『「通貨」の正体』の著者・経済学者の浜 矩子さん 『「通貨」の正体』の著者・経済学者の浜 矩子さん

アベノミクスを厳しく批判し日本経済に警鐘を鳴らし続ける経済学者・浜 矩子(はま・のりこ)さんの新刊『「通貨」の正体』が集英社新書から刊行されました。

誰もが日常で使用しながらその本質を理解していない複雑怪奇な存在「通貨」を徹底的に追究することで今後の世界経済の動きを予測する浜さんに、お話をうかがいました。

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■通貨を通貨たらしめているもの

――浜先生は新刊『「通貨」の正体』で、「通貨とは何か」という問題に真正面から迫っています。なぜ通貨をテーマとして取り上げようと考えたのですか。

 私はかねがね、通貨を問題にせずに経済を論じることはできないと考えていました。通貨は非常に厄介なもので、バブルや恐慌をもたらすなど、人間を翻弄します。まさに「通貨、この不可思議なるもの」です。そこでこの際、通貨を徹底的に追究してみようと思ったわけです。

通貨は複雑怪奇な存在ではありますが、絶対に押さえておかねばならない点は一つです。通貨を通貨たらしめているものは人々の評価だということです。

――人々の評価ですか。通貨を通貨たらしめているものは国家権力だとする説もありますが。

 法定通貨という言葉があるように、国家こそ通貨の裏付けだとする考えは広く受け入れられています。しかし、国家が通貨だと宣言すれば、必ず通貨になるわけではありません。

実際、国家が危機的状況に【陥/おちい】ったために、通貨が暴落するということは繰り返し起こっています。ワイマール共和国の最後もそうですし、最近ではアルゼンチンでも同じような光景が見られます。これは、いくら国家が自国の通貨を使ってほしいと考えても、人々が通貨と認知しなくなっているということです。

人々が通貨と認めなければ通貨にはなりえません。通貨の基本は人本位制なのです。

――通貨の裏付けは【金/きん】でもなく、国家でもないとおっしゃるのですね。

 通貨の裏付けは金だ、金本位制が大事なんだという時代もありました。しかし、実際は人の認識がすべて。多くの人がこれが通貨だと仮に想えばそれが通貨になる。つまり「人」本位制なのです。

これは言い換えれば、全ての通貨は仮想通貨だということです。我々は通常、ビットコインなどの電子的決済手段のことを仮想通貨と呼びます。しかし、人間が通貨と仮想(認知)したものが通貨になるのだから、いま世の中に出回っている通貨は全て仮想通貨と言うべきなのです。

そもそも国家権力自体、人々から認知されなければ権力として成り立ちえません。ここでも人々がどう認識するかが重要になるのです。

――しかし、通貨の裏付けが金であるとする説も有力です。ニクソン・ショックが起きたのは金とドルの【兌/だ】【換/かん】を停止したことがきっかけでした。もし金が裏付けでないならば、兌換を停止する必要はなかったのではないでしょうか。

 人類は金本位制の時代を経験してきました。ニクソン・ショックが起こった1971年当時は、その名残の時代でした。現代でも一朝有事の際に人々が金に逃げるのは、金本位制のDNAが残っているからです。

また、金は形を変えやすく、錆びにくく、溶かしても純分が変わらないという物理的特性があります。こうしたことが、金がいまなお準備資産の一角として位置づけられる理由だと思います。

しかし、これもまた、人々が金を通貨の最終的な裏打ちだと認知しているということにすぎません。金などお飾りにすぎないと考えられるようになれば、金はその価値を失います。どこまでいっても人間がどう認識するかが重要なのです。

■デフレとハイパーインフレ

――通貨を通貨たらしめているものが人々の認知だとすると、人々は何をきっかけに通貨を通貨として認知するのですか。

 それには様々なケースが考えられます。長い時間の中で通貨として認知されていく場合もありますし、瞬時に通貨と認知される場合もあります。

たとえば、第二次世界大戦後に国際基軸通貨がポンドからドルに切り替わったのは、まさに一瞬の出来事でした。戦後、国際社会は国家間の経済取引をスムーズに復活させ、通貨関係の安定性を取り戻す必要がありました。また、第二次世界大戦が通貨・通商戦争として幕を開けたことから、二度と通貨・通商上の激突が起こらないように、体制を整えなければなりませんでした。

その体制のありかたをめぐり、イギリスの経済学者ケインズと、アメリカの財務官僚ホワイトが議論を戦わせます。その結果、IMFにホワイト案が採用され、ケインズ案は敗れることになりました。

