『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、菅首相にEV推進について提言する。

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売り上げ1兆5300億円(2020年3月期)、世界最大のモーターメーカーである日本電産が東欧セルビアにEV(電気自動車)用モーターの新工場を建設するというニュースに心がざわついている。

総投資額は2000億円。23年までに年間20万~30万台を生産する予定で、同社にとっては中国浙江(せっこう)省に次ぐEV用モーターの生産拠点となる。セルビアに加え、22年以降にフランスやポーランドにも工場を建設する予定というから、日本電産の欧州重視ぶりがよくわかる。

なぜ、日本を代表するモーターメーカーが欧州での生産に力を入れるのか? それはEUが世界で最も厳しいCO2排出規制を課し、今後、欧州を走る新車はすべて走行1㎞あたりのCO2を平均95g以下にすることが義務づけられるからだ。

EUの狙いは明らかだ。CO2規制を強化すれば、EVの販売台数は伸び、欧州はEVの巨大市場になる。現在、米テスラと中国メーカーがしのぎを削る世界のEV市場で、欧州メーカーがこれに割って入り、首位の座を奪う狙いなのだ。

当然、世界の自動車関連企業もEV需要の拡大をにらみ、欧州へと進出する。EUの厳しい規制をクリアして現地でシェアを確保しないと、グローバル競争から脱落してしまうためだ。

モーター関連の企業だけではない。EVに欠かせない車載用電池メーカーも欧州進出を加速させている。これまで世界トップだったパナソニックを追い越した中国のCATL、さらにこれを猛追する韓国のLG化学やサムスンSDIなどの大手も欧州に進出する。

これを追う形で、東レ、日本ゼオンといった電池関連素材を手がける日本企業も欧州に生産拠点を設ける予定だ。

EV普及でしのぎを削る外国の自動車市場に比べ、ガソリン車とハイブリッド車が主流の日本はEVで完全に出遅れた。

日本の自動車づくりは、今はまだ世界トップレベル。日本政府が今すぐにEU以上の厳しい環境規制を導入し、「〇〇年までにガソリン車を全廃する」と宣言すれば、日本の自動車メーカーが米中欧のメーカーをしのいで世界トップの地位を確保する可能性もまだ残されている。国内の関連企業もこれと連携してEVシフトを進めれば、世界最高水準を維持できるだろう。

日本の自動車産業が強いのは、1970年にアメリカで成立した「改正大気浄化法」(通称、マスキー法)に対応すべく、技術力を必死に磨いたことが大きい。排ガスに含まれる有害物質を10分の1にするという厳しい基準を他国のメーカーに先駆けてクリアすることで、日本の自動車は高品質という評価を受け、世界で売れに売れた。

ならば、EVでも厳しい環境規制を導入し、それをクリアする技術力を磨くことで、この市場をリードすればいい。日本がEV大国になれば、日本電産も東レも日本ゼオンも海外生産ばかり増やさなくてもよくなるはずだ。

菅首相が所信表明演説で「50年までに温暖化ガスゼロを目指す」と宣言したのは悪くない。ただ、EV推進のための政策はほぼないに等しく、この宣言はまだ単なるお題目にすぎない。

日本の自動車産業の衰退を防ぎ、貴重な日本の成長エンジンを失わないためにも、菅首相にはぜひ、「世界一厳しいCO2排出規制」と「ガソリン車の全廃」を打ち出してほしい。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中。

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