テレビ番組を見ていると、「これはドローン撮影だな」と思える俯瞰映像が増えてきた。ふと、空があるなら、海があってもおかしくないと思っていた矢先に、深海のドローン映像を撮影可能にした会社の存在を耳にした。
地球最後の秘境である深海をより身近にするために設立された筑波大学発のスタートアップ企業だとか。さっそく直撃してみた!
「ウチの会社のロゴに僕の想いを込めています。三脚魚という、僕が自分で見てみたい深海魚をモチーフにしたデザインなんです。正式名称はトライポッド・フィッシュ(イトヒキイワシ)。何と言っても僕らが作った水中ドローン1号機の名前はトライポッド・ファインダーですからね! こいつを見に行くのが、僕の最初のモチベーションなんです」
東京・秋葉原からつくばエキスプレスで約45分の学園都市つくば。筑波大学のキャンパスの一角にある、株式会社FullDepthの代表である伊藤昌平さんは瞳を輝かせながら、そう語り始めた。
子どもの頃から深海魚とロボットが好きだったという伊藤さん。中学の技術の時間、学内で開催されたロボコンで優勝したのがこの道に進んだきっかけなんだとか。両親の「まだ進路を決めるには早いのでは?」というアドバイスも振り切って工業高校に進学。その後、筑波大学の工学部へと歩みを進めた。
大学での専攻はロボット。その中でも電子回路を専門とした。そこからはますます公私ともにロボット漬けの日々。アルバイトでもロボット開発に関わり、卒業後はそのまま就職。産業用ロボットの開発に携わるようになった。
転機がやってきたのは2014年。勤務していた会社が兼業を認めると、伊藤さんは会社の業務とは別にロボットの製作を請け負うようになる。
「そこで本当に自分のやりたいことは何だろうと考えた時にたどり着いたテーマが"深海"でした。その思いを周囲に話す中で、背中を押してくれる人もいたりして、思いを強めていったんです。水中のロボットをやりたい、それが仕事になるなら一番頑張れる、と」
すると伊藤さんは、まずは水中のロボットにどれだけのマーケットがあるかを調べた。水族館、水産業、水中資源開発などなど、海に関わる仕事をしている人に会いに行く。需要は充分にあることが分かったが、さらに、あることに気づかされた。
「海洋調査がほとんど進んでいないんです」
なぜか? 海洋調査はとにかく障壁が高いからだ。いざ海洋調査をしたいと思っても関係省庁などへの認可届け出が多く、設備的な資金も莫大に必要だ。
「例えば海底1000mのところを調査しようとすると1日数百万円というコストがかかります。専用の調査船がいるし、自動車が買えてしまうくらいの値段のロボットが必要だし、それらを運用するスタッフの人件費もかかるわけです」
さらに海洋調査は、1回潜れば終わりというものでもない。例えば、ある海底を開発しようとすると、それによって環境が変わり、生物たちの生息分布が変わるかもしれない。そのような状況を何度も潜り、モニタリングしながら、開発をしても大丈夫な場所なのかどうかを判断しなければならない。
「手続きはまだしも、コストや設備を簡素化することができれば、海底調査のハードルも低くなるのではないか。そこに需要はあると確信したんです」
2014年に兼業をスタートさせた伊藤さんは、15年4月には深海事業の企画検討をスタート。さらに16年3月にベンチャーキャピタル2社から資金を調達し、今年6月、ついに水中ドローンのサービスをスタートさせる。
「1号機を完成させたのは16年7月。デザインや設計はすでに進めていましたから、3月に資金調達を受けた後はスピーディに開発できました。それまでは机上で水中ロボットを作っていたわけですが、1号機から期待通りのパフォーマンスを見せてくれています」
1号機のスペックは以下のとおりだ。
外形:W400×H500×D553(mm)
重量:約22(kg)
潜行可能深度:1000(m)
「1号機から1000mは潜れます。なぜその深度かというと、(前述の)三脚魚の生息域がそれくらいなんですよ(笑)。ただ、そう言っても業界の人はなかなか信じてくれません。実際に潜ってきた映像を見せても、ダメなくらいなんです」