この瞬間にドルの通貨性が格段に高まったのです。もちろんこのときまでにアメリカの経済力はどんどん強くなっていましたが、主役の交代は瞬時にして実現したと言えます。

――日本経済はデフレだと言われています。つまり、人々は消費を控え、通貨を溜め込んでいるということです。とすれば、円は通貨として高く信用されているということになるのでしょうか。

 確かに経済学の教科書的に言えば、デフレは通貨への信認の高さをあらわします。しかし、近年の日本の状況は明らかに違います。人々の間には漠たる不安が広がっており、経済活動から身を引いているというのが実態です。経済活動の回転に巻き込まれると、どこに連れていかれるかわからない、だから物も買わないし、投資も行わないということです。

これは自分の身を守るために、さしあたり通貨を溜め込んでいるということであって、円を信用しているわけではありません。円に代わるものが見つかれば、人々は一気に円から離れていく可能性もあります。

――そうなった場合、想定されるのはハイパーインフレーションですか。

 ハイパーインフレーションどころの騒ぎでは済みません。円が通貨と認められないようになれば、いくら円を積み上げても何も買えないことになります。そうなると、インフレという言葉が意味を持たなくなってしまう事態も考えられます。

■世界を振り回す日本の円

――そこで問題になるのが安倍政権の金融政策です。浜さんはこれを「アホノミクス」と呼び、批判しています。安倍政権は大規模な金融緩和を継続していますが、これだけ円を刷れば、通貨の信用は失われてしまうはずです。

 そうですね。チーム・アホノミクスは通貨の価値を下げることに喜びを感じています。中央銀行もそこに加担しています。現在の日銀はチーム・アホノミクスの支部と化し、通貨価値の低下にご協力申し上げているという有様です。

しかも、彼らは日銀の口座にマイナス金利をつけるという領域にまで踏み込みました。さしあたり我々の口座の預金にマイナス金利はついていませんが、いずれそうなるのではないかという不安を抱いている人は多いと思います。そこで、自己防衛のために現金を溜め込むということになってしまうのです。

本来、中央銀行の使命は通貨に適正な価値を与え、それをキープすることです。通貨は経済活動を増殖させる触媒となる一方、人の認識によって左右される非常に【脆/もろ】く危うい存在です。だからこそ気をつけて扱わなければならないのです。

前日銀総裁の白川方明氏はこの点をよく理解していました。彼はアホノミクスを警戒し、量的緩和の世界に二度と入らないというスタンスを維持していました。ホワイト日銀(白川)からブラック日銀(黒田)に体制が移行しなければ、日本経済はもっと均衡がとれた姿になっていたはずです。

――安倍政権が大規模な金融政策を続ける中でも、国際情勢が危うくなると円が買われる傾向にあります。円に対する国際的な信用はまだ高いということですか。

 それはドルと円のコントラストによるところが大きいと思います。アメリカは世界最大の債務国であるのに対して、日本は世界最大の債権国です。人々はこうした合わせ鏡のイメージを持っているので、何か事が起こったときには円を買えばいいという認識が広まっているのです。

また、日本が債権大国であることから、円には「隠れ基軸通貨」と言えるほどの力があります。たとえば、1997年にアジア通貨危機が起こったとき、諸悪の根源はヘッジファンドだと言われました。このとき使われたのは「グローバル・キャリートレード」という手法です。これはある場所から別の場所にカネを運ぶ(キャリーする)ことで、それに伴って発生する【利/り】【鞘/ざや】を手に入れるというものです。ヘッジファンドはこの手法を用いてアジア新興諸国に襲いかかったのです。

それでは彼らがどこからアジア新興諸国にカネをキャリーしたかと言えば、日本です。当時、日本はゼロ金利の世界に急接近中だったため、ほとんど調達コストをかけずにキャリーすることができたのです。

リーマン・ショックの震源地も日本です。このとき、日本は世界初の量的緩和という未知の領域に踏み込んでいました。このジャパンマネーがアメリカに大量に流れ、アメリカのバブルを一段と【煽/あお】り立てる役割を果たしたのです。

