「株式投資も就職や転職も、広くとらえればビジネスを評価するステップがある。会計や経営分析の知識があれば断然有利になります」と語る川口宏之氏

3月になると、多くの上場企業が決算を迎える。「決算書類って読めたほうがいいんだろうな」とは思いつつも、無味乾燥で取っつきにくいのも事実。

そんな決算や財務諸表を「儲けのヒントが詰まった"生きた教科書"」と語るのは、『経営や会計のことはよくわかりませんが、儲かっている会社を教えてください!』(ダイヤモンド社)の著者で公認会計士の川口宏之氏だ。

同書は有名企業24社の財務諸表から各社のビジネスモデルを分析。財務会計と経営指標のなかでもとりわけ重要な項目を「12の儲けの基準」として抽出し解説している。

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──会計や経営指標の解説書というと、「定義はこうで算出方法はこう」と淡々と説明する教科書的な本が多いイメージです。第1章から「ヤマト運輸 vs 佐川急便」と始まる本書は、だいぶ趣が異なりますね。

川口 そこはこだわったところです。昔、社の部下を集めて講習会を開いたとき、教科書どおりに「定義がどうで......」と説明し始めたら、見る見る参加者が減ってしまって(笑)。

本書では、誰でも知っている大手企業を比較しながら「儲けの仕組みを解き明かす」ことに焦点を当て、会計や経営分析の概念を具体例で理解してもらうことを意識しています。

──会計や経営分析は経営者や専門部署の担当者が身につける知識という印象です。そんな立場にない一般的な会社員が会計や経営分析の視点を持つメリットはあるんですか?

川口 会社でどんな業務を担当していても、これから社内で生き残る上で会計や経営分析の知識は必要になると思います。

例えば、法人向けのコンサルティング営業の担当者。優秀な営業担当者は顧客の財務諸表を確認してビジネスの状況を分析しています。「自社の製品を導入してもらえれば○○費が××円削減できるから、お客さまのビジネスの△△部分が改善するはず」といった仮説を持って提案すれば顧客が納得しやすいからです。

一方、ダメな担当者は自社製品の紹介に終始しがちなので、顧客のウケが悪くなりますよね。

──管理部門ではどうでしょう。

川口 管理部門でも会計・経営分析は重要です。総務部で社内にコスト削減を呼びかける立場の担当者が、実は自社のコスト構造をよくわかっていない、ということになれば呼びかけに説得力が出ませんよね。

──つまり、会計や経営分析の知識は、企業や部門の壁を越えてビジネスの共通言語として機能するわけですね。「まえがき」には、株式投資や就職・転職にも会計や経営分析の知識を利用できるとあります。

川口 株式投資も就職や転職も、広くとらえればビジネスを評価するステップがあるので、会計や経営分析の知識があれば断然有利になるんです。転職先や投資先を選ぶときに「この企業は業績が伸びそうだから」など、自分なりの理由で決断しているはずです。

ただ、問題はその判断の精度。「業績が伸びそう」と思う理由が「最近メディアでよく見かけるから」では、その転職や投資が成功する見込みは薄い。一歩踏み込んで、その企業の儲けの仕組みにどんな弱点があるのかを財務諸表で確認できるといいでしょう。

──世間で話題になる企業でも、意外と儲けの仕組みには弱点があるということですか?

川口 はい。話題になるような企業は強みばかりに目が向きがちなので、特に意識して分析したいところです。実は私も、投資先を検討するときに話題の企業に目が向きがちでした。第1章の「ヤマト運輸 vs 佐川急便」は、そんな昔の自分を思い出して執筆したんです。

──運輸業界の二大巨頭のビジネスモデルを、営業利益率(売上高に対して営業利益の割合がどれくらいあるのかを示す経営指標)を切り口に分析している章ですね。どういうきっかけで運輸業界に着目していたのですか?

川口 古い話ですが、アマゾンが日本で事業を始めた頃、投資家の間では宅配業の話題でもちきりでした。「これからはネット通販の時代だ! ネット通販事業で必ず取り扱い個数が増える運輸業界に投資しよう!」と。

私もそう思って、業界1位のヤマト運輸(再編を経て現在は持ち株会社のヤマトホールディングスが上場)に投資する気でいました。しかし、念のために財務諸表を確認したところ、営業利益率がかなり低いことに気づき、すんでのところで投資を踏みとどまりました。

──営業利益率が低いとダメなんですか?

川口 事業としてダメというわけではありませんが、効率良くお金を増やしたい投資家の立場からは見送りました。営業利益率が低いと、いくら売り上げを伸ばしても利益はそんなに多くなりません。

つまり、ネット通販の普及で荷物の取り扱い個数が増えたとしても思ったほど儲からず、むしろ管理するためのコストや設備投資などがかさんで株価上昇には時間がかかるだろうと判断したわけです。

ちなみに同じ運輸業界でも、後に上場したSGホールディングス(佐川急便を展開)の営業利益率はヤマト運輸とずいぶん異なります。同じ業界でも、各社の戦略の違いが財務諸表に表れるんです。それを実感してもらうためにヤマト運輸と佐川急便を比較しました。

──会計や経営分析の知識を持てば、情報の裏を読む力もつきそうですね。「12の儲けの基準」のなかで、とりわけ重要な基準はありますか?

川口 儲けの仕組みは複雑なので、ひとつの基準だけで判断するべきではありません。業種や業界、企業の規模などにより重視すべき指標はありますが、多面的に考えることが重要です。

自分の働く業界とはまったく異なる業界の企業の財務諸表を読み込んでいて、思わぬ儲けの仕組みを発見することもあります。その要素を自社のビジネスに応用できれば、同業他社を出し抜けるかもしれません。

そういう意味で、本書で取り上げた24社の事例を人ごとと考えるのはもったいないと思います。例えば第3章で取り上げた「フジテレビ」。実は第2の収益の柱は、都市開発・観光事業。異業種間でビジネスを展開している事例として興味深いですよね。

約3700社ある上場企業すべてに儲けのヒントが転がっています。そのヒントをつかむ糸口として本書を読んでもらえたらうれしいですね。

●川口宏之(かわぐち・ひろゆき)
公認会計士。1975年生まれ、栃木県出身。監査法人トーマツでの会計監査、証券会社でのIPO引受審査、ITベンチャー企業の取締役兼CFOを経て、会計専門のコンサルタントに転身。現在は、それまでの経験を生かし、「会計」の研修・セミナー講師として活動する。4つの視点(監査法人、証券会社、ベンチャー企業、会計コンサル)で「会計」に携わった経験を持つ数少ない公認会計士。指導実績は1万人を超え、受講満足度は5段階評価で平均4.8を誇る

■『経営や会計のことはよくわかりませんが、儲かっている会社を教えてください!』
(ダイヤモンド社 1500円+税)
本書の冒頭や帯でも「実はヤマトより佐川のほうが儲かっている」という事実が提起されているが、この「儲け」という概念を、営業利益率、売上高、自己資本比率など12個の指標に分類。そして、それぞれの指標を理解する上でうってつけの2企業を取り上げ、財務諸表をもとに対比させながら解説が進む。「儲かる企業」の優れた仕組みに膝を打ちながら読み進めるうちに、会計の基礎知識、経営指標の仕組みや企業分析の基本が学べる一冊だ

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