温泉郷で有名な奥飛騨(おくひだ)の宿で夕食に国産キャビアが出されるという。しかも自分たちで育て、スッポンとウナギまで……。そこに至るまでの苦闘、試行錯誤のドラマとは?
■持っていた源泉が養殖の成功を導いた!
岐阜県の奥飛騨で高級食材のキャビアが飼育されている? 厳密にはキャビアはチョウザメの卵を塩漬けしたものだからチョウザメが飼育されているのだが、なぜ奥飛騨? だいたいキャビアの主な産地で有名なのはロシアだ。しかも、奥飛騨温泉郷の中にあるホテルがチョウザメを飼育しているという。なぜホテルが?
「ほかで誰もやってないことをやりたいじゃないですか。旅館ではお金さえ出せばアワビやイセエビが出るけど、そんなもんどこでも同じでしょう?」(奥飛騨ガーデンホテル焼岳[やけだけ]・石田清一社長)
そもそもの始まりは約6年前。高級路線の離れ「飛騨つづり 朧(おぼろ)」を造ったときに「飛騨牛はあるけど東京でも食べられる。ウチにしかない食材を手がけたい」との思いから、スッポン養殖を始めたことがキッカケだった。
「ホテルで10本源泉を持っていたんで、なら温泉でスッポンをやろうかと。ウチで扱っている陶器問屋の案内で九州を回ったけれど、貴重な日本古来のスッポンはなかなか売ってもらえない。温泉で飼育するなんて失敗するとも言われたけど、なんとか稚亀を1万匹買うことができまして」
その後、従業員をスッポンの養殖だけで遊ばせておくのはもったいないと思っていたタイミングでチョウザメの飼育をしている飛騨の土建業者の存在を知る。
ひょんなことからチョウザメ100匹購入!
「その人は奥飛騨のきれいな水でキャビアを獲ろうとしてたんです。僕は温泉で育てたらいいかと思って2匹買って育てたら調子よく育って。そうこうしているうちにその人からチョウザメ600匹を引き取ってほしいと連絡がきたんです。『100匹の腹を裂いてみたらメスが3匹しかいなかったんでギブアップした』と(苦笑)」
漢気(おとこぎ)あふれる石田社長はすべてを買い取り温泉で育てた。しかし、卵を持つまで15年以上かかるというチョウザメ。買い取っても産卵に至るまであと5年は必要だったため、まず日本全国を探し60万円で卵を持ったチョウザメを購入。生のキャビアを試食したという。
「イクラとも全然違うし、塩漬けされていない生のキャビアは本当にうまかったんです」
しかし、温泉だと早く育つ代わりに身ににおいがつき、刺し身ではまずくなる。そこで、ある程度まで育ったら奥飛騨の伏流水で育てるようにした。養殖成功の秘訣はこの伏流水と温泉にあった!
苦労のうえ、その投資も巨額に
「ここはほかと温泉の質がまったく違う。光が当たると藻(も)が出るんです。さらに、病原菌がすみにくいらしくてコップに温泉水を入れて1ヵ月たってもカビない。おかげで病気にならないから抗生物質を使わないで育てられた」
この藻はシアノバクテリアと呼ばれる微生物の一種とか。しかし、水質の特性を知る前はチョウザメのエラに藻がついて呼吸困難になった稚魚5000匹が死んでしまったことも。さらに、「卵を持つまで15~20年かかるから、それじゃ命も経費も間に合わない」と、今度はキャビアを腹に持つチョウザメを探して、25tトラックを岩手から九州まで走らせ1万2000匹を調達。投資額はここまででなんと約2億5000万円……。
そんな苦労がありながらも、チョウザメから卵を獲れるようになり、“和食に合うキャビア”をコンセプトに有名老舗料亭の料理長が味つけを監修。最高級の昆布だしにつけ、3%ほどの塩分(普通は7~8%)で味つけしたその味は、ハリウッドセレブをも魅了した世界的に有名な「NOBU」のシェフ・松久信幸氏に 絶賛され“世界一のクオリティのキャビア”として、今やさまざまな場所で引っ張りだこ。
今年のお中元には「キャビア茶漬け」も
数多くの大手百貨店のお中元やお歳暮ギフトにも採用され、ある老舗百貨店の今年のお中元用に奥飛騨育ちのキャビアを使った“キャビア茶漬け”も売り出される予定とか。ちなみに、過去にはスッポンのスープが日本の某航空会社のビジネスクラスで提供された。
「キャビアがうまくいったことで商売が広がりましたね。もちろん、ホテルのお客さんは増えましたし。はやりの6次産業をやっているといわれてますけど、自分ではそんなことしてるつもりはないんです。ただ、ウチは温泉を持っていて水もあって、自分とこで育ててホテルに売ってるから保っているんですよ。チョウザメの雄は全部ホテルで刺し身に出して、キャビアを売り始めて3年、養殖を始めて6年目にして、なんとか採算が合うというところで。でもね、今、キャビアはウチが日本一。なんでもてっぺんとれば、回ってくるんですよ(笑)」
昨年7月からは“源泉掛け流し”でウナギも養殖し始め、ココでしか食べられないプレミア高級食材をそろえた、願いどおりのオンリーワンの宿になっているようだ。
(取材・文/渡邉裕美 取材協力/日野和明[ボールルーム] 撮影/五十嵐和博)