ニッポンには人を大切にする“ホワイト企業”がまだまだ残っている…。連載『こんな会社で働きたい!』第23回は、東京都内を中心に10店舗の美容室を展開する株式会社Lond(ロンド)だ。
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ロンドは、日本美容専門学校の同級生だった6人が、それぞれ都内の有名サロンでアシスタントやスタイリストとしての経験を積んだ後、2013年に27~28歳という若さで設立した美容室チェーンだ。6人が共同代表というスタイルをとり、現在は都内では銀座エリアを中心に8店舗、名古屋とインドネシアのジャカルタに各1店を展開する。
全国約3万6千店のサロンからネット予約上位の店舗を表彰する『ホットペッパービューティーアワード(ベストサロン部門・6~9席の部)』では17年と18年に2年連続全国1位を獲得、今や業界で一躍注目される会社になった。
市場規模2兆円ともいわれる国内の理美容業界にあって、最大手の会社の年商が約320億円なのに対し、ロンドは目下5億円程度とその足元にも及ばないが「業界No.1の年商を達成する」ことを経営目標にし、社員にもそう公言している。
そして『従業員の物心両面の幸福を追求することを経営の軸とする』との経営理念の下、創業以来、“従業員第一主義”を貫いているのも特色だ。
実際、離職率が7割~8割ともされる業界にあって、創業時から現在までに辞めた従業員はゼロ。共同代表のひとり、石田吉信さん(32歳)がこう話す。
「私を含めて代表6人はそれぞれ独立前に有名サロンや大手サロンに就職していたのですが、そこで目にしたのは美容師の離職率の高さでした。最初は一人前のスタイリストになって自分で店を持って…と憧れを持って働いていたのに、いつしか『つらい』『辞めたい』といったネガティブな気持ちに変わってしまう…。
それをこれまでの美容業界では、働くモチベーションが低いとか根気が足りないなど『会社を辞めるのは個人の問題』と考えてきた節があります。でも、それって必ずしも本人だけじゃなくて、会社の側にも問題があるんじゃないかと6人みんなが同じ思いを持っていました。だからこそ、従業員の物心両面の幸福を追求すること、“従業員が辞めない組織”を作ることを最優先に考えてきたんです。
お客様と接するのは従業員。ボクたち経営者じゃない。その従業員の目線に立てば、“自分が幸せじゃなきゃ、お客様を幸せにする”ことなんてできないでしょう」
そこで彼らはいかに、美容師が辞めない会社を作り上げてきたのか?
ひと言でいえば、過酷な労働環境で離職率が高い、その他の多くの美容室チェーンとは真逆の経営を実践してきたということになる。給与、福利厚生、社員育成の3つの側面から見ていこう。
まずは給与面。厚生労働省の平成29年賃金構造基本統計調査によると、理美容師の平均年齢は31.2歳で、平均月収は23万3千円、年間賞与は5万7900円。そこから平均年収を算出すると、285万3900円となる。
もっとも、この統計は従業員10人以上の会社を対象にしたもので、5人以下の零細会社や個人店が多いことを考えれば、平均収入額はもっと下がるだろう。石田さんによれば、「スタイリストでも手取り15万円以下という店もある」のが実情だ。
徒弟制度の風習は取っ払う!
