『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、次世代テクノロジー競争における安倍政権の時代遅れの認識ぶりを指摘する。
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先日、安倍政権の経済ブレーンから「食事でも」と声がかかり、テーブルを囲むことになった。ところが、会ってみると相手の顔色がさえない。「どうかしたの?」と聞くと、こんな答えが返ってきた。
「政府関係者と海外に出かけ、各国の先端技術の動向をリサーチしたんだけど、日本が大きく遅れていることがわかって、大ショックを受けているんだよ」
彼によると、自動運転、AI、5G、シェアリングエコノミー、ゲノム編集など、多くの先端技術で日本は世界に後塵を拝していることに気づいたという。
だが、驚かされたのはこちらのほうである。日本が次世代のテクノロジー競争で世界に後れを取っていることはとっくに常識だ。
これまで最先端を走っていると思っていた分野でも、日本の凋落(ちょうらく)ぶりは著しい。つい最近もJDI(ジャパンディスプレイ)が中国・台湾資本の傘下に入るというニュースが流れたばかりだ。
JDIは経産省主導の下、不採算に悩んでいたソニー、東芝、日立の液晶部門が統合して生まれた「日の丸企業」である。
1990年代まで世界をリードした日本の液晶技術だが、その後、外国勢との競争に敗れ、日本メーカーは急速にシェアを落とした。JDIは「日の丸液晶」の再復活を望む日本にとって、象徴的な事業だった。
そのJDIが中台の資本下に入ってしまった。しかも、経産省主導から中台主導に移るというだけで、JDIの株価は7%も跳ね上がった。つまり、市場では「日本ダメ」は常識なのだ。
なのに、今頃になって「ショック」などと口走る政府の経済ブレーン。その認識はイコール政府の認識だと考えると、日本の未来は暗い。成長戦略の司令塔となる政府がこんな時代遅れの認識ぶりでは、熾烈(しれつ)な世界のハイテク競争を勝ち抜けるはずがない。
輪をかけてひどいのがマスコミだ。本来なら、今の日本の遅れぶりをきちんと報道し、国際競争力の回復に向けて日本中が危機感を持って動きだすよう、世論を喚起すべきだろう。
ところが、日本経済新聞が時折、「日本の高速通信速度は、OECD34ヵ国中7位から23位に転落」などと辛口の記事を掲載するくらいで、「日本スゴイ!」的な番組や記事を量産しては垂れ流している。
話を経済ブレーンとのやりとりに戻そう。食事をしながら、彼がしきりに口にしたセリフがある。それは「安倍政権に期待してほしい」というものだった。「残り2年半の任期で辞める首相は、もうどこにも気配りする必要がない。だから、改革を断行できるはずだ」と言うのだ。
しかし、与党内では4選支持の声が高まっている。そこで彼に「4選の望みが出てきたら、それを実現するために、首相は財界や農協など、既得権益層のいやがる改革なんてやらないのでは?」と返すと、「そうなんですよね」と肩を落とし、「そもそも安倍さんは改革の必要性をわかってないんじゃない?」と聞くと、力なくうなずき、反論してこなかった。安倍政権に改革意思がないことは経済ブレーンもよくわかっていたのだ。
「日本スゴイ!」はそろそろやめるべきだ。自己満足やガス抜きはできても、それで日本のかつての輝きは取り戻せない。必要なのは冷静な現状認識と成長のための真の処方箋なのだ。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中