「近年、新たなディスラプターの主役となりつつある、ミレニアム世代の起業家たちの中では、すでにこうした価値観の変容が起きている」と語る斉藤徹氏

イノベーションという言葉を毎日のように耳にする21世紀。次々と生まれる新しいアイデアや技術がビジネスの世界を変え、社会や人の生き方を変えていく時代を私たちは生きている。

起業家として、さまざまな成功と挫折を経験してきた著者が今、注目すべき約20社の破壊的イノベーション企業を紹介し、彼らの特徴や成功の背景、そしてコロナの時代を乗り越える「幸せ視点のイノベーション」への転換を提唱するのが、株式会社ループス・コミュニケーションズ代表の斉藤徹氏の新著『業界破壊企業 第二のGAFAを狙う革新者たち』(光文社新書)だ。

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――「業界破壊企業」とはどのような企業を指すのでしょう?

斉藤 英語では「ディスラプター」といって、新しいアイデアや技術によるイノベーションによって、既存の業界を破壊してしまうほどのインパクトを持つ新興企業やプレイヤーのことを指します。皆さんがよくご存じのGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)といったプラットフォーマーはその代表格ですし、日本でいうとユニクロなどもそうですね。

この本では、アメリカのニュース専用放送局CNBCが毎年、ユニークなアイデアで急成長を遂げているイノベーション企業50社を選んでランキング形式で発表する「ディスラプター50」の中から、特にユニークで革新的な20社ほどを選びました。

今、イノベーションの世界で何が起きているのか、どんなトレンドがあるのかを、それぞれの企業を具体的に紹介しながら、基本的なビジネスパターン別に分類、解説してみようという発想から生まれました。

――そうした破壊的イノベーション企業にはどのようなタイプがあるのでしょう?

斉藤 まずはイノベーションで新たな価値やサービスを生み出す「価値創造型」と、圧倒的な価格競争力で既存の業界を破壊する「価格破壊型」に大きく分類できます。

その上で、(1)GAFAに代表されるようなプラットフォームで需要と供給を結ぶ「プラットフォーム型」、(2)ビジネスモデルで常識を超えた顧客体験を生む「ビジネスモデル型」、そして(3)ライバルがまねのできない独自の技術を強みにする「テクノロジー型」の3つに分けると、最新のイノベーション企業の特徴やトレンドが俯瞰(ふかん)的に理解しやすいと思います。

前述のディスラプター50をチェックしていると、毎年それぞれのタイプで多くの新しいビジネスが生まれ、着実に成長していることがわかります。

――一方、本書ではそうしたイノベーションや起業(スタートアップ)を取り巻く環境が大きく変わろうとしていると指摘し、「ドットコム・バブル」や「リーマン・ショック」に続く第3の世界的バブル崩壊に警鐘を鳴らしていますね。

斉藤 去年の8月、シェアワークスペース「WeWork」の運営で世界的にビジネスを拡大していたアメリカの企業ウィーカンパニーが巨額の赤字を抱えていたことが明らかになってから、風向きが大きく変わりました。

それまで5兆円といわれていたウィーカンパニーの時価総額は一気に5分の1の1兆円まで下落、その最大の出資者であるソフトバンクグループが巨額の損失を被ったことは日本でも大きな話題になりました。ソフトバンクは米ウーバーテクノロジーズへの出資でも大きな損失を生んでいます。

こうしたバブル崩壊の予兆に年明けからの新型コロナウイルスの流行が加わり、世界経済が再び巨大な金融危機に陥る可能性は確実に高まっています。そうなれば、この10年ほど続いたイノベーション企業の「スタートアップ・バブル」も大きくはじけてしまうでしょう。

私自身、1991年に起業して以来、2000年のドットコム・バブル崩壊、2008年のリーマン・ショックで、倒産寸前の危機を経験し、その痛みから多くのことを学んできたので、冬の時代の到来をリアルに感じています。

ただし、もう少し長い目で見れば、冬の先には必ず春が訪れる。そこで私が提唱したいのが「ハッピーイノベーション」という新たな起業のあり方です。

――ハッピーイノベーションとはなんですか?

斉藤 利益の最大化や事業の拡大が目標の起業ではなく、幸せの連鎖を生むサスティナブルな起業という新しい価値観です。

いきなり「幸せの連鎖」などというと、何やら抽象的な精神論に聞こえるかもしれませんが、人間は誰でも心理的なエネルギー、つまり「動機」がなければ動きませんよね?

産業革命以降、これまでの起業を突き動かした心理的エネルギーの多くは、お金や地位や事業の拡大といった肩書や数字で表せる「物質的な欲望」で、それがビジネスの上では「善」でした。私自身もそうでした。

――確かに、「起業から1年で年商◯億円」とか「時価総額が◯兆円」というのが、成功したベンチャーの象徴でしたね。

斉藤 しかし、仮にそれらを手に入れたとして、果たして人は幸せになれるか? 私自身の経験から言えば答えはNOです。

心理学の世界でも、人間が本当に幸せを感じるのは自分自身を受容すること、成長を感じること、社会や組織に貢献したことで得られる貢献感など、内的な充足を得たときだということが明らかになりつつある。

僕自身、バブルに翻弄(ほんろう)され、リーマン・ショック後に自分の人生を顧みたことで、初めて本質的な幸せに気がつけたのです。

近年、新たなディスラプターの主役となりつつある、ミレニアム世代の起業家たちの中では、すでにこうした価値観の変容が起きています。彼らにとって、自分の幸せの最大化を考えることは周りの人たちを笑顔にすること。その結果、そこに幸せの連鎖が起こります。

私はこうした価値観の転換に、これから先のイノベーションとスタートアップの大切なヒントがあるのだと思います。

今、世界は新型コロナウイルスの流行によって厳しい試練のときを過ごしていますが、その一方で自分たちの暮らしや社会、働き方などを見つめ直し、自ら「主体的」に選択するチャンスを与えてくれました。

その中から「ほかの誰かを幸せにする」という発想で、新たなスモールイノベーションやスモールビジネスが生まれ、この社会を大きく変えていく可能性に期待しています。

●斉藤 徹(さいとう・とおる)
1961年生まれ、神奈川県出身。株式会社ループス・コミュニケーションズ代表取締役。慶應義塾大学理工学部を経て、85年、日本IBM株式会社入社。91年、株式会社フレックスファームを創業。2005年、株式会社ループス・コミュニケーションズを創業。学習院大学経済学部特別客員教授を経て、20年、ビジネス・ブレークスルー大学教授に就任。専門分野はイノベーションと組織論。30年近い企業経験を生かし、Z世代の若者たちと共に、実践的な学びの場、幸せ視点の経営学を広めている。『再起動 リブート』(ダイヤモンド社)、『ソーシャルシフト』(日本経済新聞出版社)など著書多数

■『業界破壊企業 第二のGAFAを狙う革新者たち』
(光文社新書 820円+税)
イノベーションによって業界の勢力図を一変させてしまう新興企業やプレイヤーのことを「ディスラプター」と呼ぶ。本書は、その中からとりわけユニークで、革新的なビジネスを展開している企業20社ほどを選出。ビジネスの着眼点から創業者の思い、企業成長のストーリーなどを踏まえながら紹介する。また、起業家としてさまざまな境遇をくぐり抜けてきた著者がたどり着いた「新しい企業スタイル」を提唱する

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