吉野家の「牛すき鍋膳」は時間短縮のため、ほぼ火が通った状態で目の前に出てくる。出来上がるまでの所要時間は約2、3分

「元祖焼き牛丼」で飛ぶ鳥を落とす勢いだった「東京チカラめし」が店舗数を23まで縮小させ(ピーク時は140店)、アルバイトが集まらない「すき家」が深夜営業からほぼ撤退するなど、このところの牛丼チェーン業界といえば、お寒いニュースばかり。

そんななかで久々の大ヒットになったのが吉野家の「牛すき鍋膳」だ。牛肉や野菜が鉄鍋に入って登場し、火が消えるまで、目の前でグツグツと煮えていくさまを見ながら出来上がりを待つーー。そんな本格的な鍋料理が気軽に食べられるとあって、女性客も取り込み、発売6ヵ月で1400万食を超える大人気商品となった。

久しぶりの明るいニュースに、もちろんほかの牛丼チェーンも黙ってはいない。すき家は、2014年11月から「牛すき鍋定食」を復活。実はこれ、客に提供するのに時間と手間がかかりすぎてしまうため一部の客や店員から不評で、一度は取りやめたメニュー。

しかし、客が自ら具材に火を通して食べるという方法に刷新して復活させたのだ。さらに松屋では毎冬恒例の「豆腐キムチチゲセット」が今年も好調。つまり今、牛丼チェーン業界では熾烈(しれつ)な“鍋戦争”が起きているのだ!

すき家の「牛すき鍋定食」は、肉は生。野菜は少し火が通った状態で用意される。完成まで約5分。食べるまでの時間を一番要する

松屋の「豆腐キムチチゲセット」は、唯一出来上がった状態で目の前に。ほかのふたつに比べ、値段は安いが量はさほど変わらず

今、客が求めているのはプレミアム感

では、なぜ鍋なのか。経済評論家の平野和之氏はこう語る。

「飲食業界全体にもいえることですが、今、客が求めているのは、ある種のプレミアム感です。“早い、うまい、安い”ではなく、遅くても高くても、本当にうまければ食べる…そんな感覚。

これまで牛丼チェーン業界は、長年続いたデフレのなかでずっと価格競争をしてきましたが、消費税アップと円安で輸入価格の高騰もあり、もう完全に価格での勝負はできなくなりました。そこで高級路線にシフトチェンジした鍋がヒットにつながったのだと思います」

確かに吉野家は、ついに14年12月から牛丼の値段を300円(並盛)から380円に値上げ。7月には松屋もすでに「プレミアム牛めし」として380円(関東圏のみ)で牛丼を販売しており、「すき家」も牛丼を291円(並盛)に値上げしている。この流れは当分続きそうだ。

だが、冬が終われば鍋のニーズはなくなる。そのとき、牛丼チェーンはどうするのだろう。

「ここ数年、夏には“冷やししゃぶしゃぶ”などの冷やしブームがありますから、おそらくそんな新メニューを開発中なのでは? いずれにせよ大事なのはプレミアム感です」(平野氏)

この冬は牛すき鍋膳の大ヒットで吉野家が一歩リード。しかし、来年の夏には一気に状況が変わっている可能性もある。

(取材・文/井出尚志、渡辺雅史、高山 恵[リーゼント] 鈴木晴美)

■「週刊プレイボーイ」1&2合併号(12月②5日発売)「激突14番勝負! チェーン店&サービスの業界別勢力マップ!」より