「19世紀にカメラが登場して価値観が一変。20世紀以降の芸術家は『アートとはなんだ?』と探求し始め、独自の視点の作品を生み出しました」と語る末永幸歩氏

中高生に嫌われがちな科目として真っ先に名前が挙がる「美術」が今、ビジネスマンから注目を集めている。

『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』は中学校や高校で美術教師をしてきた末永幸歩(すえなが・ゆきほ)氏が、アンリ・マティスやパブロ・ピカソ、マルセル・デュシャンをはじめとする20世紀のアーティストの作品をもとに「ものの見方」を授業形式で教える体験型書籍だ。

2月の発売から版を重ね、現在6刷。新型コロナウイルスによって在宅時間が延びたここ数ヵ月で幅広い世代に読まれてきた。

新型コロナウイルス、人生100年時代など、これまで以上に混沌(こんとん)とする世の中だからこそ身につけたいアート思考の実践方法とは?

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――そもそもアートに対して苦手意識を持つ人は多いですよね。

末永 小学校から中学校に上がる13歳前後のタイミングで、美術が嫌いになる人が急増するというデータがあります。理由としては、美術の授業が作品を制作する「技術」と美術史の「知識」の習得に偏っていることが挙げられます。

私はそうした技術や知識に重きを置きすぎた美術教育に疑問を抱き、将来デザイナーや画家にならない人たちにも活用できる、アートを通した思考法やものの見方を教える授業を意識してきました。

すると、美術が苦手だった生徒たちも「答えはひとつじゃなくて、いくつもあるんだ」と少しずつ関心を持ってくれるようになったんですね。

この本では、興味や疑問をもとに探究を続け、自分なりのものの見方を身につけることを「アート思考」と定義し、美術教師としてこれまで実践してきたことを体系化しています。

――なぜ今の世の中にアート思考が必要なのでしょうか?

末永 現代社会はVolatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という4つのキーワードの頭文字を取り、「VUCA時代」といわれていますよね。

予想もしなかった変化が急激に訪れるなか、これまでは正解をできるだけ早く見つけるという「課題解決型」が重視されてきましたが、正解がわからないながらも「新たな価値を見いだす」というフェーズに入ってきています。実はこの流れ、美術の世界では20世紀に起きていたんです。

――どういうことでしょう?

末永 14世紀から約500年もの長きにわたり、忠実に描き写す「写実」が美術界の目指すべきゴールとされてきましたが、19世紀にカメラが登場するとその価値観が一変。

これまで答えとされてきたものがなくなったことで、20世紀以降のアーティストは「アートとはなんだ?」という問いについて探求し始め、独自の視点の作品をたくさん生み出しました。

だからこそ、本書ではピカソやデュシャンといった20世紀のアーティストの作品を意図的に取り上げているんです。彼らの思考法や取り組みは現代社会を生き抜くためのヒントになりうると思うんですよね。

――ビジネスマンから「勇気をもらった」という声が数多く寄せられているそうですが、個人的にはスティーブ・ジョブズについての記載が印象的でした。

末永 彼はまさにアート思考で新しい価値を生み出した人。iPhoneは課題解決で生まれた従来型の携帯電話とは違う、独創的な商品ですよね。ジョブズがアウトプットしたことで、結果的に世の中の人たちはその素晴らしさや必要性に気づいたんです。

また、彼は自ら立ち上げたアップル社を一度解雇されていますが、自身の哲学を貫き通して見事に復活しました。興味、疑問を軸にして自分なりのものの見方を確立できていれば、世の中の荒波にものみ込まれず、何回でも立ち直ることができることを証明してくれていますよね。

――ジョブズは天才的なビジネスマンですが、一般的なビジネスマンがアート思考を身につけるためには、まず何から始めればいいのでしょうか?

末永 初めにやってほしいのは「アウトプット鑑賞」です。美術館で作品と出会うとき、まずはタイトルや説明文を見ずに鑑賞し、「人が描かれている」「顔が赤い」「愉快な感じがする」など、気づいたことや感じたことをなんでも声に出したり、スマホにメモしたりしてください。意見や疑問を口に出したり、書き留めたりするだけで、次第に自分なりの感想が持てるようになっていきます。

次に、「そこからどう思う?」と問いかけてみてください。「顔が赤いということは怒っているのかもしれない」と連想することで、事実だけで止まっていた思考を一歩先に進めることができます。逆に「愉快な感じがする」という感想を先に抱いたら、「どこからそう思う?」と事実をアウトプットしていきます。

今まで絵を見ても「きれい」という感想しか持てなかった人でも、このステップで思考を巡らせていけば確実に深掘りできるようになっていきますよ。

――なるほど。この方法ならロジカルに思考を巡らすことができますね。

末永 でも、「自分なりの答えを持たなければいけないんだ」「子供のように純粋な感想を出さなければいけないんだ」とプレッシャーを感じすぎる必要はありません。初めに作品を見て感想を持ってから、解説や専門書を読んで考えを深めてももちろんいいんです。「答えはひとつじゃなくて、いくつもある」と理解することが大切なので。

――新型コロナウイルスの影響で多くの美術館が休館を余儀なくされていましたが、徐々に再開されています。ぜひオススメの美術館を教えてください!

末永 コロナがもう少し落ち着いてきたら、香川県にある直島(なおしま)にぜひ行ってほしいですね。安藤忠雄さんが設計した地中美術館があったり、草間彌生さんをはじめとする現代アーティストの作品が島の至る所にあったりと、まるで島全体が作品みたいなんです。島を回りながら作品を見ることで、視覚だけではなく五感を使って鑑賞できます。私も大好きで3回も行きました(笑)。

――いいですね、旅行欲も刺激されます(笑)。

末永 旅行は非日常の行為なので興味や疑問を抱きやすいというのもありますね。アート思考は別に美術鑑賞にとどまるものではありません。慣れてくれば応用して、日常の中で視点を変えることもできると思います。

●末永幸歩(すえなが・ゆきほ)
東京都出身。美術教師、東京学芸大学個人研究員、アーティスト。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。東京学芸大学個人研究員として美術教育の研究に励む一方、中学・高校の美術教師として教壇に立つ。現在は、東京学芸大学附属国際中等教育学校で教鞭をとっている。彫金家の曾祖父、七宝焼・彫金家の祖母、イラストレーターの父というアーティスト家系に育ち、自らもアーティスト活動を行なうとともに、アートワークショップ「ひろば100」も企画・開催している

■『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』
(ダイヤモンド社 1800円+税)
論理や戦略に基づくアプローチに限界を感じた人たちの間で見直されつつある知覚、感性、直感。本書では、700人超の中高生たちを熱狂させた美術の授業をベースに、自分だけの視点を鍛えて自分なりの答えをつくりだす「アート思考」のプロセスをわかりやすく解説。マティス、ピカソ、カンディンスキー、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど20世紀を代表する6作品をもとに授業形式で思考を巡らしていく

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