「自分がそれまで農業に抱いてきたネガティブなイメージが、まるでオセロみたいにどんどんひっくり返りました」と語る川内イオ氏

農業就業人口の減少、高齢化、そしてTPP(環太平洋パートナーシップ協定)や日米貿易協定などの自由貿易や関税撤廃の流れのなかで、窮地に立たされている日本の農業。

そんな農業の世界にあえて飛び込み、独自のアイデアや柔軟な発想で新たな可能性を切り開いている、個性的な10人の取り組みを取材し、日本の農業が秘めた「未来へのポテンシャル」を感じさせてくれるのが、川内イオ氏の著書『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦』(文春新書)だ。

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――川内さんは自称「稀人(まれびと)ハンター」として、多くの「規格外の稀な人」を取材してきたそうですが、農業に興味を持たれたきっかけはなんだったのでしょう。

川内 この本で最初に紹介しているピーナッツ農家の杉山孝尚さんとの出会いが大きいですね。最初は人づてに「こんな面白い人がいるよ」と聞いて、そこから自分で調べてみたんです。

そうしたら、ニューヨークにある世界有数の会計事務所で働いていて、農業経験ゼロだった人が、故郷の静岡・浜松で落花生の栽培からスタートして、究極のピーナッツバターを作っている。はたから見たら「なんじゃそりゃ?」っていうキャリアじゃないですか。

取材に行って話を聞いたら、杉山さんのキャラクターはめちゃくちゃ面白いし、見た目もオシャレだし、ピーナッツバターはかけ値なしにおいしい。

日本で農業はキツイ、汚い、カッコ悪い、稼げない、結婚できないの「5K」の職業と呼ばれています。また、僕らの食卓を支える大切な1次産業のひとつのはずなのに、農家の高齢化やTPPなどで危機的な状況にあることも知っていたので、僕の中で農業はネガティブなイメージしかなかったのですが、杉山さんに会って、ひょっとして「農業界って、面白い人がたくさん隠れているじゃないか?」という発掘欲が湧いたんです。それが、農業に注目するようになったきっかけですね。

――杉山さんの何が輝いて見えたのでしょう。

川内 杉山さんはニューヨークで働いていたときに、偶然、浜松の落花生が1904年のセントルイス万博で世界一のピーナッツに選ばれたことを知って半年後には退職、帰国して農家に転身します。

そこから、浜松では生産が途絶えていた「遠州小落花」という品種の種を探し求めます。その過程が、まるで探偵みたいで話を聞いていてドキドキしましたし、その落花生を試行錯誤の上に栽培に成功して、ピーナッツバターを作って世界で売るという夢を、語るだけじゃなくて実現している。

一見、農業という地味で地道なことをやりながらも、世界を相手に戦っている人に出会ったら、自分がそれまで農業に抱いてきたネガティブなイメージが、まるでオセロみたいにどんどんひっくり返りました。

――それ以外にも、梨農家の経営を数百のカイゼンで効率化した人、世界最大級のレタス工場を軌道に乗せた人、農産物の新たな流通システムを開拓した人、日本では不可能と思われた国産バナナの生産に成功した人など、さまざまな「農業稀人」が本書では紹介されていますが、彼らに共通する「成功のヒント」ってありますか?

川内 まず、取材した10人の方たちは「農業の可能性を信じている」ということです。僕は取材の最後に「日本の農業のポテンシャルをどう思いますか?」と質問しているのですが、例外なく「ポテンシャルしかない」とか、「伸びしろしかない」という答えが返ってきました。

皆さん、そこは無理して強がって答えているわけではなく、本気で農業はもっと面白くなると確信している。

日本の農業が危機に瀕(ひん)しているのは、単に今までのやり方が現代に合わなくなっているだけで、そこに違うやり方だったり、アイデアを持ち込めば、まだまだ可能性が広がっていくというのは、僕自身も取材を通じて強く感じました。

その上でもうひとつ、彼らの共通点を挙げるとすれば、いわゆる常識にとらわれず、「こうやったら、もっといいものができるんじゃないか」という無邪気な挑戦心に任せて、ほかの人が「えっ、それやっちゃうんだ」ということを軽やかに飛び越えられる。そういうチャレンジする力を持った人たちだということですね。

――それは見方を変えれば、日本の農業の今のやり方に問題があるともいえそうですが。

川内 誤解してほしくないのは、今の日本の農業のあり方を否定したり、対立したりしたいわけではないということです。

日本のJA(農協)を中心とした生産・流通のシステムは、「安く一定の品質の作物を広範囲に届ける」という意味では、世界でも類を見ないほど効率的にできていて、むしろなくてはならない仕組みだと思います。

その一方で、既存のシステムでは生産者の顔が見えないし、生産者にとっても自分たちの作物を誰が食べているのかわかりません。また、農家が豊作でも「価格が下がってしまう」という理由で野菜や果物を廃棄してしまうなど、はたから見ると「どこか変だな」と感じる部分もあって、本当はまだまだできることがたくさんある。

実はそこに、「日本の農業のポテンシャル」が隠されているんだということを、この本で紹介した人たちは証明しているのだと思います。

――川内さんが取材で出会った農業以外の稀人たちと、農業に関わる稀人たちを比べて、何か感じたことはありましたか。

川内 農業に関わっている人たちは職人の感覚に近くて、例えば、「起業して、成功したら上場して、アーリーリタイアで自由な生活を送る」みたいなタイプの人はひとりもいません。個人的な成功、経済的な成功よりも「社会的なこと」への関心が強いと思います。

自分たちが苦労して得た経験や知識も、それを独占して囲い込むのではなく、ほかの農家にも広げてシェアしたり、農業と福祉を結びつける取り組みを始めたりと、「もっと世の中を良くしたい」というモチベーションを持っている。それは、今回取材したほぼ全員から感じたことですね。

それに皆さん、どーんと構えるスケールの大きさと温かさがあります。お天道さまに左右される農業に関わっていることで、ささいなことには動じなくなっているのかもしれませんね。

●川内イオ(かわうち・いお)
1979年生まれ、千葉県出身。稀人ハンター、フリーライター。広告代理店勤務を経て、2003年よりフリーライターとして活動を開始。06年、スペイン・バルセロナに移住し、ライターをしながらラテンの生活に浸る。10年に帰国、編集者としてビジネス誌編集部などで勤務後、13年より再びフリーランスに。現在は「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして全国を巡り、多数のメディアに寄稿。仕事と生き方の多様性を伝えることをライフワークとする

■『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦』
(文春新書 800円+税)
就業人口の減少、高齢化、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)などの自由貿易の波が押し寄せ、ノックアウト寸前に見える日本の農業界。このまま衰退の一途をたどるのか......? 本書では、従来の常識に縛られない斬新な発想で、農業界に新風を吹き込んでいる10人を徹底取材。その誰もが、日本の農業を悲観しておらず、むしろこれからもっと面白くなる、俺たちがその火種になってみせようと意気込む。彼らの発想や取り組み、生き方が詰まった、日本の農業に明るい希望を抱かせる一冊

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