09年に導入されたエコカー減税も燃費不正問題の遠因といえる。対象車以外は見向きもされない風潮が過度な燃費競争を生んだ

三菱に続き、なんとスズキの燃費不正も明るみにーー。もちろん不正はあってはならないが、国が定める燃費測定法に目を向けると、そのルール自体にも少なからず問題がある!?

■惰行法より効率的な「スズキ方式(?)」

三菱自動車(以下、三菱)に端を発した一連の「燃費データ不正」問題は、スズキにも飛び火した。

三菱の不正を受けて、国土交通省は自動車メーカー各社に社内調査を指示。その結果、スズキが「実はウチも…」とカミングアウトすることに。スズキも三菱と同じく、燃費データに使われる「走行抵抗値」を偽装。定められたルールを守らずにデータを提出していたのだ。

もっとも、燃費の計測そのものは、国が立ち会って行なわれる厳正なもの。公的な試験場で、各社の腕利きドライバーが決められた走行パターン(JC08モード)で走らせて計測する。

ただし、計測は屋外ではなく、計測するための環境条件が整った屋内試験場の計測台にクルマをセットして行なわれる。JC08モードの規定では測定の際に勾配やカーブがあってはならないし、風や気温、湿度などの条件も統一する必要があるからだ。

そこで計測したデータに、屋内の計測台上では再現できない空気抵抗、タイヤの転がり抵抗、各部の摩擦抵抗などの「走行抵抗値」をかけ合わせて、最終的な燃費がはじき出される。三菱とスズキは、その走行抵抗値を本来と異なる方法で計測、あるいは算出していたのだ。

特に三菱は、その数値を燃費がよくなるように編集(もしくは改竄[かいざん])していた。

対してスズキは、不正には変わりないが独自のやり方で値を出していた。走行抵抗値は本来、国が定めた「惰行[だこう]法」と呼ばれる方法を使い、各メーカーが自主計測して国交省に提出することになっている。スズキのやり方は、車両開発で使用する風洞実験での空気抵抗値、そして各部品の個別の抵抗値を「合算」することで値を出していた。これは欧州などでは普通に行なわれている。

そして、スズキが出したその値と国のルールに則(のっと)って計測した値との差は、誤差の範囲内(スズキによると5%未満)だった。しかも、結果的にはスズキの値のほうが大きかった(=燃費にはもちろん不利になる)ことから、スズキは販売中のクルマの燃費データの修正も不要と主張する。

これが本当なら、「悪質性」という意味では三菱より罪は軽く、スズキには販売停止などの厳しい処分は科されない可能性が高い。

カタログ燃費は無意味な数字!?

さて、今回のキーワードである「走行抵抗値」は、グレードや装備によっても変わる。しかも1車種につき10パターン以上も計測しなければならないケースもあり、悪天候では計測できないこともある。実際の計測はとにかく手間がかかる作業らしい…。

ここで「らしい」と書かざるをえないのは、走行抵抗値の計測はすさまじく専門性が高い分野だからだ。我々、素人が聞きかじったくらいでは理解不能で、自動車メーカーの技術者でも専門外だと実態をほとんど把握していない。三菱やスズキの記者会見でも、ずっと質疑応答が噛(か)み合わず、どこか滑稽(こっけい)だったのは、そのせいもある。

スズキの鈴木修会長は不正発覚直後の会見で「悪意はない」「(惰行法は)バラツキが多い」「(自分たちの方法は)欧州では認められている」と語っただけでなく、「タイヤなど正規の品は発売ギリギリまで納品されず、完成車を惰行法で実測するのは、時間的にもコスト的にも厳しい」といった趣旨の、ある意味で逆ギレに近い発言までして吠(ほ)えた。

きっと、この百戦錬磨のカリスマ経営者は「惰行法は手間がかかるし、そのデータは日本の認証にしか使えない」と愚痴をこぼさずにはいられなかったのではないか? あえてスズキの肩を持つなら、厳密な風洞実験や各部品の正確な数値からはじき出すスズキ方式(?)のほうが、よほど効率的ともいえるのだ。

■エコカー減税が燃費競争を助長

また、今回あらためて沸き起こった議論に「日本のカタログ燃費なんて、そもそも誰にも出せない無意味な数字じゃね!?」というのがある。これは普段クルマに乗る人なら誰もが実感していることだ。

もっとも、燃費の計測モードは2018年からJC08に代わって、世界基準となる国際調和排出ガス・燃費試験法(WLTP)が日本でも導入される予定だ。WLTPに含まれる新しい走行パターンはWLTC(世界統一試験サイクル)モードと呼ばれ、日本を含めた世界主要国の実走行データを基に策定されている。WLTCはJC08より走行距離が長く、速度も高く、より強めの加速も要求している。同じクルマならWLTCはJC08より燃費が悪化することになり、「その値は、日本の交通環境においても実燃費に近づく」と予想される。

WLTPでは走行抵抗値の計測法も統一される可能性が高いが、世界のトレンド、計測の手間、正確性を考えると、すでに欧州で浸透しているスズキ方式(?)が最有力だろう。

国産エコカーを誕生させるなら燃費政策をリセットするべき

このように、今の日本は時代遅れのガラパゴスな燃費測定法を放置している。そして、それを基準にしたエコカー減税(国交省が定める燃費の基準値をクリアしたクルマに対する税金の優遇制度)が幅を利かせて、過度な燃費競争を助長してきた面は否めない。

もちろん、不正行為は批判されるべきだが、今回の騒動は、国のかじ取りにも責任の一端はあるのではないだろうか。クルマの進化や環境性能を後押しする政策は必要なのもわかる。しかし、09年に導入されたエコカー減税は、そもそもリーマン・ショック時の景気対策がスタートであり、環境政策としては歪(いびつ)な面も多い。

本当の意味で世界に冠たる国産エコカーを誕生させるなら、今回の不正で三菱とスズキをつるし上げるだけではなく、すぐに日本の燃費政策をリセットするべきだろう。メーカーの足を引っ張るような時代遅れの政策で、伝統も技術もある企業を潰(つぶ)しても何もいいことはないと思う!

●惰行法とは何か?一定速度でギアをニュートラルにして、車速の落ちる時間からクルマ全体の走行抵抗を算出する方法。日本では時速20キロから90キロの範囲で、10キロごと8つの基準速度でテストコースを3往復、その平均値を出すことを求めている。三菱は、アメリカで採用され、より速度域が高く計測時間の短い「高速惰行法」を基にして、さらに数値を改竄していたという

(取材・文/佐野弘宗)