「『擦り合わせ』の部分こそが、日本をはじめとした自動車生産先進国の強みであり、中国の自動車産業の『弱点』だということに気づいた」と語る湯進氏

イギリス、フランスが2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止する方針を打ち出すなど、従来の「エンジン」(内燃機関)から電気モーターを動力源とした「電動化」に向けて、大きな転換点を迎えつつある世界の自動車産業。

こうした「EV革命」の流れを好機ととらえ、25年までに「世界自動車強国」を目指すのが、中国だ。

電動化技術がもたらす産業構造の変化のみならず、自動車そのものを取り巻く環境が大きく変化するなか、中国政府はいかにして日米欧をしのぐ「自動車強国」の夢を実現しようとしているのか。

『2030中国自動車強国への戦略』の著者で、みずほ銀行主任研究員の湯進(タンジン)氏がその全貌を明らかにする。

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──綿密な取材を基に書かれていて、中国の自動車産業の現状と未来はもちろん、「自動車産業の転換点」を考える上でも興味深い内容でした。本書を書こうと思われたきっかけは?

 10年前の09年、私は「中国の電子産業」についての研究を一冊の本にまとめました。当時の中国はすでにパソコン、携帯電話、テレビなどの電子産業で世界を席巻しており、この分野で「メイド・イン・チャイナ」が世界ナンバーワンの地位を手にしていたと言ってもいいでしょう。

一方、中国の自動車産業に目を転じると、当時の輸出台数はわずか数十万台にすぎず、日本や欧州とはとうてい比べものにならないほどの規模でしかなかった。この違いの理由はなんなのかと疑問に思い、自動車産業に関する調査・研究を始めたのが、そもそものきっかけですね。 

そこで見えてきたのは、中国が得意とする電子産業が「組み立て技術」を核としているのに対し、自動車産業が「擦り合わせ技術」を核とする産業であるという違いだったのです。

──「組み立て」と「擦り合わせ」の違いですか?

 はい。例えば携帯電話なら、液晶パネルと電子基板とバッテリー......といった数点の部品を組み合わせ、ケースに収めればそれで完成です。

これに対して自動車の生産はエンジンだけでも1万点以上、全部で数万点に及ぶ部品や部材があり、しかもそれらを単に組み立てるだけでなく、ひとつひとつが最適な形で結びつき、全体として最も効果的に機能するための、緻密で繊細な「技術の擦り合わせ」が欠かせません。

この「擦り合わせ」の部分こそが、日本をはじめとした自動車生産先進国の強みであり、中国の自動車産業の「弱点」だということに気づいたのです。

ただし、16年頃になると大きな変化の波が押し寄せます、それがEVなどに代表される「電動化」への急激なシフトで、それが既存の自動車産業を根底から揺さぶる「EV革命」と呼ばれるものです。

──EV革命によって、自動車産業はどう変わるのでしょう。

 まず、自動車の部品を供給する「サプライチェーン」に劇的な変化が起きます。

パワートレインがエンジンから電気モーターに代わることで、旧来のエンジンに必要な約1万点の部品は必要なくなりますし、電動化でトランスミッションも不要になり、これらの部品を生産していたサプライチェーンは仕事を失います。

一方で、モーターやバッテリーなどが新たなサプライチェーンの主役となり、クルマ全体を構成する部品の数は大幅に減少するため、これまで日本の自動車産業の大きな強みだった「擦り合わせ」の技術やノウハウの重要度は相対的に小さくなることが予想されます。

──つまり、従来の「擦り合わせ」中心から電子産業のような「組み立て」に近づくと?

 そのとおりです。この変化はこれまで「擦り合わせ」の部分に弱みを持ち、中国独自の地場産業としてのサプライチェーン育成でも大きく立ち遅れていた中国の自動車産業にとって非常に大きなチャンスです。

すでに既存のサプライチェーンを持つ日米欧の場合「EV革命」によるサプライチェーンの転換には「痛み」が伴うのに対して、中国には遅れを取り戻す機会になりますし、EV化でクルマの生産が「組み立て」に近づくことによって、電子産業で世界を席巻した中国の「強み」が生かされるからです。

──中国政府はこの「EV革命」を絶好のチャンスととらえ、「自動車強国」の仲間入りを実現させようとしていると。

 自動車業界は今、「電動化」だけでなくコネクテッドカーや自動運転、カーシェアリングなどによって「自動車」のあり方自体が大きく変わる「パラダイムシフト」に直面しています。

こうしたなか、中国政府は自動車の電動化を急速に推し進めるための政策を積極的に展開していますし、EV革命の中核技術であるバッテリー開発の覇権争いでも、中国政府主導の産業育成で、すでに中国企業が優位を築いており、バッテリーや電子部品などに欠かせない希少金属(レアメタル)の供給の面でも有利な条件を備えています。

また自動運転技術の開発でも、中国は実用化に向けた規制緩和やインフラ整備などの面で、ライバルに比べて積極的な政策を取ることが政治的に可能です。

──日米欧を抜いて、中国が世界最強の自動車大国になる日は近いのでしょうか? そして、日本はその流れにどう向き合えばよいのでしょうか?

 ここ数年、モビリティ・アズ・ア・サービス(MaaS/サービスとしての移動)という言葉を耳にしますが、自動車産業がITを中心としたほかの産業と広く結びつき、ひとつの大きな「プラットフォーム」へと変化するこの機会に、中国政府は既存の自動車産業から「EV時代」へと、一足飛びにジャンプすることで30年には日米欧を超える世界最強の「自動車強国」となることを目指しています。

これに対して、日本はどう向き合うべきなのか? 私はまず「日本の強み」を大切にして、それを生かすことが重要だと考えています。日本には長い歴史のなかで培われてきた高度な「ものづくり」の伝統やノウハウがあり、品質への高いこだわりと努力の蓄積がある。それは中国も含めた他国が簡単にマネできるものではありません。

自動車産業が根底から大きく変わり、その勢力地図が変化するこれからの時代に、こうした日本の強み「ものづくりの力」をどうやって生かしてゆくのかが重要なカギになるのではないでしょうか。

●湯進(タンジン)
みずほ銀行法人推進部国際営業推進室主任研究員、博士(経済学)。上海工程技術大学客員教授、専修大学社会科学研究所客員研究員。2008年にみずほ銀行入行。国際営業部で自動車・エレクトロニクス産業を中心として中国の産業経済についての調査業務を経て、中国の自動車メーカーや当局とのネットワークを活用した日系自動車関連の中国戦略を支援。現場主義を掲げる産業エコノミストとして中国の自動車産業の生情報を継続的に新聞・経済誌などで発信、国内外で講演も行なう

■『2030 中国自動車強国への戦略 世界を席巻するメガEVメーカーの誕生』
(日本経済新聞社 1800円+税)
「2020年に世界自動車強国入りする」という目標を掲げる中国政府。電気自動車(EV)を核とする"新エネルギー車革命"で、自動車産業のパラダイムを転換させようとする大胆な試みだ。今後、中国はどんな戦略でそれを成し遂げようとするのか。本書は、中国自動車産業の過去、現在、未来、そして電動化やコネクテッドなど注目される分野、欧米メーカーの戦略を取り上げ、中国EV革命の動向を俯瞰する

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