『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、"下請け立国"日本の行く末を案じる。
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最近、思うことがある。それは、"部品・素材大国"日本の行く末だ。
半導体、液晶、太陽光パネルなど多くの分野で、圧倒的な世界シェアを誇ってきた日本企業が世界一の座から滑り落ちて久しいが、それでも日本がいまだに世界3位の経済力をキープしているのは、最先端の素材や精密な部品などの分野で強さを発揮しているからだ。
素材・部品は小ロットでニッチな製品が多く、国内販売だけでは大した売り上げにはならない。しかし、世界の需要を取り込み、たくさんの国々に供給すれば、大きな利益を生む。
例えば、液晶ディスプレイに欠かせない偏光フィルムは日本メーカーが世界シェアをほぼ独占する。液晶ディスプレイを組み込んだスマホ、パソコン、テレビなどの最終製品では外国企業に完敗したが、それらの製品の中には他国が供給できない高品質の日本製部品がぎっしりと詰まっている。日本は世界のグローバル企業の生産を支える"下請け立国"といえるだろう。
ところが最近、その地位を揺るがす兆しが出ている。そのひとつが3Dプリンターの隆盛だ。
"部品大国"ニッポンを支えているのは熟練工たちの職人技だ。従来の3Dプリンターは金型不要で小ロットの製品を作れるなどのメリットはあるものの技術的な完成度が低く、ミクロン単位の精密さを求められる部品製造には不向きとされてきた。
しかし、3Dプリンター登場から約30年。今ではミクロン単位の精密さはもちろん、日本の熟練工でもおいそれと作れない複雑な形状の部品が短時間で作れるようになった。そして残念なことに、日本は3Dプリンター分野では外国企業に大きく後れを取っているのが現状だ。
"素材大国"日本もまた同様に盤石ではない。それを脅かすのがAIだ。かつては日本もAI研究のトップを走っていたが、今では米中などに先行され、後発グループとなっている。
問題はAIを駆使し、新素材を開発するMI(マテリアルズ・インフォマティクス)の手法が米中韓で急速に発展していることだ。従来はベテランの研究者が試行錯誤を繰り返し、さまざまな材料を組み合わせて新素材を生み出してきたが、AIは統計数理に基づいて膨大なデータから材料の最適の組み合わせを選び、提示する。そのため、新素材の開発期間の短縮が可能となるのだ。
その開発スピードは従来の5倍。実際、次世代電池として有望視される全固体電池もトヨタが早くから開発を手がけていたが、後発参入した韓国・サムスンやアメリカ・マサチューセッツ工科大学がMIの手法を駆使し、先行するトヨタにあっという間に追いついてきた。
もちろん、日本企業の研究開発も日進月歩であり、にわかに部品・素材大国の地位が揺らぐわけではない。しかし、3DプリンターやMIで出遅れた日本の立場は脆弱(ぜいじゃく)だ。
経済産業省は「血と汗と涙の職人芸」にこだわってきたが、時代の流れを完全に読み間違えた。人手不足の日本では従来路線は維持できない。部品・素材大国転落の先に待つのは日本経済の沈没だ。
経産省と企業は過去の過ちを認め、熟練工なしで高品質な部品や素材を生産できる体制・システムへの転換を急ぐべきだ。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中