一方、ロンドには約70人の従業員がいて、スタイリストの平均月収はなんと、約60万円。その理由のひとつは給与体系にある。
美容師の給与は「固定給+歩合給」で算出されるケースが多く、ある美容室チェーンで働くスタイリスト(32歳)の場合、固定給は20万円程度、歩合は10%。歩合給は客から指名を受けて担当した分に付くもので、月100万円売り上げたら10万円、50万円なら5万円になる。
ロンドの場合は完全歩合制で、歩合率は業界トップクラスの『40%』。ひと月に担当した指名客の総売り上げ×0.4で月給が決まるが、売上額が60万円以下のスタイリストには24万円の最低保証給が付く。極端な話、指名売上げが1円でも24万円が支給されるという体系だ。これにシャンプーなど店内で販売する商品を客に売った場合につく店販歩合や、非喫煙者手当てなど各種手当ても加算され、アシスタントも初任給で18万円~と、他の美容室ならスタイリスト並みの設定。
この高い給与水準にはワケがある。
「他の美容室チェーンに比べれば、この会社は経営陣の給与が少なく、代表より高い報酬を得ているスタイリストもいます。この業界には経営幹部全員がフェラーリに乗っているような会社もあって、それも美容師にとっては憧れでしょうけど、経営陣が報酬を取り過ぎてしまったら従業員も困るし、会社も大きくなりません。だから収益の配分を従業員の給与に還元したり、出店コストに投資したりすることを優先し、自分たちの報酬は“二の次でいい”というのが共同代表6人の共通の思いです」
次に、福利厚生を見てみよう。
前提として、美容室業界では社会保険の加入率が20%とも言われ、特に健康保険や厚生年金保険の未加入率が高いのが実情である。その理由は従業員に保険料を払う余裕がないサロンが多いこと、保険料を払うくらいなら「手取りを増やしてほしい」といった従業員側の要望が強いこと、正社員ではなくフリー(個人事業主)の美容師を所属させる業務委託型のサロンが急増していること…などが挙げられる。
だが、昨今の就職活動は親が口を出す時代。子どもが「あの店で働きたい」と思っても、社会保険すら完備されていなければ親が引き留め、さらにいえば「美容専門学校が社会保険未加入の会社の求人を扱わなかったり、社保完備の会社しか生徒に勧めなくなっている」(石田さん)傾向も強まっている。
これが美容師不足に拍車をかけることにもなっているのだが、ロンドの場合は従業員全員が正社員雇用で、しかも創業時から社会保険に加入している。
「私の経験上、美容師は5年もやれば腰痛になるとか手荒れに悩むとか、いろんな身体の問題が出てきます。それに、もしケガをして1ヵ月間出勤できなくなれば、収入がゼロになる。そこで社会保険に入っていなければ生活は破たんしますし、女性なら産休、育休の手当てを十分に得られない。ワークライフバランスを考えれば、社員の保険料の半分を負担しなきゃいけないことを考えても、会社として社会保険を完備することは当然かと」
ロンドでは現在、4人の女性スタッフが会社から手当てを受けて産休や育休に入っている。さらに、産休・育休のブランク明けでも働きやすく、現在では仕事と育児を両立しやすい子ども専門の美容室の立ち上げに向け、準備を進めているという。
なぜ「この会社は美容師の墓場」?
そして3つめに、従業員の育成だが…。
美容業界には徒弟制度の名残(なごり)も色濃く残る。オーナーや店長、先輩が言うことは絶対で、ロンドの共同代表6人もそんな徒弟制度の下で厳しい下積み時代を過ごしてきたという。そこには不条理なことも多く、例えば、石田さんが思い出すのはこんな体験だった。
都内の有名サロンでアシスタントだった20代の頃、カットチェアに座りながら鏡面を拭いていた。座りながらというのは「お客様が鏡を見る時も座っていますから、その目線で拭き掃除をするほうが汚れを見落とさない」との考えがあってのことだったが、「楽すんな。立って拭け」と、先輩スタイリストから注意された。そこで自分の考えを伝えると「アシスタントのくせに。やめさせんぞ」とすごまれたのだという。
店内でこうした“失態”を犯せば、朝礼や終礼といったスタッフが集まる場で罵倒されたり、別室に呼び出されて暴力的な圧力を受けることもあった。こうした環境で精神的に傷つけられ、サロンを去っていく美容師を何人も見てきたのだという。
