「ホンダってすげぇ!」
4月23日、羽田空港(東京国際空港)に初飛来した日本初の国産ビジネスジェット機「ホンダジェット」を見て、久しぶりに心からそう思った。
ホンダの創業者、故・本田宗一郎氏が「軽飛行機の設計を募集」という新聞広告を載せたのが1962年のこと。まだ四輪車の生産すら始めていないのに航空機の設計者を募集するなんて、いかにもホンダらしいエピソードだが、実際に航空機開発プロジェクトが動き出したのは1986年――。
そこから数えても、実に30年近い年月を経て、ついに創業者の「夢」が空へと飛び立ったのだ。
■“ジャパンDNA”を持つビジネスジェットの誕生
ホンダがアメリカに設立した「ホンダ エアクラフト カンパニー」で製造するホンダジェットは6人乗りの小型ビジネスジェット機。機体とエンジンの両方をひとつのメーカーが手掛けるのは航空業界でも異例のことだという(搭載するターボ・ファン・ジェットエンジンはホンダと米GEが50対50で共同出資したGEホンダ・エアロエンジン社製)。
航空・旅行アナリストの鳥海高太朗氏は次のように語る。
「アメリカで製造されていますが機体、エンジンともに初期開発から一貫してホンダが取り組んでいます。独自の技術を注ぎ込んで完成した“ジャパンDNA”を持つビジネスジェットの誕生といっていい。これは日本の航空業界にとっても画期的な出来事です。
独自のアイディアやデザインのセンスにも随所にホンダらしさ、日本のモノづくりの良さが活かされている。顧客のニーズを大切にする姿勢と、質の高いアフターサービスを組み合わせれば現在、開発が進む小型旅客機のMRJ(三菱・リージョナル・ジェット)と共に今後、日本が国際的な航空機業界に切り込んでゆくためのブレイクスルーとなると思います」
ホンダが成し遂げた画期的な離れ業
そんなホンダジェットの最大の特徴は、主翼の上面にふたつのエンジンを配置した独創的なデザインだ。このクラスのビジネスジェットでは通常、機体後方にエンジンを配置するのが一般的なのだが、ホンダはそのエンジンを翼の上に配置するという画期的なアイディアで高速飛行時の抵抗を大幅に削減。
しかも、胴体前のエンジン支持構造をすべて取り払うことで機内の居住性と燃費、速度も大幅に改善するという離れ業をやってのけた。
開発当初はエンジン搭載方法について、既存の航空業界関係者から「ホンダはなんてバカなことをやっているんだ」と言われたこともあったという。しかし、開発を指揮したホンダエアクラフトの藤野道格(ふじの・みちまさ)社長は、
「既存機のようにエンジンを後ろに配置しても3%とか5%の性能改善はできるが、ホンダがやる以上、今までにない新しい価値を生み出さないと意味がない」と試行錯誤を繰り返して自らの理論の正当性を証明。この技術で2012年にはアメリカ航空宇宙学会が選ぶ権威ある賞「エアクラフト・デザインアワード」を日本人として初めて受賞している。
この独創的なアイディアに加えて、最新の空力研究の成果を活かした自然層流翼デザインや炭素強化プラスチックを使った複合材による軽量な機体構造など多くの先端技術が注ぎ込まれた結果、ホンダジェットは
「同級のビジネスジェットと比較して圧倒的な速度性能となる420ノット(時速778km)を達成しながら燃費を17%も改善。飛行高度は同級他機の4万1千フィートに対して、ホンダジェットは4万3千フィートまで上がることができる」(藤野社長)という。
また、独自のエンジン配置が生み出した広いキャビンと静寂性の高さも魅力で、正式デリバリー開始を控え、すでに100機を受注済み。小型ビジネスジェットの需要が多い北米やヨーロッパに加え、今後は中国などアジア市場への拡大が期待されている。
会社のお荷物のように語られていた?
86年のプロジェクト立ち上げ時から約30年に渡り、一貫してホンダジェットの開発に取り組み続けてきた藤野社長。自動車メーカーがジェット機を、それもエンジンと機体の両方をゼロから手掛けるという、この一見「無謀」にも思えるようなプロジェクトは、社内で何度も「打ち切り」の危機に直面したらしい。
筆者も第三期ホンダF1の取材をしていた頃、社内の関係者がホンダジェットのことを「会社のお荷物」のように語っていたのを聞いたことがある。だが決して諦めずにこうして「夢」を「現実」へと変え、それも「個性的」で「高性能」な商品として実現する…。
羽田の格納庫でホンダジェットの美しい機体を間近にしながら本当に久しぶりに創業者の本田宗一郎に繋がる「ホンダスピリット」の神髄を見た気がした。
F1への復帰やビートの再来といわれるS660、そして年内にも発売される予定の新型NSXなど最近のホンダは「ホンダらしさ」への回帰を積極的にアピールしているようだ。
もちろん、それも決して悪くはないけれど「回帰」というのは「帰るべき過去」があるってコトで、そこに「ゼロから何かを生み出す」というエネルギーは感じられないのも事実。
エンジン付きの自転車みたいな二輪車を作っていた時に「マン島TTレース制覇」を宣言し、軽トラックを売り出したばかりの自動車メーカーがF1に参戦し、その当時にはすでに「空への夢」を思い描いていた…。
そんな、ある意味メチャクチャともいえる挑戦心とそれを「形」にするモノづくりへの情熱こそが人々を感動させ「ホンダ」という社名を特別なものにしてきた「スピリット」なのだということをこのホンダジェットは感じさせてくれるのだ。
ちなみに現在、世界各地の空港でデモ飛行などを行なう「ホンダジェット ワールドツアー・イン・ジャパン2015」を開催中。5月2日、3日は岡山の岡南飛行場、最終日となる4日には成田国際空港に飛来する予定だ。
(取材・文/川喜田 研 撮影/池之平昌信)