居酒屋チェーン「ライト・ライズ」の寺本幸司社長(左)と、社員の吉田そう樹さん

千葉県下で『とりのごん助』や『ひょっこりごん助』など居酒屋6店舗を展開するライト・ライズは、社員とアルバイトを大切にする経営を貫いている。その経営姿勢はまず、毎週月曜に行なわれる社員ミーティングに表れていた。

2時間、社員全員がひたすら自分の頭で考え、自分の意見を遠慮なく表明し、どんな意見であっても誰も「否定」しない。何より、誰もがミーティングを楽しんでいた(前編記事参照)。

取材依頼の際、寺本社長は「弊社は自慢できるほどのまっとうな会社じゃありません。ただ、その成長途上にいることを伝えてもらえるなら取材をお受けします」と伝えてきた。

これは謙遜ではなく、6店舗を統括する3人のチームリーダーも異口同音に「まだまだ成長過程」と答えた。チームリーダーの一人、薮内伸治さん(26歳)がこう話す。

「会社の利益の還元についても課題があります。たとえば、役職手当ひとつをとっても、副店長と店長のサラリーがほぼ同じだし、昇給や賞与の設定もまだ詰める必要があると思います」

ただ3人が口を揃えるのは、これまた寺本社長の言うように「会社は確実に進化している」ということだ。
 
もう一人のチームリーダー、吉田そう樹さん(29歳)は高校3年から大学4年まで店でアルバイトとして勤務。大卒後、ライト・ライズに入社した理由についてこう話す。

「教員採用試験にも合格しましたが、教師が僕のやりたいこととは思えなかった。自分が活き活きできることは何かを考えたとき、アルバイトの日々を思い出したんです」

だがその当時、寺本社長は「お前は夢を叶えろ」と、いったんは吉田さんの入社の意思を拒んだのだと言う。その頃、社内に大卒の社員はいなかった。寺本社長は、「大学で学んだ知識を活かせる場所で働いてほしい」と願ったのだ。

それでも吉田さんは複数の大学院への推薦もすべて蹴り、「バイトでもいいから働かせてください」と食い下がった。寺本社長は「本当にやるんなら、俺も腹をくくる」と納得するしかなかった。

こうして初の大卒の新卒社員として入社した吉田さん。それから2年後には統括マネージャーに抜てきされ、社長の右腕として各現場を取り仕切る......はずだった。ところが「僕自身、社員やバイトから好かれてもいなかったし、うまくいきませんでしたね」(吉田さん)。

チームリーダーの薮内さん

その当時、ライト・ライズは4店舗を展開、店長によって店の運営方針がバラバラだったため、社員の異動が難しかった。他店の社員は「よその人」。吉田さんが忙しい店舗にヘルプに行っても、「なぜ来るの?」と冷たくあしらわれたこともある。自身が働いていた店でも、古株の従業員とはうまくいかなかった。

次第に"居場所"が少なくなり、仕事へのモチベーションも下がった。フレックスタイムを都合よく利用し、仕事を放置して早退したこともある。そんなとき、「お前、今のままなら本当に居場所がなくなるよ。足元を大切にしてるか?」と寺本社長に告げられた。この言葉が転機となる。吉田さんは、「足元」=配属店に集中しようと決めた。

店の問題点は何か? 個々の社員やアルバイトが悩みを抱えていないか? 何を望んでいるのか? それらを探ろうと、毎日店に出て目配せを欠かさなかった。仕事に悩む社員がいれば、叱るのではなく、積極的に話し合いを重ねた。

この数年前から、寺本社長も社員の意識改革のために全社員と個別面談をし、現在の社員ミーティングの原型となる勉強会を開いていた。徐々に分かってきた個々の社員の現状や思い。同社はこのとき、個人店から企業に替わる転換期を迎えていたのだった。

寺本社長は勉強会を通じて、会社の最終利益や借金の総額なども全社員に公開し、利益を還元することを約束した。こうして、会社の雰囲気は好転に向かう。

その過程で、吉田さんらチームリーダーが気付いたのは、力量不足の社員がいたとしても、なぜそうなるのか?を分析すれば、必ず社員は伸びるということ。

「僕がこの会社で働いて分かったのは、周囲からの評価が低い社員には3つのパターンがあるということです。『やる気がない』、『できない』、そして『わからない』。最初の『やる気がない』は『やりたくない』ということですが、僕たちはそれを責めるのではなく『どうしてやりたくないの?』と尋ねて、相手の真意を引き出すことに努めます。

二つ目の『できない』は本人の力がまだ育っていないということなので、それなら僕たちは待ちます。社員やアルバイトが、力をつけてきたときに改めて仕事を振ります。最後の『わからない』については、簡単なことで、こちらから情報やノウハウを積極的にアウトプットすればいい」(吉田さん)

だから、ライト・ライズでは社員を叱り飛ばすことがない。

「ウチの特徴は、どんな失敗にも笑ってあげられること。そして、むしろ褒めることですね。たとえば、『お前のおかげで会社の課題が分かったよ!』とか。今、この会社ではそれが当たり前の"企業文化"になっています」(吉田さん)

