『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、日産自動車の子会社である横浜F・マリノスの今後を憂慮する。
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日産自動車がリストラを進めている。ゴーン・ショックで業績が悪化し、今年4~6月期の営業利益はたったの16億円にまで落ち込んでいる。
危機感を強めた日産は計1万2500人の人員削減プランまで打ち出したが、先行きは険しい。何しろ、リストラをして反転攻勢をかけようという矢先に、西川廣人(さいかわ・ひろと)社長が報酬問題で辞任に追い込まれてしまった。
日産関係者によれば、社長指名委員会がすでに外部経営者を含め10名ほどにトップ候補を絞り込んだ。その中には新浪(にいなみ)剛史サントリーホールディングス社長の名前もあったというから驚きだ。日産としては、一刻も早く新社長を決め、業績をⅤ字回復させたいところだ。
ただ、そこで心配なのが、日産の子会社でプロサッカークラブの横浜F・マリノスの今後だ。もともと、ゴーン時代から日産は経営再建のために、マリノス運営のコストをカットしてきた。新社長の意向によっては、マリノスが売却となる可能性も十分ある。
実際、マリノス買収に食指を動かす企業は少なくない。なかでも複数のカジノ外資大手がすでに名乗りを上げているという。つい先日、横浜市はカジノ誘致を表明した。だが、ギャンブル依存症や治安悪化が懸念されるカジノには市民の反対が根強い。
そんなとき、カジノ企業にとってマリノス買収は格好の地元対策となる。チームのスポンサーとなり、選手を使って地元で無料イベントを打つなどの社会貢献を行なえば、カジノ企業への親近感は一気に増す。事実、横浜でカジノ参入を目指すメルコはすでに今年7月にマリノスとパートナー契約を結び、カジノ開業への布石としている。
カジノ企業にとっては、菅義偉(よしひで)官房長官が日産本社のある横浜選出の議員という事実もプラスだ。カジノ管理委員会は内閣府に置かれ、実質的な仕切り役は菅官房長官だ。
彼は横浜市へのカジノ誘致の旗振り役で林市長を裏で操る。次期総理をひそかに狙う菅氏としては、そのための資金源となりそうなカジノ企業に頼まれれば、マリノス売却に協力したいところだ。そのために日産の新社長人事に介入する動機が十分にある。
だが、横浜市民にとってカジノ企業によるマリノス買収は最悪の道だ。莫大(ばくだい)な資金を持つカジノ企業がマリノスの協賛スポンサーとしてお金を市内にばらまくことが常態化すれば、あらゆるイベントはいずれカジノ企業頼みになってしまうだろう。
そうした例を私は大阪で目の当たりにしている。橋下徹市長(当時)に依頼され、大阪府市エネルギー戦略会議の委員を務めたときのことだ。
府市の主催するイベントの多くを、原発を運営する関西電力が大口スポンサーとして支えており、費用のかさむ大きなイベントほど関電の支援なしでは開けないような状況だった。そのため、行政の現場で関電に逆らうことは非常に難しくなっていたのだ。
それと同じように横浜でもすべてがカジノ企業頼みとなり、「横浜市がカジノ依存症の最大の患者」という皮肉な事態になる可能性は極めて高い。
横浜市は魅力的な都市だ。カジノ経済がなくても、知恵を出せば再び繁栄する道は開ける。マリノスがカジノ企業に売却されないよう、日産社長人事への政治介入を防がなければならない。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中