『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、「中小企業の残業規制」の問題点を指摘する。

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働き方改革の一環として、2019年4月にまずは大企業を対象としてスタートした残業規制が、今年4月からいよいよ中小企業にも適用される。

この新しい残業上限規制の内容は、(1)原則として月45時間・年360時間まで、(2)特別な事情があって労使の合意がある場合は年720時間、複数月平均80時間、月100時間未満、月45時間以上を超えるのは年6ヵ月まで、というもの。

この改革で政府は「残業が減っても生産性が向上し、労働者のベースアップが期待できる」(安倍首相)と力説する。だが、この説明は眉唾だ。むしろ逆に「ステルス残業」とでもいうべき、数字には表れない残業の増加や、手取り収入減などのトラブルが発生し、騒動になることが予想される。

これが杞憂(きゆう)でないことは、すでに残業規制を実施した大企業の動きを見ればわかる。1月20日付の日本経済新聞によれば、昨年4月から11月までに規制違反の目安となる月80時間超の残業をした人は月平均で約295万人もいることが総務省調査でわかったという。

このうち、4割が大企業の労働者だったというのだから、残業規制の無視が横行しているのは明らかだ。

もうひとつ、興味深いデータがある。昨年9月にリクルートスタッフィングがまとめた調査だ。それによると、従業員300人以上の企業において、管理職412人のうち12.8%が「残業が増えた」と回答している。

これは残業規制の結果、部下に残業をさせられなくなった中間管理職が、やむなく自分で残業を引き受けているためだろう。

また、「残業が減ってもベースアップできる」という政府説明とは裏腹に、残業規制で収入減に直面した労働者がより高い収入を求めて、残業の多い企業へ転職するというケースも見られるという。

さらに、昨年大晦日の日経新聞の記事によれば、残業代減少による経費節減分を労働者に還元している大企業は半分しかないという。企業体力のある大企業でこの体たらく。体力の乏しい中小・零細企業に残業規制が適用されれば、はるかに悲惨なトラブルが続発することは確実だ。

例えば、社員が数人規模で中間管理職のいない零細企業では、経営者自らが長時間の残業をこなす羽目になるだろう。ただ、零細企業とはいえ、経営者は労働者ではないから、いくら働いても、労働者の残業にはカウントされず、表向きは日本の残業時間は減ったというデータが公表されることになるかもしれない。まさに「ステルス残業」だ。

収入減に至っては、さらに深刻だ。中小企業の平均年収は375万円ほど。総務省調査によれば、月30時間の残業カットで年収は約50万円ダウンするという。そんなにも収入が減れば、もともと中小企業の社員は低年収なだけにローン返済や月々の生活に困る人が出てもおかしくない。

対策として残業代の割増率(基礎時給比)を現行の125%から欧米並みの150%に引き上げれば、残業減でも収入が確保される。ただ、資金力のない中小企業ではそれも難しい。

このままでは規制を守れない中小企業が続出し、混乱が拡大するだけだ。時短と収入増の同時達成を新たな目標とし、企業の構造改革も同時並行で進める政策に今すぐ転換するべきだ。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中