『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、日本酒製造の新規参入規制を批判する。

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フランスで、ある日本酒が話題になっている。

山形県鶴岡市に本社を置く「WAKAZE」という企業が、パリ近郊のフレンヌという町で立ち上げた蔵元で造った日本酒だ。原料のコメは南仏・カマルグ産のジャポニカ米、酵母もフランスワインの酵母を使って仕込んだというから、"純フランス産の日本酒"と呼んでいいだろう。

昨年12月、現地にて完成した酒を試飲会で披露したところ、グルメ通のパリっ子から「とても気に入った」「ヨーロッパ人にとって興味深い味だと思う」など、かなりの好評を博したという。

このニュースだけを聞いていると、日本の食文化が世界に広まっているように思える。だが、「WAKAZE」をフランスに送り出した肝心の日本清酒業界の足元は心もとない。

日本酒の蔵元数は1956年の4000ヵ所をピークに減り続け、今では1600ヵ所ほど。清酒の出荷量も全盛期の3割にまでなった。

そのため、過当競争を恐れる業界の要望もあり、政府は日本酒の製造免許の新規発行を認めていない。つまり、日本酒造りは新規参入者がなく、競争原理の働かない=元気のないマーケットになっているのだ。

ただ、例外がある。それが海外向け販売だ。海外での日本酒人気を背景に輸出額は急増し、2019年に金額ベースで約234億円と過去最高を更新している。

政府は成長戦略のひとつとして、「農林水産物・食品輸出1兆円」を掲げている。日本酒の海外輸出はその目標達成のために、欠かせないアイテムのひとつだ。そこでこの際、新規参入を認めて競争を促し、国内需要だけでなく海外向け輸出もこなせる強い酒造メーカーを育てよう、という話が政府内で持ち上がった。昨年の夏のことだ。

ところが、この規制緩和の動きは土壇場で立ち消えになってしまった。既存の大手清酒メーカー、自民党族議員、清酒業界団体に天下りを送る財務省や国税庁などが強く反対したためだ。

その結果、どうなったか? 国税庁が開いた検討会は非公開の密室議論。結局、「酒税法を改正し、新規参入を認める。ただし、新規業者の製造は輸出向けに限る」というわけのわからない方針が打ち出されたのである。この方針は2020年度の税制改正大綱に盛り込まれ、21年4月から施行の予定だという。

なぜ、蔵元を国内向け、輸出向けに二分するようなバカな法改正をするのだろうか? 老舗、新興の蔵元がうまい酒造りを競い合い、切磋琢磨(せっさたくま)してこそ、日本酒業界は活性化する。競争のない業界に未来はない。

「WAKAZE」は日本酒の製造免許を交付されていない。「WAKAZE」がフランスで酒造りをやろうと考えた背景には、日本酒を世界に広めたいという熱い思いだけでなく、新規参入者を拒む閉鎖的な日本酒業界の体質も大いに関係している。

本来なら、海外での酒造りを考えるようなチャレンジングな蔵元こそ、国内市場に迎え入れるべきだろう。そうして業界全体として力をつければ、海外輸出も自然と増えるはずだ。

こんな簡単な規制緩和もできないなら、アベノミクスの成長戦略は看板倒れだと言われても仕方がない。日本酒製造の新規参入規制は直ちに全面解禁すべきだ。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中

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