ニッポンには人を大切にする“ホワイト企業”がまだまだ残っている…。連載企画『こんな会社で働きたい!』第13回は、東京・新宿区にある「日本レーザー」だ。
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産業用レーザー機器の輸入・販売会社「日本レーザー」は〝人を大切にする経営〟が高く評価され、第一回『日本でいちばん大切にしたい会社』大賞、第三回『ホワイト企業大賞』、経済産業省の『おもてなし経営企業選』など数々の賞を獲得している。
社員を大切にしている会社かどうかは残業時間に表れやすい。日本レーザーはどうだろう? 近藤宣之(のぶゆき)社長はこう話す。
「残業は月40時間までと決めています。社員の平均残業時間は内勤者で月10時間程度、営業マンなどの外勤の場合は25時間ほど。定時は17時30分ですが、残業代は本人の申請により15分単位でつけています。サービス残業はありません」
同社は23年連続黒字の優良企業としても知られている。黒字経営の秘訣は?と聞くと、「社員のモチベーションが10割。社員の成長がなかったら会社は成長しませんから。だから私は社員とよく話をし、“ヨイショ”することも忘れません」と語る。
そんな日本レーザーには社長室もない。すべての社員がデスクを並べるワンフロアの角っちょに近藤社長の席がある。仕切りもない。取材時、ある社員が神妙な面持ちで仕事の報告にやってきた。だが、資料を指差しながら話が進み、社長の顔がほころぶとその社員も笑みを浮かべ、遠目から見るに仕事の報告は談笑に変わった。
「私はいい報告は笑顔で聞き、悪い報告はもっと笑顔で聞きます。社長がしかめっ面をしていたら、社員は悪い報告は隠して、いい報告しか挙げてこなくなるでしょう? 逆に、社長がいつも笑顔でいると、社内の空気は明るくなる。笑顔は社長の仕事なんですよ」
そう話す近藤社長は「社員全員の顔と名前を覚えている」と言った。社員数55人程度の小規模な会社なんだから、それもフツーでは?と思ったら、「給料もTOEICのスコアも家族構成も、今、何に悩んでいて最近どんな嬉しいことがあったかも全部把握しています」というから驚かされた。
「社員のモチベーションを高めるには、社長や上司が個々の社員と向き合うことが大切。そこで10年前から始めたのが“今週の気づきメール”です」
毎週金曜夜までに「その週に自分が気づいたこと」を自分の上司や担当役員にメールで報告し、受け取った上司は必ず返信するというのが“今週の気づきメール”。仕事上の気づきだけではなく、日常生活での失敗談、ミス、病気、ケガ、不快な出来事など内容はなんでもOK。社員と上司のメールのやりとりは、すべて近藤社長に転送される。
そのため、社長の元に届く気づきメールは週100~125通にもなるそうだ。「全部読むのは結構大変で、金曜夜に届くことも多いから土日に自宅で読むのが日課になっていますよ」とのこと。「社長自ら休日仕事なんて大変ですね?」と返すと「いやいや。去年の秋からは“今週の頑張りメール”も始めました」というからこれまた仰天した。
実際に“今週の頑張りメール”を見せてもらうと、『H社からパワーメーター関係で2件の受注を取りました』といった仕事の報告もあれば、『私事ですが、母の介護、孫の子守りを頑張りました』といった心温まる身の上話もあって、中には『A社から依頼アリ。「明日、すぐに来てほしい」と相変わらずのムチャぶりでした。無理な予定を入れると他の仕事ができません』といった愚痴っぽいメールも(苦笑)。
最初に近藤社長が「社員とよく話す」と言った時、正直、「社長と社員で会話がもつのか?」なんて訝(いぶか)しく思ったのだが…「メールから社員がどんな日常を送り、何を考えているのかを把握できるので会話のネタには困りません(笑)」。
社員が高待遇な引き抜きにも応じないワケ
休日に百通以上ものメールを読破するという面倒くさそうな作業にも労を厭(いと)わず、それを毎週継続しているのはこういう理由もある。