寺本社長がこう続ける。

「弊社の方針は、"社員やアルバイトに楽しく働いてもらうこと"。みんなで考えて決めて挑戦することを繰り返しながら、会社を良くする努力を続けてきました」

その結果、学生のアルバイトが卒業後に社員として働く流れが定着していった。前出の薮内さんもその一人である。

料理の仕込みを行う従業員

薮内さんは大学1年の頃からアルバイトをしていたが、3年時には「会社が整っていない」ことを認識しながらも「だからこそ成長余地がある。卒業後はここで働く」と決めていた。

理系の大学に通い、航空宇宙工学を専攻していたが、それとはまったく別の道......。父親には「自己満足になるから駄目だ」と反対されたが、薮内さんの意志がブレなかったのはひとつに、"徹底して話し合える職場の環境"に魅力を感じていたからだ。

薮内さんが入社を決意した大学3年の頃、同じ店舗に正社員として配属されたのが前出の吉田さんだった。相手が正社員とはいえ、薮内さんにはアルバイトとして2年間、店を支えてきたというプライドがあった。そのため、店の運営方針の違いでよく口論したのだという。だが、言い争ってすっきりした。

「人が人を育てる職場にしたいという、目指す方向性が同じであることが分かったからです。そして吉田のいいところは、謝るべきところは謝るし、褒めてくれるところはきちんと褒めてくれたことですね」

また、週2日、寺本社長の自宅で行なわれる「アルバイト・ミーティング」の存在も大きかった。

これは、閉店後の深夜1時から、薮内さんも含めた4、5人のバイトリーダーが寺本社長の家で夜を徹して話し合いをするというもの。参加は任意だったが、店舗運営のノウハウよりも、「人はどう生きるのか」「どう生きたいのか」「では今、何をすべきか」といった熱い話で夜を明かした。

この徹夜の話し合いを「楽しかった」と薮内さんは振り返る。

「夜食は社長が作ってくれたし。他店のスタッフとも知り合える。この話し合いは互いのモチベーションを高めてくれましたね」

なぜアルバイト・ミーティングが必要なのか? この問いに寺本社長はこう答えた。

「僕らは、10代から20代前半という、自分の人生を自分で決めるという大切な時期の若者たちをお預かりしています。だからこそ、現在を楽しく充実して過ごしてほしい。誰だって『人から必要とされる人間になりたい』との思いで働きます。そういう人間に育ってほしいし、お金では得られない価値を提供したいんです。

今、世の中で精神疾患に掛かる方が多いのは、楽しく働いていないからです。僕たちはアルバイトの子たちに、ここで楽しく働くことで将来に希望をもってほしい。アルバイト・ミーティングは、互いの価値観を率直に交換し合うことで、自分の幸せ度を高めることができるんです」

同社には学生アルバイトに感謝を捧げるイベントがある。

毎年3月、長らく店舗を支えてくれた学生アルバイトのために、全店舗を休業して"卒業式"を行なうのだ。全スタッフが心からの感謝の念をバイトの"卒業生"に述べる。すると、誰もが感激の涙を流し、そして、巣立っていく。

一方、毎年10人程度が卒業していくアルバイトのなかで、3人程度がコンスタントに正社員として入社する。薮内さんも14年3月に"卒業式"を執り行なってもらい、そのまま会社に残った一人だ。

同社には「アルバイト・ミーティング」に加え、「社員ミーティング」もある。吉田さんに言わせると、この社員ミーティングは確実に「進化している」のだという。

まだ「勉強会」と称していた頃は、どちらかというと社長の"説法"だった。「社員ミーティング」とその名が変わってからも、出席は任意で毎回10名前後と小規模なものだった。これが劇的に変わったのは、2年ほど前。説法ではなく、寺本社長が"司会者"として議題を与え、一人ひとりが意見を出し合う方式に変えると、全社員が参加するようになった。

これはこれで、その風通しの良さに好評を得たが、課題はあった。

ベテラン社員と違う意見を若い社員がなかなか言葉にできないことだ。自然と、ミーティングは、マニュアル通りの回答が目立つようになり、意見を出す人と聞く人とに分かれていった。

そこで導入されたのが、寺本社長からの質問に、全員がそれぞれの記録媒体(ノート、付箋紙、タブレット等)に書き込んでいくこと。このシステムが稼働したのはつい3~4カ月前のことだった。

「そうすれば、意見を求められても、それを読み上げるだけなので、誰がどんな意見を出そうとも自分の意見を表明することができます」(寺本さん)

その効果は抜群だった。

ひとつに、全社員が違う店舗の社員と知り合えること。二つ目に、自分がどんな意見を表明しても、絶対に否定されないことがわかったこと。むしろ独自の意見には、全員から「よ!」と賛同の声が上がる。前編で取り上げた「お客様のレシートを褒める」アイデアもそうだったが、各社員の自由闊達な意見の表明は今や同社の"企業文化"になっている。

寺本社長がこう話す。

「いろいろと試したけど、このやり方が僕らのキャラに合っていました。社員は全員僕の弟や妹みたいなものですが、全員にピタリとハマりましたね。僕は自分がカリスマになるつもりはないけど、いつも思い描くのは、社員一人ひとりが自分の意思で楽しく動くことができる会社なんです」