というのも、同じ深さでも、海中の状況が場所によって激しく異なるからだ。伊藤さんたちはよく相模湾沖の海中でテストを行う。そこは比較的穏やかな海として知られているが、その環境で潜れても、他の海で1000mも潜れるかどうかはわからないというわけだ。だから既存の水中調査ロボットのほうが信頼性が高かった。
「これまでの水中調査ロボットは、有線で電気を送って動かすためにケーブルが太いんです。すると1000mもたらすとケーブルが海流に引っ張られてしまう。だから小型のロボットは潜れないということが業界の通説になっていました。でも、原因がわかっているなら改善できるはずだと僕らは考えたんです。ケーブルを細くすれば海流の影響を受けにくくなるし、その流れに耐えられるくらいの出力を持ったスクリューをつければいいと。それを実行したということです」
伊藤さんたちの水中ドローン「トライポッド・ファインダー」は船からの送電を止めた。バッテリーを搭載し、ケーブルは光ケーブル1本をつなぐだけ。それを防弾チョッキなどに使われる繊維で作った強度のあるケーブルに収め、極限まで細くした。
「実際に潜らせてみて、確かに海流から受ける影響は小さくないということを実感しました。業界の人たちが難しいというのもわかりました。でも、彼らが話していたように"海流に引っ張られて潜れない"ということはありませんでした。それにある程度潜ってしまうと海流も落ち着き、ゆっくりではありますが動くこともできます」
伊藤さんのこだわりはサイズにもあった。とにかく乗用車に積むことができ、人力で持ち運びができるようにしたかったという。
「本当はもっと小さく、軽くしたかったくらい。でも実際に海中でのバランスを見つけていく中で、ある程度のサイズが必要であることもわかりました。その方が機材も積みやすいですからね」
バッテリーは水中で4時間の連続稼働ができることを目指した。それだけ動けば、ランチタイムを挟んで午前と午後に仕事をすることができる。8時間稼働も考えたが、バッテリーが重くなりデメリットの方が大きかったという。
そうして完成した水中ドローンだが、今はどんな仕事をしているのだろうか?
「最初の仕事はダムの点検業務でした。同じころに、TBSの『アイ・アム・冒険少年』というテレビ番組の撮影協力などもありましたが、ビジネスで求められる深度は、浅いところがほとんど。深度300mくらいまでが99%と言っていい。水産関連とか、海底ケーブルなどのインフラ整備のための調査しました。もちろん、漁場の市場保全のための調査もあります。そういったことが我々ならかなりリーズナブルにできるというので、少しずつ興味を持つ方が増えている状況です」
最近はさらに浅い、水深40m程度の場所の仕事依頼も多いという。そこは潜水士の仕事場。ダムや港の様子を調べるのが仕事内容だ。
「潜水士さんたちが減ってきているんです。その上、彼らは1日に潜れる時間が決まっているから、できれば人間でなければできない作業だけに集中させたい。ゴミを撤去するとかですね。水中ロボットで海底の状態を調査し、障害物があるところをリサーチしてから潜水士の皆さんに潜ってもらう。そういう連携が取れれば効率的ですよね」
このように技術的な革新を起こした伊藤さんだが、東日本大震災後、悔しい思いをしたことがあったという。被災地の海を潜った潜水士から「あの時にこれがあれば、もう少し調べることができたのにな」と言われたのだ。
「平成30年7月豪雨の時も、お手伝いできたと思います。でも交通機関が麻痺していて、動けなかった。その時に痛感したのは、僕らの水中ドローンを普及させておくことが大事だということ。水中を簡単に調査できるということを、どこでも、当たり前のようにしておけば、助かる命があったかもしれない。そのためにも日本中の海に普及させたいと強く思っていますね」
空を舞うドローンに比べ、水中ドローンの歴史はまだ始まったばかり。しかし、まだまだ我々の知らないことが多い海中を、簡単に見るアイテムになる可能性を大いに秘めている。
「究極的には、自宅にいながらにして海中散歩が疑似体験できるようにしたいんです。リビングで"三脚魚"を探したり眺めたりすることができたら最高ですね」
■2018年に行われた相模湾深海調査の動画はコチラから!
小型水中ドローンとしては世界初の試みとなる深海1,000m域への潜水を達成。さまざまな深海生物の撮影にも成功しています!