「毎週のメールから社員の成長を感じることもあるし、上司と部下の関係もよく見えるし、あ、この社員は今、落ちこんでるなってことまでわかります。私はね、『わが社の社員は』なんて十把一絡(じゅっぱひとから)げにはしたくなくて、社員ひとりひとりにちゃんとフォーカスしてあげられる経営者でありたいと思っているんです。それがいい会社ってもんでしょ?」
ひとりひとりにフォーカスして、会社のために働くモチベーションを高める。近藤社長がすごいのは、その気遣いがきめ細かく、会社の隅々にまで行き渡っていることだ。
また、一般企業の会社員によくある不満のタネといえば、給与査定だろう。そこにありがちな問題についてはこう話す。
「『今期のボーナス額が低かった』と不満を漏らす部下に、課長は『いや、おまえは頑張ってるから俺は部内トップのA評価を付けたんだ。でも、人事課のほうが全社的な調整もあってB評価に下げたんだよ』と人事のせいにする。私はこれ、とんでもない話だと思うんです。
課長がAと付けたなら、人事もAを付けるように説得しなきゃいけないし、人事がBと付けたなら、課長は自分がBにしたと本人に言わなきゃいけない。社員にとっては人事も課長もない、会社に評価されていると思っているわけですから。その社員に対する評価が割れたまま給与額やボーナス額を決めるって大問題でしょう」
社員からすると、人事評価制度が不透明でよくわからないという点も不満のタネになるということだろうが、日本レーザーならこうやる。
「年2回、会社理念の体現度、働き方、全社結束、英語力の4つのカテゴリーを30項目に分け、300点満点で給与額を決めます」
その30項目とは、例えば理念の体現度なら『常に明るく笑顔で人に接している』、働き方なら『常に温かく、思いやりを持った言葉を発信し、人に気遣いをしている』といった具合だ。この会社らしいのが『上司やトップに異論がある場合は、遠慮なく自分の考えを進言している』が評価項目に含まれている点で、「ウチでは『社長! その考え方は間違ってる!』と上にたてつく社員のほうが評価が高くなるの」と近藤社長は笑った。
評価は全役員5人が全社員の各項目について10点満点で点数化するが、先ほどの話で、社員に対する評価が割れた場合はどうするか。
「徹底的に話し合って点数を決めます。だから、社員55人すべてを評価するのは時間がかかり、以前は1泊2日の合宿をやって夜中まで話し合いをしていました。評価後は必ず担当役員が本人と30~40分の面談を行ない、直接説明。『なぜ、この支給額になったのか』を評価表を示しながら明確に説明します」
そこに不満は出ないのだろうか? 営業社員のひとりは「大体、会社の評価と自分の評価は一致するので不満はないですね」とサラッと言い、近藤社長も「会社の評価が自己評価が下回り、『思ってたよりボーナス額が少なかった!』となるケースはほとんどありませんね」と自信たっぷりに話す。一体どういうわけだろう?
「毎日『クレド』を読んでいるからですよ。これは“働き方の契約書”のようなもので、当社のクレドには理念を体現する社員の条件や働き方の基本などを明確に示しています。どういうふうに働けば評価されるかを社員自身がよくわかっているんですよ」
その評価の結果、社員間の給与差が大きくなるというのも意外だった。「40歳で年収1千万円を超えている執行役員がいれば、彼と同じ学歴、年齢で年収500万円止まりの社員もいる。上と下で大体、1.5倍から2倍の給与差が出ますね」と、一般企業に比べて実力主義の要素をたぶんに取り入れている点も同社の特色なのだ。
「この業界は社員の獲り合いが激しくてね。優秀な人材が引っこ抜かれるリスクが常にあるんです」
実際、数年前には海外メーカーの日本法人のヘッドハンターが業績上位数名の社員に接触、『現在の2倍の給与を提示してきた!』との情報が社長の耳に入った。「でも、全員がウチの会社に残ってくれましたね」というが、給与倍額なのに?
