「韓国勢や中国勢に負けない積極的な投資を行ない、次世代電池でもイニシアチブを取れる体力をつけておく必要がある」と語る佐藤登氏

長年、世界をリードしてきた、日本の電池産業。だが、21世紀に入ると韓国、近頃では中国勢が猛烈な追い上げを見せ、日本の電池産業はかつての優位を失いつつある。

環境問題への対応でハイブリッド車や電気自動車(EV)など、自動車産業は電動化という大きな波を迎えている今、日本の電池産業が生き残り、リチウムイオン電池に代わる「次世代電池」の開発をリードするためのカギはどこにあるのか?

かつて、ホンダや韓国のサムスンに在籍し、電池産業の最前線にいた佐藤登氏が、著書『電池の覇者』で日韓中を中心に繰り広げられる電池産業の激しい攻防の実像を明かす。

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――電池産業、特に「充電可能な二次電池」の分野で世界をリードしてきた日本のメーカーが、ここにきて韓国や中国に逆転されつつある理由は?

佐藤 「韓国や中国が日本の技術者を引き抜いて、日本の技術を盗んで安く売った」と単純に考える人がいますが、それは大きな間違いです。

日本の電池産業の強みは、電池を構成するさまざまな部材メーカーの存在でした。正極材だと日亜化学や住友金属鉱山、負極材なら日立化成や三菱化学、セパレーターは旭化成、東レ、電解液は三菱化学、宇部興産といった部材メーカーと電池メーカーが密接に結びつき、両者がクルマの両輪となって世界をリードする原動力となってきた。

しかし、2000年代に入り、韓国勢が本格参入すると、この構図に変化が生まれ始めます。モバイル機器用のリチウムイオン電池にソニーから9年遅れで参入したサムスンやLGなどの韓国勢は、日本の企業よりスピード感を持って開発や事業に臨み、日本の部材メーカーにも積極的にアプローチしました。

一方、日本の部材メーカーも、自分たちの開発した新素材に興味を持ち、日本の企業より敏感に反応してくれる韓国勢との関係にグローバルなビジネスの機会を見いだして、関係を強化していった。その結果、日本の電池メーカーの部材メーカーに対する求心力が失われてしまったのです。

――それ以外には?

佐藤 もうひとつは、マーケティング力です。特に、サムスンは新規顧客開拓に対して非常に貪欲で、とにかくがんがんドアを叩き、魅力ある物語を提示して顧客を引きつけます。

電動工具の世界的メーカーであるマキタとのビジネスなどがその好例ですが、たとえ相手が大企業でも積極的に攻めのマーケティングを展開する。この部分も、日本勢は弱かったと思います。

――自動車にも電動化の波が押し寄せています。

佐藤 アメリカ・カリフォルニア州のZEV規制(州内で自動車を販売する場合、EVなど排気ガスを出さない無公害車を一定比率以上販売することを義務づける制度)や欧州のCO2排出規制、中国のNEV規制(新エネルギー車規制)など、各国の規制が強化されるなか、自動車メーカーはEVへの本格的な参入が避けられなくなっています。

特にアメリカのZEV規制は政治的な思惑もあって、トヨタやホンダなど、日本勢が得意なハイブリッド車が2018年から除外されたので、これらのメーカーでもEVへの対応が必要になってきました。

逆に中国は、これまでEV一辺倒だった方針からハイブリッド車も認める形に転換した。一方、欧州は2050年までにCO2排出ゼロという目標を掲げつつ、具体的な電動化の進め方は各社に任せることになっています。

いずれにせよ、大きな流れとして自動車の電動化が進むことは間違いなく、車載用のリチウムイオン電池をめぐる戦いが電池の覇者を左右する主戦場になりつつあります。

――佐藤さんの古巣であるホンダは先日、新型のEV「Honda e」を発売して話題を集めました。10年後にはEVが主役の時代になるのでしょうか。

佐藤 前述した規制をクリアするには、単にEVを造るだけではなく、消費者にとって魅力的な商品を作り、それを一定数買ってくれる顧客がいなければなりません。バッテリーの価格、航続距離などを考えると、正直まだ現在のEVは既存の自動車に比べてハンデキャップがあるのは事実です。

そのなかで今回のHonda eは、日産のリーフのように1回の充電当たり400~500㎞という長い航続距離を目指すのではなく、シティビークルとしての街乗りに割り切った消費者のニーズに合わせる形で商品としてのパッケージをまとめたのだと思います。

ただしこの先、2030年の段階で、純然たるEVが世界の新車の30%を占めているかといえば、よくてせいぜい2割、ミニマムで1割ぐらいというのが私の見立てですね。

――激化する競争のなかで、日本の電池産業が生き残るには?

佐藤 日本が世界に先駆けてやってきたリチウムイオン電池と同じく、「全固体電池」といった次世代の電池開発の分野でも、再び世界をリードすることが大切です。逆にそこを先駆者として取りにいけなかったら、日本の電池産業は終わってしまうかもしれません。

ただそれと並行して、リチウムイオン電池など既存の技術のフィールドでも、韓国勢や中国勢に負けない積極的な投資を行ない、次世代電池でもイニシアチブを取れる体力をつけておく必要があると思います。

リチウムイオン電池にしても、過去、日本は圧倒的に強い産業構造を持っていました。だから、投資もできたし、人材も豊富にいていろんな研究もできた。しかし、今は相対的な競争力が下がってきていて、投資力では韓国、中国に負けています。

例えば、韓国のLGが次世代電池をどうとらえているかというと、確かに一定の比率で人材を投入してはいるけれど、すぐにその時代は来ないから、現在のリチウムイオン電池の事業にしっかりウエイトを置いています。これは中国勢も同じです。

日本はこの「現在地」を一層強くしなければなりません。次世代の電池も、そういう強い基盤の上にやるのはいいけれど、基盤が軟弱なところで突き進んでも、非常に不安定な研究開発になってしまいます。

日本が半導体や液晶パネルのような苦い経験を繰り返さないために、日本は電池メーカーを再編して、今後の厳しい競争に耐えうる筋肉質な電池メーカー数社に統合することが必要だというのが私の意見ですね。

●佐藤 登(さとう・のぼる)
名古屋大学未来社会創造機構客員教授、エスペック株式会社上席顧問。1953年生まれ、秋田県出身。1978年、本田技研工業に入社。EV用の電池研究開発部門を築くなどして、2004年に韓国サムスンSDIに常務役員として移籍。2013年より現職。主な著書に『人材を育てるホンダ 競わせるサムスン』(日経BP)など

■『電池の覇者 EVの命運を決する戦い』
(日本経済新聞出版 1800円+税)
電池産業の分野で世界をリードしてきた日本が、競争力を失いつつある。韓国や中国の企業が台頭し、巨額の投資で先端技術の開発においても日本を凌駕する勢いだ。リチウムイオン電池をはじめ高性能電池は、自動車の電動化など環境負荷を引き下げる大きなカギを握る。自動車メーカーのホンダで車載用電池の開発に携わり、その後、移籍したサムスンSDIではリチウムイオン電池の素材開発から事業拡大に取り組んだ著者が、電池をめぐる各国の状況、今後の電池産業、日本の進むべき道を探る

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