイドルに徐々に近づいているような感覚を得られることで、ファンは応援し続ける動機を維持できる。実は、仕事がデキる人はこのようなモチベーションコントロールに長けています。細かな課題を自分で設定し、ゲーム的に楽しんで攻略していくことで、仕事へのヤル気を維持しているんですね」
仕事には不向きだと思われてきたアイドルオタクたち。しかし、彼らの持つ「人脈・豊富な知識・こだわり・行動力・モチベーションコントロール」をうまく活かせば、優秀なビジネスマンとして成功する素質を持っているようだ。
(取材/西中賢治、取材協力/ヒロタシンイチロヲ、釣本知子)