「確かに、転籍した初年度はそうでしょう。でも、翌年度以降に倍の給与額がキープされるか、雇用を守ってくれるか?といえば、その保障はどこにもない。それならこの会社に残ったほうが安心だということを彼らはよくわかっているんですよ」
なぜ成績下位の社員こそ“会社の宝”?
そう話す近藤社長は「成績下位の社員こそ、“会社の宝”」という。
「会社組織には、上位2割、中位6割、下位2割の法則があって、それはウチの会社でもそう。下位2割には、他の社員におんぶに抱っこの社員や、腎臓がなくて、週3回の透析の日は早く帰らなきゃいけない社員などいろいろいます。
でも、私は絶対に彼らの肩を叩かない。突然の病や親の介護で仕事に打ち込めなくなり、下位2割に落ちるリスクは誰にでもあるでしょう? そこでリストラなんかしていたら上の社員は“いつか自分も…”と不安になったり、疑心暗鬼に陥ってしまう。逆に、どんなに成績が落ちても“雇用は守られる”と思えれば、会社に尽くすようになります」
下位2割の社員は、社内でそのことを気づかせてくれる存在。「だから宝物なんです」と近藤社長は言う。
日本レーザーの定年は一般企業と同じく60歳だ。そこで一旦、退職金を支払う。ただ、その後も働き続けたい社員は無条件で嘱託契約社員として65歳まで働ける。さらに本人に働く意志があれば、70歳まで働ける再雇用制度も整えているが、近藤社長は「ゆくゆくは80歳まで働けるようにしたい」と言う。
能力に見合った給与を社員に与え、リストラは絶対にしない。そして、体が動かなくなるまで働き続けられる“生涯雇用”。この手厚いセーフティネットで“自分は会社に守られている”と思えることは、“会社のために身を粉にして働こう”という忠誠心にもつながる。実は、そこに黒字決算を23年間持続する力の源泉があった。
2012年12月、安倍政権が誕生し、輸出産業を復活させるために円安誘導の政策が始まると、1ドル=80円前後で推移していた為替は13年に1ドル=100円まで跳ね上がった。急激な円安は当然、専門輸入商社の日本レーザーに大打撃を与える。
「12年に16億円で仕入れていたものが翌年に20億円になり、たった1年でコストが4億円も増えました。当時の経常利益は約3億円だったので、放っておけば一気に赤字へ転落するリスクを抱えてしまったのです」
しかし、レーザー以外の新規事業や新規サプライヤーの開拓、ボーナスの一部カットや社員旅行の中止などの策を講じてこの危機を踏み応え、13年度には最終的に7100万円の経常利益を残した。
「社員のモチベーションを上げて、社員が徹底的に頑張るようになった、と。じゃあ、社員が頑張りさえすれば、どんなことがあっても利益をあげて会社を存続させる経営戦略を作るのは社長の仕事です」
ただ、不測の事態で窮地に追い込まれるリスクがつきまとうのも会社というもの。
「社員が頑張り、経営戦略に間違いはなくても、リーマンショックのような世界同時不況や大地震や急激な為替変動といった外部要因で会社がピンチに陥ることがあります。
その時に社長自身が『為替変動は自分のせいじゃない』などと他責で考えていたら、業績は落ち込み、会社は傾き始めます。当社が円安になっても黒字経営を続けられたのは、問題を自社の外側に置かず、『円安はどうしようもないけど、今、会社のために自分にできることは何か?』と、私を含めた社員全員が“自責の思考”で働き続けたから。会社がピンチになればなるほど、ウチの社員は“火事場のバカ力”を発揮してくれます」
黒字経営の秘訣は“社員のモチベーションが10割”。近藤社長のその言葉の意味がよくわかった気がした。
(取材・文/興山英雄、撮影/利根川幸秀)