その言葉どおり、ミーティングに参加する社員は誰もが楽しそうだった。

社員ミーティングの一幕

それは、人手不足が叫ばれる居酒屋業界にあって、"7年間離職者ゼロ"という数字にも表れている。それどころか、アルバイトを卒業して大企業に勤めても、「ライト・ライズこそが自分を育ててくれる」と戻ってくる人もいるという。

社員の一人、梅田真吾さん(28歳)は08年、大学1年生のときからキッチンのアルバイトに週4、5回入っていたが、大卒後は上場企業に就職。海外で人を活かす仕事をするという漠然とした目標があった。だが半年で辞めて、ライト・ライズに還ってきた。

「4年間のアルバイト時代、寺本がいつも言っている『会社と人とは共に育つ』という言葉が、本当にその通りだと実感したんです。友人たちは『会社は会社、プライベートはプライベート』と言うけど、僕は、働くという行為は人間を育ててくれる、それをサポートしてくれるのが会社だと思うんです。そういう会社を世の中に増やしたい。それを海外でやりたい。そう思って、上場企業に就職しました」

ところが、入社後まもなくして会社に不信感を持つようになる。

給料はよかった。福利厚生も申し分なかった。梅田さんが許せなかったのは、社員に子どもができたり、マイホームをもつと、即座に海外に3年間の単身赴任が命じられるという会社都合の制度だった。これでは家族がバラバラになるではないか。確かに出張手当は入るが、それが社員とその家族の幸せにつながるのか? そんな疑問を抱いた梅田さんは社長にこう訴えた。

「このままじゃ潰れます」
「お前に言われたくない」
「会社と人とが共に育たない会社が永続化するんですか?」

社長はここで黙り込んだという。

こんな会社では学ぶものがない。そして思い出したのは、寺本社長宅でのアルバイミーティングだった。徹夜で仲間たちと"どう生きるべきか"を何度も話し合った。徹底した話し合いで信頼関係は深まり、チームがひとつになっていくのは楽しかった――「戻ろう」。

梅田さんは「改めて学び直したい」とライト・ライズに入社した。寺本社長が喜んでくれたのは言うまでもない。

本稿に登場した4人の社員には共通点がある。「人を育てたい」という夢があることだ。ここでは2人のユニークな夢を紹介する。

まずは薮内さんの夢。

大学時代、夏休みなどを利用して、カンボジアの教育環境の整っていない村で日本語や英語を教えるボランティア活動を行なっていたというが......

「その活動を通じて、僕が見出した自分の特性は『教えるのが好き』『人を育てるのが好き』ということです。そこで、アルバイト先のライト・ライズに目をやれば、まさしく『人を育てる』現場があった。実は、僕には夢がありまして、カンボジアのようにこれから成長していく国々で、若い人たちの人材育成事業を会社の事業としてやることです」

薮内さんは14年の入社時に寺本社長とその夢を話し合ったという。そして会社でこう公言している――「27歳までには実現します」

なぜ、27歳なのか? 「寺本社長が独立した歳なんです(笑)」
 
一方、橋本祐太さん(24歳)の夢は「店長になること」。もうひとつは、農業だ。

「会社が農業に取り組むことに興味がわきます。スタッフが畑も手掛け、自ら収穫した食材を店で出す。体力が落ちた年齢層でも、畑で活躍できると思うんです」

実は、橋本さんがこの夢を"カミングアウト"したのは筆者が初なのだという。

そのことを伝えると、寺本社長は「お、それ、いいね!」と笑みを浮かべた。海外での人材育成事業や農業。本当にやりますか?と尋ねると、「時期はともかくも、社員のいいアイデアはどんどん取り入れたいです」とうれしそうに答えた。

最後に寺本社長は自社の事業をこう統括した。

「ウチの企業文化は『褒めること、素直に謝ること、元気な挨拶、丁寧な言葉遣い』、そして『失敗にも笑う』こと。だから、店が明るい。店員も積極的にコミュニケーションをとるから、お客様が何度でも来てくれる。あと、社員が辞めないのは、僕もそうだし、3人のチームリーダーも店長もそうだけど、誰かが絶対に社員やアルバイトを見守る努力をしています。見てくれているという安心感があるから、長いこと一緒に働いてくれているんだと思います」

最後に、寺本社長の夢とは?

「飲食業全体がもっと盛り上がるよう尽力したい。だって、飲食って本来は人を幸せにする仕事じゃないですか」
 
こんなエピソードがある。前出の梅田さんが上場企業を辞めてライト・ライズに就職したとき、梅田さんの親や知人はいい顔をしなかった。人手不足やサービス残業といったネガティブなイメージが飲食業にはあるからだ。ところがライト・ライズで2、3年働くと評価は逆転。ある日、店を訪れた親や知人が梅田さんの働く姿を見てこう言ったのだという。

「すげえ楽しそうだな」

誰もが認める"まっとうな会社"へ、ライト・ライズの挑戦は続く。

寺本社長