だからこそ、ロンドではそうした徒弟制度の悪習を取っ払った。従業員に「会社のいいところは?」と聞くと、「社内が明るいこと」「人間関係でムダにストレスを抱えるようなことがない」など、職場の風通しの良さを挙げる声が多かったが、石田さんが気を付けているのは「叱り方」なのだという。
「誰かが仕事でミスをした時などは、何を、どこで、どのように、いつ、誰が言うかの5W1Hを大事にしています。他の従業員の前で叱りつけるようなことはしませんし、ついカッとなってしまったら、一度感情を抑え、ちょっと落ち着いたタイミングで『あの時さ』って話を振ったほうが伝わる場合もあります。叱るのもいいけど、相手に伝わらないと意味がない。そういうスタッフ教育のやり方については、月2回の副店長以上の幹部会で共有するようにしています」
これを甘いと見る人もいるだろうが、部下へのその気配りは徹底している。
「ボクはスタッフとの“サシ飲み”を大事にしています。直感で『あ、悩んでるな』と感じたスタッフから誘い、毎月10人くらいと1対1で飲んでいますね。そこで例えば『新人が思った通りに動いてくれない』なんて悩みを打ち明けられたら、『でも、新しいスタッフを入れられない美容室もあるのに新人教育が大変だなんて嬉しい悩みだよ!』って、ネガティブをポジティブにスイッチさせるように話を聞いてあげる。問題解決に取り組む以前に大切なのは、本人の気持ちを前向きにさせてあげることだと思うんです」
こうした風通しのいい上下関係に加えて、アシスタントからスタイリストに独り立ちするまでの時間が短いのも同社の特色だ。
一般的な美容室では、新卒の場合だと雑用から始まり、シャンプーの担当になって、カラー塗り、縮毛矯正、パーマ…とステップアップし、これらを経て初めてマネキンを使ったカットの練習に入り、カットモデルを何十人とこなした後、ようやくスタイリストデビュー。各段階には社内試験があって、入社からスタイリストになるまで早くて3年、遅い人だと5年以上かかるという厳しい世界なのだが…、
「美容学校ではカットの練習を毎日のように行ない、卒業する頃にはある程度のカットスキルを身に付けているもの。中には学生のコンテストで上位入賞した人もいる。でも、一般的なサロンの育成方法だと、ハサミを持つまでに何年もかかってしまうから、せっかく身に付けたカットの技術を忘れてしまうんですね。
また、中途採用の人も、前のサロンでスタイリストだった経験が考慮されず、またシャンプーからやり直し…なんてこともよくある。こうした風習が美容師の離職率を高める一因にもなっていると思います」
では、ロンドの場合はどうか?
「各種のスキルアップのための練習はすべて並列にし、新卒でもすぐにハサミを持たせ、カットの練習をさせます。だからウチの場合は入社から1年半から2年程度でスタイリストになれます。最近は大手サロンもカットデビューまでのカリキュラムを短縮する傾向にありますが、それでもウチのほうが1年程度は早いでしょうか。中途採用の人は経験を考慮し、問題がなさそうならすぐにカットを担当してもらいます」
スタイリストとして経験を積み、リーダー思考の強い人には新店を任せるといったサイクルで、創業から5年で10店舗まで増やした。美容師から店長や副店長といった幹部に引き上げる道を用意することで、上を目指す社員のモチベーションを引き出しているというわけだ。
中途採用で入社したという同社の社員(スタイリスト)はこう話す。
「これまで複数の美容室で勤めてきましたが、働く環境としてはロンドが一番ですね。ここを辞める時は、ハサミを置く時だと思っています。だから、スタッフのみんなとよく話をするんです、この会社は“美容師の墓場”だって(笑)」
給与が高く、福利厚生もしっかりしていて、新店の責任者を任してもらえる道もある。そこに働きがいがあるからこそ、離職率0%をキープできているというわけだ。そこで、次回はその好循環を生む同社の集客力の秘密に迫るーー。
★後編⇒美容業界“カリスマブーム”を反面教師に離職率ゼロ・高収入を実現する『ロンド』ーー共同経営者6人で戦隊を組む理想とは
(取材・文/興山英雄)