昨年の「フランクフルトモーターショー」での「OWL」。この時はまだ0-100キロが2秒だったが、その後、Sタイヤを履いて1.89秒を記録した

既存の自動車メーカー以外の参入も増え、盛り上がりを見せるEV業界。そんななか、日本から世界最速のハイパーEVが誕生した。それも人材派遣会社が開発? 気になる正体に迫った。

欧州からすでに50件超の商談が殺到

従来のガソリン車のように内燃機関を開発する必要がないことから、開発費などのハードルが低いとされているEV(電気自動車)事業。そのため、既存の完成車メーカー以外にも数多くの新規参入企業が開発を進めており、EV業界は世界的に盛り上がりを見せている。

大阪に本社を置く、技術系、化学系人材派遣会社の「アスパーク」も、EV開発に取り組む新参メーカーのひとつだ。

同社が2017年に発表したハイパーEVの「OWL(アウル)」は、今年2月に0-100キロの世界最速(つまり世界最高加速!)となる1・89秒を記録し、10月の「パリモーターショー」で本格的な受注を開始。生産台数は50台限定で、価格はナント4億6000万円! 20年にはデリバリーを開始するという。

それにしても自動車製造を経験したことのない企業が、ここまでラグジュアリーでハイパフォーマンスなマシンを世に送り出すのだから、夢のある世界だ。

とはいえ、やはりメカや内外装を自社でゼロから作り上げることは現実的ではない。アウルの場合は、実験段階では、フォーミュラの設計や、競技車両の部品製造などを手がける名門ファクトリー、イケヤフォーミュラ(栃木・鹿沼)が全面的に開発を支援。

現在は、ヨーロッパで市販化に向けた開発の真っただ中で、イタリアや英国をはじめとする数多くの部品メーカーのバックアップや、ミシュランなどの大手タイヤメーカーとも相談をしながら日々テストを進めている。

まさに老舗スポーツカーメーカーと遜色のない開発環境に置かれているアウル。いったいどんなクルマなのか。パリから帰国したばかりの吉田眞教(まさのり)社長に聞いた。

■最高時速は280キロ、航続距離は300km

──パリで受注を開始して反響はどうですか?

吉田 それがかなりの反響でして、おかげさまですでに50件を超える商談が進んでいます。

──4億円が50件以上も! 日本からの受注は?

吉田 それがまだ0件なんです。ZOZOの前澤社長にも買っていただけたらいいんですけどね(笑)。今は北欧、モナコ、フランス、ドイツ、スイスなどヨーロッパ中から問い合わせが来ています。

──しかし、なぜ人材派遣会社がこのような事業を?

吉田 もともと、クルマに限らずモノづくりをしたいという気持ちが学生時代からあったんです。でも、そうはいっても、人、モノ、カネがなんでもそろっているわけではないので、「じゃあ人が成長できる環境をつくろう」と。そこで技術者を派遣する人材派遣会社を起業しました。

株式会社アスパーク、吉田眞教社長

──モノづくりの答えがEVになったのはなぜでしょう。社長が大のクルマ好きとか?

吉田 好きですけど、マニアではないですね。

むしろ、ウチのエンジニアにクルマ関係に携わる人が多いというのが大きかったです。そして、開発予算を考えるなかで、パーツ数が少ないEVを選んだのは必然でした。

──でも、いきなり「世界最速」を目指すのはかなりキャラが濃いといいますか。

吉田 初めは、電動のゴルフカートやお年寄り用のひとり乗りカート、農機具などのアイデアばかりだったんです。でも、それじゃさすがにどれをやってもテンション上がらへんなと(笑)。それなら速いクルマを、それも世界一速いクルマを造ろうということになりました。

──デザインはどのように?

吉田 僕が自ら指示したところが多いですね。自分でランボルギーニなどのスーパーカーのデザインを10点満点で採点していって、それをベースにデザイナーさんがパターンを5つほど作ってくれました。そこから絞り込んで、調整していったという感じです。

ダイナミックなシルバーメタリックのボディに、上下に開閉するシザーズドアを採用。ほかのハイパーカー顔負けの迫力だ

──「最高速度」より「最高加速」にこだわる理由は?

吉田 最初は「速度」も考えましたけど、仮に飛ぶような速度のクルマを造ったところでどこを走らせるんだという話にもなりました。それなら「世界最高加速」を目指そうと。ちなみに最高速度は、280キロは余裕で出ます。

──世界最高加速の1・89秒とはいえ、すぐに抜き返される可能性もあるのでは?

吉田 タイムをまくられたら速いバージョンを造る可能性はあると思います。でも、思えばアウルの開発を始めた頃、世間には「EV=環境に優しい」という部分だけが強調されていて、速さを競うメーカーは少なかったですからね。今こうして競争が激しくなってきている流れは、逆に面白いなと思っています。

──一方で、航続距離もキモになってきますよね。

吉田 今の段階では、最低でも300kmは走るようになっています。これも伸ばしていきたいですが、あくまでも0-100キロの世界一が優先ですから、その条件に応じたバッテリーのサイズや量でなくてはならないと思っています。

それに、これはあくまでも予想ですが、このパフォーマンスだと、公道よりもサーキット専用で走らせるほうが多いのではないかと。もちろん、ナンバーはつきますけどね。

設定が左ハンドルのみということからも、欧州を狙って造られていることがわかる。右はオプションで用意の予定

──早く乗ってみたいですね。今後試乗の予定などは?

吉田 今の段階では、まだ一般の方が運転できる状態にはありません。プロトタイプも、タイヤとモーターの性能を確認する意味合いで造ったもので、中・長距離のテストもまだ行なっていません。

加えて、カーボンボディやシャシーの安全面のテストもこれからさらに詰めていく必要がありますし、場合によってはモーターの位置も変わってくるかもしれない。ですので、実際にアウルをお客さまに体感していただけるようになるのは、だいたい1年後の予定です。ぜひ楽しみにしていただければと思います。

●吉田眞教(よしだ・まさのり)
株式会社アスパーク、代表取締役社長。奈良県出身。京大大学院を修了後、大手派遣会社へ就職。その後独立し、2005 年に株式会社アスパークを設立。14年からアウルの開発に着手する