円には世界を騒がせたり、振り回すだけの力があります。それゆえ、日銀は日本のことだけでなく、世界のことも考えながら政策に取り組まなければならないのです。

■最初に崩れる通貨はどれか

――問題を抱えているのは円だけではありません。アメリカのドルも非常に不安定になっています。

 ドルの信頼はニクソン・ショックによって大きく失われました。現在でもドルは昔からの習いで使用されていますが、いつ紙くずになってもおかしくありません。

もっとも、世界には「王様は裸とは言えない症候群」というものがあります。誰かが「ドルは裸の王様だ」と言ってしまうと、ドルの信用は一気に失われます。かといって、「ドルは裸の王様ではない」と公式に否定することもできません。「裸の王様ではない」と言えば、「もしかしたらドルは裸の王様ではないか」という疑念を招くことになるからです。

いま世の中では世界中の人たちがドルを手にしています。彼らはドルが紙くずになることを非常に恐れています。金融機関などが経営危機に陥っても「大きすぎて潰せない」と言われることがありますが、ドルも同じような状況にあると言っても過言ではありません。

――同じく中国の人民元にも多くの問題があります。

 もともと人民元は矛盾を抱えた存在です。人民元はその名前からすれば、人民のための通貨のはずです。しかし、実際には人民元の動向に対して国家が強い影響力を持っており、人民にはどうにもならない政策判断によって通貨の行方が決定されています。もちろん他の国々の通貨にもこのような側面はありますが、人民元の場合はその度合いが格段に強いのです。

中国政府が様々な政策によって通貨を管理しているのは、そうしなければ人民元を通貨として認知してもらうことができないからです。実際のところ、人民元を最も信用していないのは中国人自身でしょう。だからこそ中国ではビットコインなどの仮想通貨が急速に広がったのだと思います。

――ユーロもギリシャ危機以降、通貨としての脆弱性が露呈しています。

 ユーロは経済的必然性からおのずと出現してきた通貨ではありません。何の歴史も形成過程もなく、ヨーロッパ諸国が政治的意思によって大急ぎで作り上げたものです。その意味では究極の仮想通貨と言えます。そのため、しっかり守っていかなければ、いつ消滅してもおかしくないのです。

このように、円、ドル、人民元、ユーロともそれぞれ問題を抱えています。最初にどの通貨が崩れても不思議ではありません。まさに一触即発といった状況です。

■いまこそバンコール構想を見直す

――非常に脆弱で危うい通貨をそれでも安定させようと思った場合、何をすべきですか。

 それは大変難しい問題ですが、ケインズが発案した「バンコール」の出番かもしれません。バンコールとはフランス語による造語で、「銀行製の金」という意味です。ケインズはバンコールを用いる通貨同盟、あるいは清算同盟を構想していました。

それによると、まずバンコールと金の交換比率を設定します。バンコールの価値を金で表現するということです。もっとも、バンコールは兌換通貨ではありません。同盟加盟国は金をバンコールに交換することはできますが、バンコールを金に交換することは許されないとされたからです。

バンコールの金価値が決まると、次は同盟加盟国の通貨の価値をバンコール建てで定めます。そして、各国の輸出入規模に応じて一定量のバンコールを配布し、各国は自国の輸出入決済尻を清算同盟に創設される勘定にバンコール建てで登録します。これにより、加盟国の貿易収支の赤字・黒字は同盟勘定に対するものに一本化されることになります。

これが同盟構想の勘所です。貿易収支尻が同盟勘定との関係に一本化されれば、特定の国との貿易収支を気にする必要がなくなります。つまり、加盟国は特定の国との貿易収支尻にこだわってはいけないとされたのです。

ケインズの念頭にあったのは貿易戦争の再発防止でした。そのため、ケインズは各国が特定の通商相手に関税障壁を立てたり、為替切り下げをするのを防ぐための手立てを考えたわけです。

今日の国際社会は各国が二国間貿易を追求した結果、自国優先主義によって引き裂かれてしまっています。しかし、バイ(二国間)の取引がダメだからといってマルチの取引を推進したとしても、事態は改善しません。通商の世界からは打開策は出てきません。ケインズのように通商ではなく通貨の世界に注目すべきです。そうすれば全く違う展開が想定できるはずです。その意味でも、いまこそバンコール構想を見直す必要があると思います。

(「青春と読書」2月号より転載)

●浜 矩子(はま・のりこ) 
経済学者。1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。75年、三菱総合研究所入社以後、英国駐在員事務所長兼駐在エコノミスト、経済調査部長などを経て、2002年より同志社大学大学院ビジネス研究科教授。専攻はマクロ経済分析、国際経済。主な著者に『中国経済 あやうい本質』『ついに始まった日本経済「崩壊」』『浜矩子の歴史に学ぶ経済集中講義』ほか多数。

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