「山崎12年」や「響17年」など、年数(エイジ)のついた国産ウイスキーは、今や希少な銘柄だ。今後ますます手が届かなくなる!?

国産ウイスキーの値上がりが止まらない。「山崎」「白州」「響」「余市」など、いずれも日本が世界に誇るラインナップが、今や庶民がおいそれと手を出せない価格にまで高騰しつつあるのだ。

“地元”の酒でありながら、気軽に飲むことができないこの理不尽…。ウイスキー業界では今、何が起こっているのか!?

■世界で高評価を得る日本のウイスキー

「『山崎12年』の場合、ウチでは数年前まで1ショット1300円で提供していましたが、現在は1800円まで価格を引き上げざるをえない状況です。それでも外国から来られたお客さまは喜んでオーダーされますが、以前の価格を知る日本のお客さまは、やはり渋い顔をされますね」

そう語るのは、都内で働くバーテンダー。こうした値上がりは、「白州」や「響」など、名だたる国産銘柄に共通する現象だという。

需要に供給が追いつかないほど人気が高まれば、価格が上昇するのは健全な資本主義経済の表れ。とりわけ昨今では、国内のみならず世界中でジャパニーズウイスキーが求められている。価格上昇は自然な流れというわけだ。

その起爆剤となったのは、国際的なコンペティションで、日本のウイスキーが続々と高評価を得てきたこと。

皮切りとなったのは2001年、「余市10年」が世界で最も権威あるコンテストのひとつとされる「ベスト・オブ・ザ・ベスト」で世界最高得点を叩き出したことだ。この快挙により、それまでウイスキー不毛の地と思われていた日本が一躍注目を浴びることとなる。その後、03年に「山崎12年」が「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ」で金賞に輝いたほか、「響」や「竹鶴」などの銘柄がコンテストを席巻、日本をウイスキー大国へと押し上げた。

その一方で、サントリーが仕掛けたハイボールブームや、NHKの朝ドラ『マッサン』が話題となり、国内市場にも着火。それが、「日本の酒飲みたちにウイスキーのおいしさをあらためて知らしめるひとつのきっかけになった」と語るのは、ウイスキーアドバイザーの吉村宗之氏だ。

「スコッチやアイリッシュと比べて歴史の浅いジャパニーズウイスキーがこれほど高く評価されるようになったのは、国内において長らく消費者のウイスキー離れが続いていたことと無縁ではないでしょう。日本のウイスキー市場は、1983年をピークに衰退の一途をたどり、2008年には底を打って消費量が再び上がり始めた経緯があります。08年以前の需要が減少していた期間、樽詰めされたウイスキー原酒が熟成庫で長い眠りについていたことが、期せずして芳醇(ほうじゅん)で上質なウイスキーが育まれることにつながったのです」

ウイスキーは熟成させることでその味を最大限に引き立たせるもの。低迷期があったからこそ程よく熟し、レベルアップしたというのは、なんとも皮肉な話である。

■この狂騒曲はいつまで続く!?

需要増によって価格が高騰するのは、ウイスキーに限った話ではない。

しかし、国際的な評価の高まりによって一気にブームが過熱したジャパニーズウイスキーは、愛飲家たちのニーズのみならず、投資家たちの視線をも引き寄せている。つまり、投機対象として買いあさられることで、値上がりに拍車がかかった側面があるのだ。

その結果、国産品でありながら今では「ひとり1本まで」と購買を制限している酒販店も多い。この狂騒曲はいつまで続くのだろう?

「現在のウイスキーブームを当て込んで、日本各地で続々と新たな蒸留所が建設されていますから、ジャパニーズウイスキーの人気はまだまだ続くものと予想されます。その一方で、大手メーカーでは深刻な原酒不足が生じているとの情報もあり、今後もこれまでのクオリティを保ちながら需要を満たしていくのは難しいかもしれません」(吉村氏)

大手メーカーでは深刻な原酒不足が生じている

酒販店の国産ウイスキーの棚には写真のような注意書きが張られていた。小売店でも十分な在庫の確保が難しくなっているのが国産ウイスキーの現状なのだ。

例えば、07年に埼玉県に設立されたばかりの秩父蒸留所が生産する「イチローズ・モルト」は、すでに世界で数々の受賞を果たし、国内外で人気銘柄としての地位を確立している。

実際、都内ではこのイチローズ・モルトを求める外国人観光客も多く、「1ショット3000円でも飛ぶように売れる」(冒頭のバーテンダー)というほど。原酒不足に悩む大手に取って代わる“新興勢力”が次々に登場しては品薄状態に陥る、いたちごっこが始まっているわけだ。

国税庁によれば、昨年の国産酒類の輸出金額は過去最高を更新。特にウイスキーの輸出額は過去5年間で5倍以上に膨れ上がり、全体の数字を押し上げている。

2年後の東京オリンピックに向け、国際的に日本製品への注目がますます高まるであろうことを踏まえれば、さらなる値上がりは避けられそうもない。国産ウイスキーはわれわれの手の届かない存在になってしまうのだろうか…。

「日本人がジャパニーズウイスキーを楽しみにくい現状は、大変残念なことです。しかし、単に地元のウイスキーだからという理由だけで国産にこだわるなら、スコッチやアメリカンなどに目を向けてみてもいいのでは?」(吉村氏)

確かに、ただ「おいしいウイスキーが飲みたい!」という欲求を満たすためなら、値の張るジャパニーズにこだわる必要はないだろう。

ウイスキー全体に視野を広げれば、大麦を原料とするモルトウイスキーのほかにも、トウモロコシや小麦、ライ麦などの穀類を原料としたグレーンウイスキー、両者をブレンドしたブレンデッドウイスキーにも人気銘柄は多い。

「例えばキリンの『富士山麓 樽熟原酒 50°』などは非常にクオリティが高く、コスパがいいことで知られています。自宅で気軽に楽しむのにオススメですよ」(吉村氏)

希少銘柄を求めずとも、おいしいウイスキーは味わえる。願わくは、この高騰の余波が庶民のための「角」や「ブラックニッカ」にまで及ばないことを祈ろう!

(取材・文/友清 哲)

吉村宗之(よしむら・むねゆき)試飲のできるリカーショップ「M’s Tasting Room」の運営に携わり、ウイスキー関連のイベントでは講師やアドバイザーも務める。著書に『うまいウイスキーの科学』(ソフトバンククリエイティブ)など。